第633話 「団欒」
ホテル『イムペラートル』、スイートルーム……
ルウの妻達が、グレーブ達ガイダル公爵家の面々の前で自己紹介をして行く。
名乗る度に立ち上がって、一礼をする形だ。
まずは第一夫人のフランが口火を切った。
「改めて、初めまして! ルウ・ブランデルの妻、フランシスカ・ブランデルです。昨夜は主人がお世話になりました」
挨拶は必要に迫られなければ簡潔に短く!
フランの大伯父であるエドモン・ドゥメールの『教え』である。
「同じく、ジゼル・ブランデルです」
「同じく、ナディア・ブランデルです」
「同じく、オレリー・ブランデルです」
「同じく、ジョゼフィーヌ・ブランデルです」
「同じく、モーラル・ブランデルです」
「同じく、アリス……ブランデルです……」
最後にリーリャが口篭ったのは、臣下であるグレーブの前で擬態をしているのが憚られたのであろう。
ルウの妻達の挨拶が終わっても、グレーブの息子のアトロはぼうっとしているようだ。
彼は年頃の少年であり、決められた婚約者は居るが、美しいルウの妻達を見て魂をときめかせてしまったらしい。
グレーブとセシリアは顔を見合わせて苦笑し、エレオノーラは眉間に皺を寄せると、軽く弟の脇腹をつつく。
姉に脇腹をつつかれ、ハッと我に返ったアトロを見たグレーブは挨拶をしようと家族を促した。
こうしてガイダル公爵家の面々も自己紹介を始めたのである。
「ロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダルだ」
「その妻、セシリア・ガイダルでございます」
「長女のエレオノーラ・ガイダルです」
「長男のアトロ・ガイダルです」
ガイダル家の家族全員が挨拶を終えると、ルウとフラン達へグレーブは頭を下げた。
「昨夜は私が無理矢理、ご主人を引き止めて屋敷に泊まって貰った。奥様方には迷惑を掛けたな」
しかし、これでは詫びる言葉が足りてはいない。
すかさず妻のセシリアがフォローを入れた。
「貴方!」
妻の遠回しな指摘にグレーブは直ぐ気付いたようである。
「ん!? あ、ああ、そうか! ……実はな、ご主人には当家の悩み事までも解決して貰ったのだ。魂から感謝する!」
今度は更に深く頭を下げるグレーブに対してフランは笑顔で返す。
「そうですか、微力ながら主人が少しでもお役に立ったのでしたら幸いです」
グレーブはフランと話しながら、妻達の中に確りした秩序と調和を感じていた。
妻達を纏めるフランの統率力を示すものでもあり、かつてリーリャの侍女頭ブランカ・ジェデクが感じたものと全く同じものであった。
しかしフランから溢れ出る気品は貴族の持つものに間違いは無い。
また他の妻の数人も一見して貴族令嬢だと分かる雰囲気である。
グレーブはフランに問う。
「立ち入った事をお聞きしたいが……宜しいかな?」
グレーブの言葉にフランはにっこりと笑う。
「はい! 差し支えない事でしたら」
「では失礼を承知で……フランシスカ殿は見た所、貴族とお見受けしたがいかが?」
「はい! 私の実家はドゥメール伯爵家です。ジゼルはカルパンティエ公爵家、ナディアはシャルロワ子爵家、ジョゼフィーヌはギャロワ伯爵家から、それぞれ嫁いで来ました」
「な、何!? い、いや……失礼! 皆、名だたるヴァレンタイン王国の貴族ばかりではないですか」
騎士のグレーブは貴族でもあるが、隣国ヴァレンタイン王国の貴族を全員知っているわけではない。
しかし今、フランが告げた貴族の家名は、主要なポストに就いている有力な貴族ばかりなのだ。
「身分は余り関係ありませんよ。私達は皆、旦那様と様々な出会いをした上で、愛し合って結婚しました。身分の差も感じませんし、身内からも祝福されています」
「…………」
フランのきっぱりした物言いにグレーブは黙り込んでしまう。
ここで流れを変えようと思ったのか、フランはひとつ提案をする。
「私以外はエレオノーラお嬢様と同世代の妻達ですから、のびのびと歓談しては如何ですか? ジゼル、お願い!」
「はいっ! フラン姉」
ジゼルがすっくと立ち上がると、すかさずエレオノーラの傍に来て笑顔を見せる。
「エレオノーラさん、どうだ? 私達と色々話さないか? 美味しい菓子もあるぞ?」
「それって……!? もしや!」
驚くエレオノーラの脳裏には昨夜の焼き菓子が浮かんでいるようだ。
「ふふふ、君の期待は裏切らないと思うぞ。 さあ、行こう!」
「は、はいっ!」
「ふふふ……羨ましいわね」
ジゼルに先導されて、浮き浮きしながら別室に向う愛娘の後姿をセシリアは満足そうに見詰めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――2時間後
ホテル『イムペラートル』正面入り口……
ルウ達との接見が終わり、グレーブ達家族は引き上げる事となった。
グレーブの強さは確かなものだが、ルウはアモンを護衛につけて屋敷に戻って貰う事にする。
「従士の護衛付きとはお心遣い痛み入る。では、ルウ殿、1時間後に迎えに来るから宜しく。今日こそは陛下に会って頂こう」
「ははっ、こちらこそ! ではグレーブ殿の迎えをお待ちしよう」
今回の接見により、グレーブは更にルウの事を理解して満足しているようだ。
多くの妻達に対するルウの平等さ、そして妻達の中の秩序と調和、そして爽やかな明るさを感じたのである。
傍らの妻、セシリアも同様であった。
笑顔一杯の表情がそれを裏付けている。
「今日はありがとう! このように家族と蟠りなくやりとり出来るのもルウ殿と皆様のお陰だ」
「では、失礼します」
両親の挨拶が済むと、エレオノーラはひと際大きな声で言い放つ。
「ルウ様! エレオノーラは奥様方とお会いして尚更、その思いを強く致しました。頑張りますから……いつまでも待っていて下さい」
エレオノーラはルウの妻達と触れ合い、殆ど同世代のせいもあって、相当盛り上がったらしい。
自分が彼女達の中へ入っても、充分やっていけると確信したようである。
ちなみにリーリャは自分の正体を明かしてはいない。
「私も今日は皆様にお会い出来て有意義でした。ありがとうございました」
エレオノーラの弟である、アトロも名残惜しそうである。
「ははっ、またいつか会おう!」
ルウの挨拶を受けたアトロはつい余計なひと言を言ってしまう。
「今日はルウ様より、奥様方にお会い出来て、本当に楽しかったです!」
「こいつ!」
まるで実の兄のように仲良くなったルウに、軽くこづかれたアトロは笑っていたが、そこにグレーブが爆弾を投下した。
「ははははは! アトロ! 今の言葉をリラによ~く伝えておこう」
「わわわ、父上! そ、それだけは!」
リラというのはアトロの婚約者の名前らしい。
このような事がもし知れたらひと悶着起こるのは必至であろう。
しかしそれよりも家族が驚いたのは、真面目で厳格なグレーブが笑顔で息子をからかった事だ。
慌てるアトロを見て、グレーブ達家族は笑う。
面白そうに魂から笑う。
それは久々に全員で味わう、ガイダル家団欒のひと時だったのだ。
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