第556話 「荒野という名の戦場④」
ここは現世ではない異界……
ルウが土属性の魔法で作り上げた、頑丈な仮宿舎の中のベッドで妻達はぐっすりと眠っていた。
ベッドは屋敷で使っているのと同じ物を収納の腕輪に仕舞ってあるので、このような場所でも寝心地は悪くない。
妻達は道中の疲れもあったし、下手に目を覚まさないようにルウが睡眠の魔法で深い眠りに誘ったせいもあるので明朝まで起きない筈だ。
常在戦場が方針のジゼルもさすがにルウの魔法には勝てなかったのである。
「いってらっしゃいませ、ルウ様、フランシスカ様、モーラル様――お気をつけて」
悪魔従士のバルバトスとアモンが跪いて見送っている。
ルウの造った異界であれば、敵の襲撃や事故など万が一ということは殆ど無いと知りながら、念の為妻達の護衛に残したのだ。
「ああ、頼むぞ。お前達が居れば安心だ」
「過分なお言葉に感謝致します。留守の間は命に懸けても奥様方をお守り致します」
「ルウ様が作った異界だから心配はしておりませんが、油断はしないように致します」
バルバトスとアモンの言葉を受けて片手を挙げたルウ達は3人で歩き出した。
幸せそうな寝顔のジゼルを思い出したのか、フランは少し悲しそうだ。
「旦那様、ジゼルが特に可哀想ですが、今夜の事は内緒ですね」
「ああ、あいつは頑張り過ぎる傾向があるから休める時は休ませた方が良い。今迄何かと頑張ってくれているからな。おまけにジェロームとシモーヌの相談とケアまでやっていれば疲れてしまうだろう」
ジゼルは責任感の強い少女であり、思い詰めてしまう傾向もある。
だが今の妻達の中ではフランとモーラルが居るお陰で気持ちのバランスが取れており、ジゼル自身には良い影響が出ているのだ。
「うふふ……私も気になっていましたが、……そのジェローム様はシモーヌと上手くいったのでしょうか?」
心配そうなフランに対してルウは晴れやかな表情となる。
彼の笑顔はジェロームが幸せになった事を表していた。
「ああ、ばっちりだぞ。俺も途中からサポートしたからな。それも無理矢理ではなく、ジェロームがシモーヌの気持ちを知って自分にとって大切な女性だと気付いてくれたんだ」
「それはよかったです」
ハッピーエンドの結末にフランもホッとしたようだ。
フランの魂からの笑顔にルウも釣られて笑顔になる。
「ああ、本当によかった。これでシモーヌも幸せになれるだろう」
このような時、モーラルはしっかりと分をわきまえている。
無理矢理2人の会話に入り込もうなどとはしないのだ。
そんなモーラルの心遣いを当然ルウもフランも分かっていた。
「モーラル、おいで!」
「モーラルちゃん!」
「はいっ!」
元気な返事をしてルウとフランの真ん中にモーラルが入った。
「今夜はこの荒野の浄化、フランの訓練、そして俺達3人の連携等色々目的はある。月末にはボワデフル姉妹と組んでクラン星として冒険するから、準備しておかないと、な」
「うふふ、カサンドラ先生とルネ先生……気合を入れて準備していそうですね」
フランはボワデフル姉妹の顔を思い出して含み笑いをした。
彼女達が嫌いとか、やっかいというわけではない。
逆にカサンドラの真っ直ぐな性格、ルネの明るくノリの良い性格を知り、彼女達ともっと分かり合えると期待して楽しみなのである。
「カサンドラさんって……魔法も体術も素質はあるし、性格的には表裏が無くてさっぱりした良い方なのですけど……あのように口が軽いようでは異界にも連れていけませんね」
モーラルも苦笑して追随した。
ラウラとの会話で失策を犯したカサンドラではあったが、本来憎めない性格なのである。
「ミンミも入って6人のクランか……楽しみだな」
「ボワデフル姉妹とミンミさんって……凄い組み合わせですね」
真面目一方のミンミがどう折り合いをつけるか不明だが、一筋縄ではいかないであろう。
「考えてみれば凄いクランになりますね、ふふふ」
3人は楽しそうに話しながら歩いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
古戦場――荒野
時間は未だ深夜である。
季節は夏であったが、この荒野は昼と夜の寒暖の差が激しい。
今は革鎧を着込んでいても肌寒いくらいであった。
ルウとフランは真竜王の鎧、モーラルも新調した濃紺の革鎧を身につけている。
宿泊所代わりの異界から、ルウの転移魔法で跳んだ先は魂の残滓の気配が強いと感じた場所であり、浄化をしようと3人で出張ったのである。
「成る程……俺達のような『餌』が現れると更に動きが活発化するわけだな」
ルウの言う通り3人がこの場に現れるとおぞましい気配が更に濃厚となり、冥界の瘴気が立ち昇った。
「フラン、急いで真竜王の兜を深めに被るんだ。この兜なら並大抵の瘴気は受け付けない」
「はいっ、旦那様!」
ルウとモーラルは全く苦にしないが、フランは冥界の瘴気に耐えられない。
だがこの素晴らしい鎧とセットになった皮製の兜は頭部を守るだけではなく、装着者を有毒な大気や毒から防いでくれるのだ。
「旦那様! 大丈夫です、全然苦しくありません!」
フランの嬉しそうな声がその事実を物語っている。
「ははっ、そうこうしているうちに、おいでなすったぞ」
ルウがそう言った瞬間であった。
ぼこり!
ずぼり!
にちゃり!
地中から、地表を破りいきなり肉の崩れた腕が突き上げられる。
それもひとつではなく、泥に塗れて腐り切った手が無数に突き出ている様は異様であった。
おぞましい屍食鬼が地中から生贄の血と肉、そして命を求めて這い出して来たのだ。
ルウの妻の中には初めての戦いに臆する者も居たが、フランは泥の池へアリスを救出に向った際に屍食鬼と戦った経験がある。
当然、この場に赴く前にルウ達の中では、どのように戦うのか作戦は立案済だ。
ルウとフランは顔を見合わせて頷いた。
「ケルベロス!」「オルトロス!」
2人の言霊が重なると、同時に2頭の巨大な魔獣が光り輝く輪の中に現れたのであった。
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新連載始めました。
異世界転生ものです。
宜しければお楽しみ下さいませ。
『超アイドルファンの神様にアイドル育成プロジェクトを頼まれました!』
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