第634話 「ロドニア王への謁見①」
ロドニア騎士団長グレーブ・ガイダルはきっかりと1時間後にルウを迎えに来た。
彼が時間に正確なのは、自身の性格故であろう。
ホテル『イムペラートル』正面入り口は今、ずらりとロドニア騎士団の精鋭が並んでいる。
付き従う護衛の騎士は30人……
グレーブによれば、これでも少ない方だそうだ。
正対してルウが居り、その背後にはフラン達妻が立っていた。
国王ボリス・アレフィエフの指示により、とりあえずロドニア王宮へはルウ1人が出向く事になっている。
騎士団の中心に居るグレーブが一歩前に出て、ルウに声を掛けた。
公務でルウと話しているので、先程家族同士で接見した時とは物言いが変わっている。
「ルウ殿、貴公は平民とはいえ、ヴァレンタイン王国の公使だ。王には引き合わせるが、事前に確認をさせてくれ。貴公が今回は誰の使者であり、公務の内容はどのようなものなのか?」
王の護衛を務める騎士団の長としては至極真っ当な質問である。
本来なら、外務担当の役人が実務にあたるべきだが、国王の案件に関しては騎士団長が特別な権限を与えられているのだ。
しかしルウはゆっくりと首を横に振った。
「グレーブ殿、悪いが公務の内容はここでは告げる事は出来ない。但し、フィリップ・ヴァレンタイン宰相殿下とエドモン・ドゥメール大公閣下の親書は預かっていると伝えておこう」
「な、何!」
グレーブが驚いたのも無理はない。
象徴的な存在である国王リシャール・ヴァレンタインを除けば、ヴァレンタイン王国を実質的に動かす2人であるからだ。
周囲の騎士達も平民と見ていたルウの立ち位置の凄さに呆然としていた。
「ふうむ……」
ルウにロドニア行きを命じたのはフィリップとエドモンの大物2人だとしたら……
どのような役割を持って彼はこのロドニアへ来たのか?
思い当たる事は多いが、来訪したのが外務担当の役人ではなく、何故教師のルウなのかとなるとグレーブには皆目見当がつかなかった。
そんなグレーブの考えにヒントを与えるかの如くルウは言う。
「言っておくが、普段の俺は政治には係わっていない。今回の公務の依頼と私事により、このロドニアを訪問したのだ」
「わ、分かった……では、貴公が託された親書をこちらで検閲させて貰えるか?」
ヴァレンタインの中枢を担う2人よりどのような親書が届いたのか?
グレーブは内容がどうであれ、ヴァレンタインの親書をボリスには渡すつもりであったが、万が一の場合、自身がショックアブソーバーのような機能を受け持つ積りだったのだ。
「グレーブ殿の気持ちは分かるが、フィリップ殿下とエドモン閣下から託されたボリス陛下宛の大事な親書なのだ。何かの仕掛けが心配なら陛下の目の前で俺が開封しよう」
当然の事ながら、グレーブが望んだ親書の開封と検閲はルウから拒否をされてしまう。
その代わりといっては何だが、望むなら親書に仕掛けなどない事をルウがその場で確認すると宣言したのだ。
「……分かった! 立場上、確認を求めたが、私はルウ殿を信じると最初から決めている」
グレーブの言葉を聞いた副団長らしい騎士が吃驚する。
「グレーブ様! 宜しいのですか?」
問い質す騎士に対してグレーブは黙って首を横に振る。
「ベルナルトよ、構わないんだ。実は陛下から彼が来訪したら直ぐ連れて来るように命令を受けている。それを勝手に確保して取り調べたのは私なのだから」
「は!?」
ベルナルトと呼ばれた騎士は……呆気に取られてしまう。
真面目な彼には考えられない事実である。
我々の長であるグレーブが?
王に忠実な騎士団長が?
絶対厳守ともいえる王の命令に従わない?
これでは反逆罪に問われても文句はいえないぞ!
単に吃驚するどころか、余りの事の重大さに身体を強張らさせてしまうベルナルトを見て、グレーブは鼻で笑う。
「ははははは! たとえ命令に背いても大事な陛下の命が守れるならそれで良し!というくらいの気構えがなければ、ロドニアの騎士団長など到底務まらぬわ!」
「…………」
王の命を守る為なら、規則や常識などに囚われない!
そこまで言い切るグレーブの覚悟に部下の騎士達は戦慄を覚える。
こういった大胆さや猛々しさが『ロドニアの虎』と呼ばれる所以でもあるのだ。
「話は纏ったかな? グレーブ殿、では行こう! 皆、後は頼むぞ!」
ルウはフラン達を振り返り、手を振る。
「「「「「「「いってらっしゃいませ!」」」」」」」」
愛する妻達の見送りを受け、こうしてルウは出発したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ホテルの正面入り口から、ルウが暫し歩いた先には、あの『暴れ馬』が大人しく待っていた。
鹿毛の馬はルウを見付けると、嬉しそうに嘶く。
ルウはそっと近付いて顔を優しく擦り、声を掛けてやる。
「ははっ、良かったな。優しくして貰えたようだ」
「ルウ殿、良いかな? 我々が王宮まで先導するので、貴公はそのまま付いて来て欲しい」
「了解だ!」
ルウは頷くと、騎乗を助けるという騎士の好意を会釈して断った。
そしてひらりと跨り、馬上の人となったのである。
おおっ!
昨日、ルウとグレーブを見送った騎士達と同様、ルウの騎乗にどよめきが起きる。
「ははははは! ルウ殿に吃驚していないで、お前達もさっさと騎乗せんかぁ!」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
グレーブが気合の入った声で騎士達を一喝すると、さすがに世界最強を謳われた騎士達である。
彼に負けない声で応えたのだ。
馬は元々、臆病な動物として知られている。
性格は繊細でその上敏感でもあり、傍で大きい声や音をたてるなど言語道断だ。
草食動物であり、野生では集団生活という形態を取る彼等の武器はいわずと知れた素晴らしい脚力である。
必要に迫られない限り、自ら荒々しい戦いに望む事はない。
しかしロドニア騎士団の騎乗する馬は違っていた。
戦場で付き物の進軍ラッパや雄叫びに臆する事無く、縦横無尽に駆ける為にあらゆる訓練に臨み、課題をクリアしているのである。
湧き上がる騎士達の鬨の声にも全く動じていないのだ。
しかしルウの騎乗した馬も、ロドニア騎士団の馬に対して勝るとも劣らず、落ち着いている。
最愛の主人が共にあるなら、全然怖くはない。
それは先日、フランが戦いの最中に感じた気持ちと全く一緒だったのだ。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




