第646話 「友情の回復①」
ルウは飛翔の魔法を使い、ロドニア王国元宰相バルタザール・フェレの屋敷の高い壁を越えた。
フェレの屋敷の庭は当然広く、中規模な公園ほどの面積を有している。
ルウは地上すれすれに降下すると、綺麗な芝生の植えられた地面から30cmほど上に身体を安定させ、滑るように飛んで行く。
今の所、ルウの侵入に対して目立った抵抗は無い。
「ふう」
ルウは小さく息を吐くと、前方を見据えた。
正面には木製の大きな両開きの扉がある。
ルウの侵入には気付いているだろうが、やはり敵意の波動は感じない。
ルウは注意しながら重厚なつくりの扉の前にふわりと降り立つ。
国王ボリスの話では面会を求めても、この屋敷の家令から病気療養を理由に断わられてしまうという。
その時であった。
両開きの扉がゆっくりと動いたのである。
音も立てずに、内側へ開いて行く扉から屋敷の中を窺う事が出来るが、そんな事をしなくても堂々と正面に立つ者が居た。
貴族が着用するような豪奢な服を纏った1人の若い男である。
ルウと同じく、まだ20歳を少し超えたくらいであろうか。
色白で鼻筋が通った整った顔立ち……
ボリスから聞いていた人相と一致する。
どうやら彼が例の家令らしい。
「ようこそ! ルウ・ブランデル様。私の主がこの先でお待ちしております」
美しいボーイソプラノで喋る家令は爽やかに微笑んだ。
家令を見たルウは直ぐに状況を把握したようである。
「……貴方の主、それはフェレ公爵ではなさそうだな」
「はい! 私はラティオ。貴方が仰る通り、イルーミノ様に仕える者です」
家令のラティオが言う通り、現在のこの屋敷の主はフェレ公爵ではないらしい。
ただ、ラティオが告げたイルーミノとは通り名であろう。
「……成る程! ではイルーミノ様が俺に会うと仰っているのだな」
「はい! 貴方様がいらっしゃる事は以前から予言されておりました。直ぐ案内するようにと申しつかっておりますよ」
ここでルウが案内を断る選択肢は無い。
バルタザールに会う為には、まずイルーミノに会うしかないからだ。
ルウは一礼し、案内をラティオに頼んだ。
「了解だ! ぜひお願いしたい」
「では、こちらへ!」
ラティオはルウへ中に入るように誘った。
ルウは一歩踏み込むと、屋敷の中が既に異界となっている事を実感する。
ふと後ろを振向くと、開け放たれていた筈の扉は既に無い。
そこには真っ暗な空間が広がるばかりであった。
後ろを向いたルウの背にラティオから言葉が浴びせられる。
「ははは、もう後戻りは出来ませんよ。時というものが過ぎれば2度と戻らないように、ね」
ルウがもう1回正面を振り返ると、今度はラティオの姿が無い。
「ははっ、不親切な事だ……」
ルウは何事も無かったかのように微笑むとすっすっと進み始める。
それはいつものルウの歩き方であり、早めのペースも全く変わらないものであった。
暫く暗闇の中を歩いたルウであったが、いきなり明るい空間に出てしまい、眩い陽光に目を細める。
ルウがいきなり出た場所……
それは森と草原が混在する広大な土地であった。
目の前の森の木々には鮮やかな果実が実っていて、土地が豊かである事を示している。
吹く風も温かく、爽やかであった。
「ほう! 成る程!」
ルウは納得したように頷いた瞬間である。
いきなり魂に凛とした男の声が響いたのだ。
どこかでルウの歩みを見ていたらしい男が念話で呼び掛けて来たのである。
『ふむ! やはり臆さないようだな……この地は私が第3界であるオーラムイエツィラー、すなわちエデンを模して作りし異界だ』
『はい! そうだと思いました』
『よかろう! そのまま真っ直ぐ歩いて来るが良い』
男の声が響くといきなりルウの目の前に真っ白な道が出現し延びて行く。
出現した道はあっという間に地平線まで延びて行った。
ルウは声の指示通りに真っ直ぐに歩いて行く。
時間にして10分ほど歩いたであろうか、向日葵色をした法衣姿の若い男が立っているのが見えたのである。
背丈はルウと同じで180cmくらい。
年齢は30歳手前くらいだろうか。
背中まで伸ばした長い金髪をなびかせていて、眼光が鋭い。
目鼻立ちはすっと整っていて、結構な美男子だといえるだろう。
何か強い意思を示そうとしているのか、腕組みをしてルウを見詰めていた。
ルウが男の手前、5mくらいまで近付くと今迄の念話ではなく、口を開いて言葉を発したのである。
「私がイルーミノだ、ルウ・ブランデルよ」
「はい、宜しくお願いします」
ルウは改めて一礼すると、穏やかに微笑んだ。
しかしイルーミノは厳しい表情を変えなかった。
「ほう! お前は中々礼儀正しいようだ。では単刀直入に話そうか。私はまわりくどい言い方が嫌いなのでな」
「ええ、俺もです」
「ふん! いうわ! では伝えるぞ! お前が探せし、人の子バルタザール・フェレはまもなく天に召される。それも聖人としてな」
これは……
衝撃の事実であった。
一切の経緯を省いてイルーミノが伝えて来たのは、親友との再会を心待ちにするボリスにとっては最悪の結果である。
「…………」
「うむ! 即座に意味を理解したようだ。お前の波動がそう語っておる」
ルウはイルーミノの言う通りに経緯を理解したらしい。
そしてどのように事実を確認し、交渉したら良いかを判断したようだ。
「お願いがあります……どうか、彼=バルタザールと話をさせて下さい」
「駄目だな! バルタザールが天に召されるのは天の理に乗っ取っての事。これは動かせない」
イルーミノはあっさりとルウの頼みを断った。
ルウを見詰めるイルーミノの鋭い眼差しは、理を曲げず、全ての悪を厳しく罰して決して許さないという強い意思に満ちていたのであった。
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