第645話 「無力」
ロディオンが旅立った後……
ルウは妻達と話し込む。
当然、話題はロディオンの事が中心となる。
妻達は、先程からずっと元気が無く俯いているリーリャを心配そうに見詰めていた。
フランはそんなリーリャを気遣ってルウに問う。
「旦那様、リーリャがお兄様の事を心配しています。宜しければご説明して頂けますか?」
「ああ、彼はヴァレンタインの王都セントヘレナへ行って貰った」
フランの質問に対してルウはあっさりと答えた。
どこか、誰も知らない異国か、異界へ送られたのではないか!?
兄の行方を心配していたリーリャが思わず顔を上げる。
「セントヘレナ?」
フランは不思議そうに首を傾げた。
何故、ロドニアの王子であるロディオンを誰も知り合いの居ないヴァレンタイン王国の王都へなど送ったのか?
フランにはルウの意図が直ぐに分からなかったからである。
そんなフランに対してルウは悪戯っぽく片目を瞑った。
「そうだ! 荒療治になるが、逆境の中でも負けずに這い上がろうとする男達の中で生活して貰おうと思ってな」
「逆境の中でも負けずに這い上がろうとする男達って? あ、ああ!」
フランはルウの言葉を聞いて彼の意図が瞬く間に理解出来たようだ。
もし彼等の下へ送ったのであれば……
確かに心身ともに鍛えて貰えるし、市井の臣とも触れ合う事が出来る。
やはりルウはロディオンの為に尽力してくれたのだ。
しかしリーリャは『彼等』の事を良く知らないせいか、まだ不安な表情が変わらない。
「リーリャ、おいで!」
「旦那様ぁ!」
ルウが呼ぶと、アリスに擬態したままのリーリャは転がるように彼の胸へ飛び込んだ。
「皆も聞いてくれ、ロディオンは、な……」
ルウが説明を始めるとその場の全員の表情が一転して笑顔になったのである。
当然、1番の笑顔になったのがリーリャであった。
「旦那様! あ、ありがとうございます! ロディオンお兄様はきっと優しいお兄様になって戻って来ますよね!」
「ああ、絶対そうなってくれるさ」
ルウは甘えるリーリャを確りと抱き締めながらそう言い放ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜……
妻達が寝静まってから、ルウはフィストことメフィストフェレスを召喚していた。
ロドニア王国元宰相バルタザール・フェレに関しての情報を得る為である。
従士であるバルバトスとアモンは傍らに控えていたが、妻の中では唯一影働き担当のモーラルだけが、同席していた。
万が一の場合もあるので会話は全て念話である。
『まずフィスト! お前に聞きたい』
『はい! 何なりと!』
ルウがこのロドニアの地へメフィストフェレスを派遣しているのは、ザハール・ヴァロフの管理監督は勿論ではあるが、ロドニア国内の情報収集と不慮の際の守護の役割も担わさせている。
『ボリス王から頼まれたんだ……彼の親友の件さ』
『成る程! 元宰相の件ですな……くくく』
メフィストフェレスは当然、知っていたようである。
『ああ、フェレ公爵邸には何か異変を感じるという話だが……俺にはあまり危険を感じられなくて、な』
『危険を感じないのは当然ですよ』
ルウの疑問に対して、メフィストフェレスは同意しながらにやりと笑う。
『当然?』
聞き直すルウに対してメフィストフェレスは微妙な表情をした。
『はい! 相手が魔族や悪意を持った人外であればルウ様や私には直ぐに分かります』
ここで即答しないのが彼の性格故である。
天邪鬼なメフィストフェレスは主人が直ぐに察してくれるのを期待しているかのようだ。
『ふうむ……』
『ふふふ、 邪悪なものを感じないのですよ。それどころか……』
『それどころか……ああ、成る程な……』
ルウも危険が無い理由を直ぐに理解したようである。
但し、その状況で問題解決が容易かとなると、否!という事らしい。
『はい! だからこそ、たちが悪いのです。まあ……残念ながら私の手には負えませんな。触らぬ何とかの何とやらと言ったところでしょう、くくくく』
ルウとメフィストフェレスの会話を聞いていたモーラルがすっと手を挙げた。
『旦那様! 今回は厄介という事でしょうか? そんなに事は重大だと!?』
『ああ、モーラル。相手が相手だけに今回はお前やバルバトス、アモンが同行しては上手く行かない可能性がある。悪いが俺のみ単独で行く事になるだろう』
ルウの話を受けてバルバトスとアモンも念話で答える。
『理解しております! 今回の件、ルウ様のお見立ての通りでしょう』
『俺も……同じだ』
バルバトスやアモンは既にルウの気持ちが分かっているようだ。
『…………』
一方ルウの言葉を聞いたモーラルは黙り込んでしまう。
彼女からはルウの供が出来ない悲しみと悔しさの波動が伝わって来る。
自分の命など直ぐルウの為に投げ出す覚悟を持つ彼女だが、上手く行く話の筈が自分が原因で物別れに終われば、本末転倒になってしまうからだ。
『大丈夫! 心配するな』
『申し訳ありません! 今回の相手に関してだけは私が供をすれば、ルウ様さえ敵視されてしまいかねません』
モーラルは本当に辛そうだ。
自分がいかに無力であるかという葛藤に責めさいなまれているのであろう。
そんな妻の気持ちがルウには愛おしい。
『ははっ! おいで、モーラル!』
「旦那様ぁ!」
モーラルは思わず声に出してしまい、慌てて口を押えた。
そんな可愛い妻をルウは確りと抱き締めたのである。
――1時間後
深夜のロフスキは珍しく霧が立ち込めていた。
ここは貴族達が住む区画であり、豪奢な屋敷が建ち並んでいる。
その中でもひときわ大きい屋敷があった。
ロドニア王国元宰相バルタザール・フェレの屋敷である。
閉ざされた門の前にいきなり長身痩躯の男が現れた。
「ここか……」
男は小さく呟くと、ふわりとその身体を宙に浮かせたのであった。
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