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第647話 「友情の回復②」

 ルウはイルーミノの鋭い眼光を真正面から受け止めていた。

 常人なら気絶してしまいそうな凄まじい圧力が襲って来るが、ルウも平然と言い返す。


「仰る通り、天のことわりが絶対である事は分かっています。だがバルタザールが人の子のこころを誤解したまま天に召されるのはどうなのでしょう?」


「人のこころを誤解? それは偽りの友情を振りかざし、彼を利用しようとしたあの愚か者の事を言っているのか?」


 イルーミノの糾弾は容赦がない。

 そして天の使徒だけあって指摘する内容も理屈が通っていた。

 いくら欲望が肥大化して自我を失っていたとはいえ、バルタザールの諫言を一方的に退けて、蟄居を命じたのはボリスだからである。


 何かを考えるようにルウは暫し黙り込む。


「…………」


 ルウは直ぐに反論しなかった。

 イルーミノは冷ややかな表情でルウを見るときっぱりと言い放った。

 

「本日、お前はその愚か者に会った筈だ。お前と結婚する末娘の善行により、ひとときの幸福は私が慈悲の心で与えてやったぞ」


 イルーミノはルウとリーリャの結婚を味わう父親としての幸せを、温情としてボリスへ与えたと告げたのである。

 重罪人にはこれで充分だと言わんばかりに……


 ルウはそんなイルーミノをじっと見詰めた。


「これを機に本人は頑張ると言っていますが……」


「無駄だな……奴は残りの余生を全うした後、冥界の最下層に落ち、転生しても2度と人間には戻れない。そう決まっておる」


 これもバルタザールの件と並んで衝撃の事実であった。

 版図を広げんが為に暴走した王と、その臣……

 親友だった2人が片や偉大な聖人に、もう片方は2度と人間になれない畜生になるとは余りにも苛酷な運命である。


「ボリス王に少しでも挽回の機会はありませんか?」


 ルウは沈痛な面持ちで食い下がった。

 冥界へ落ちる事はやむを得ないとしても、父と呼ぶ男が余生を全うする中で、少しでも善行を積めれば幸せになると考えたのだ。


 だが、ルウがいくら頼み込んでも、イルーミノの答えは取り付く島もないものであった。


「無い!」


 しかしルウは簡単に引き下がらない。


「もう1回お聞きします。私がバルタザールと話した上で、ボリスとの誤解を解き、現世うつしよで一緒に助け合って罪を少しでも償うという選択肢はありませんか?」


「無い! お前もしつこいな! ん!? そういえば思い出したぞ。お前は先日、穢らわしい偽りの姿に変化し、リーパという地でそのような姑息な手段を取ったな」


 食い下がるルウの言葉を聞いたイルーミノは何かを思い出したようだ。

 ここは隠しても無駄だと思ったルウは真っ向から切り返した。


「あれが姑息な手段ですか?」


 ルウが聞き返した事自体が傲慢だと受け止められたのであろう。

 イルーミノの糾弾が今度はルウへ向けられたのだ。


「そう! 姑息だ! お前は選ばれた者でありながら、しゅの摂理を曲げ、正しい裁きを逃れさせようとする不良品だ」


「不良品……」


 最後にイルーミノの発した言葉をルウがもう1度繰り返した。

 ぽつりと呟いたルウの表情はいつもの穏やかなものではない。

 それを見て、イルーミノはますます厳しい言葉を吐いたのである。


「ははは、そう! お前など下劣な不良品だ! 人の子とは主である創世神が土くれから作りしまがい物だ。秩序と調和を乱すお前などその中でも最低最悪な不良品に過ぎぬ」


 その瞬間にルウの中で何かが切れたようだ。

 漆黒の瞳が妖しく光り、イルーミノを真っ直ぐに見詰めたのである。


「ほう! ……その言葉を貴方にそっくりお返ししましょう!」


「何……だと!?」


 抑揚の無い声で言い放つルウはイルーミノ以上の怖ろしい魔力波オーラを放っている。

 その迫力にイルーミノは思わず口篭ったのだ。

 こうなると完全に勢いが逆転した。


 慌てるイルーミノに対して、ルウがどんどん切り込んで行くのである。


「人の子は不完全で未熟な存在ながらも、創世神から無限の可能性を与えられた事は、天の使徒である貴方が1番ご存知の筈だ」


「う、うるさい! そんな事は分かっている!」


「それが分かっているのなら、真摯に反省して罪を悔いている者に対して、挽回の機会も与えず未来を断ち切るような真似は許されない」


「何!? この天の御使いである偉大な私に向かって説教するつもりか!? な、生意気な!」


「……天の使徒とはその図抜けた能力を使い、秩序と調和の名の元に人の子へ加護を与える存在の筈だぞ……天の使徒としての義務を果たさぬ貴方など最早、存在価値は無い」


 存在価値は無い!

 今の言葉は、さすがに言い過ぎたと思ったのか、ルウが一瞬辛そうな表情をした。

 現在のボリスはこころの底から罪を悔いている。

 ルウがぎりぎりで救った事もあって、何とか機会を与えて欲しいという気持ちからの暴言であった。


 しかし、たかが人の子に存在価値の有無まで問われた天の使徒が相手を許せるわけもなかった。


「な!? 何だと! たかが虫けらのような存在での罵詈雑言! 許さぬぞ! 高貴なる存在の私に逆らう気か!」


 ルウの事を『虫けら』と罵倒するところに、イルーミノのとてつもない怒りが表れている。


「済まない! 別に逆らう気はなかったが、貴方が聞く耳を持たず、力を貸さぬのなら、それはそれで構わない。その代わり俺は勝手にやらせて貰おうと思うが……」


 ルウは深く頭を下げた。

 どんなに罵倒されようが、ルウはボリスを助ける為には全て耐えるつもりであった。

 しかし、イルーミノの怒りは収まらず、遂にはルウを粛清するとまで言い出したのである。


「ふざけるな! き、き、貴様のような虫けらは私が主から与えられた浄化の炎で焼き尽くしてやる!」


 とうとうイルーミノは牙を剝き出しにした。

 人の子ごとき矮小な存在に侮辱された怒りはそう簡単に収まらないらしい。

 ここでいきなり2人の魂に念話が飛び込んで来る。


 今迄、ルウを見守って来た天の使徒2人からであった。


『待って! それはやり過ぎよ!』


『そうだ! 私も告げる者に賛成だ! 照らす者よ! 何故譲歩しない? この場合はルウのいう事の方が筋は通っているのだぞ!』


 仲間である2人から咎められた照らす者=イルーミノは驚き、困惑した。


「な!? 告げる者に、癒す者!? お、お前達! な、何故この薄汚いちっぽけな虫けらに味方する!? な、何故だ!」


 びしっ!


 その時、異界の大気が異様な音を立てて鳴った。

 膨大で強力な魔力波オーラが一斉に放出された現象だ。

 余りのイルーミノの暴言にとうとうルウの怒りが炸裂したのである。


「先程から俺が大人しく聞いていれば……貴様、いい加減にしろ!」


「な、何!? 貴様のその姿!? な、何故だ!?」


 イルーミノが驚いたのも無理はなかった。


 怒りに燃えるルウの背には、かつての天使長が誇った12枚の巨大な羽が美しく開いていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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