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第555話 「荒野という名の戦場③」

「悪霊や魂の残滓共が騒ぎ出しているな。……丁度良い」


 ぽつりと呟いたルウの身体はもう完全に結界の外に出ている。

 強力な結界に阻(はば)まれて手が出せなかった荒野(デセルタ)の亡霊共が恰好の餌食と判断して騒ぎ出したのは当然であった。

 しかしルウはそのような状況に全く動じず、妻達へ冷静に念話で授業を続けていた。


『まず俺が浄化と昇天の魔法式を詠唱しよう。訓練方法はいつもの通りさ。最初は言霊をしっかりと覚えてくれ』


 ルウの言葉を聞いた妻達は心得たとばかり、一斉に頷いた。


 おおおおおおおお!


 その間にも結界の周囲のおぞましい気配は急速にその数を増している。

 

 ルウはそれを鋭い目で睨むと「ふう」と息を吐いた。

 そして神速の呼吸法で一気に魔力を上げたのである。


 間を置かずルウの口から創世神の加護による葬送魔法の言霊が詠唱された。


『ビナー、ゲブラー! 大いなる神よ、我は知る! 東方に涼風、南方に猛炎、西方に清流、そして北方に沃土! 貴方が示す創世の理(ことわり)を4人の大天使に託し、我が光の剣として授けよ! 光の剣とはすなわち破邪なり! 破邪とはすなわち浄化なり!』


 言霊の詠唱が進むにつれてルウの身体が輝きを増している。


『我が波動に宿れ! 浄化(プーリフィカーティオ)!』


 決めの『言霊』を言い放ち、振り上げたルウの双腕から白光が伸びる。

 白光が辺りに満ちるとルウの周囲はまるで昼間のようになった。


 ぎゃうおおおおおお!

 あぎゃおおおおおお!


 ルウに襲い掛かろうとしていた大量のおぞましい気配が苦しんでいた。

 彼等は邪悪な悪霊や魂の残滓であり、現世(うつしよ)に残した未練や怨念を断ち切られる痛さに身悶えているのだ。


 やがて大量のおぞましい気配は消え去って行く。

 ルウの浄化の魔法により現世への執着が断ち切られたのである。


 妻達はルウの魔法発動を見て呆気に取られていた。

 彼女達が今迄教会で見た葬送魔法とは桁が違い過ぎるのだ。

 ステファニーの祖父であるブレヴァル枢機卿でさえ、あのような大規模な葬送魔法は使えない。


 驚きの後に妻達は納得の表情になる。


「旦那様ったら……どこまで底が見えないのかしら?」


 フランが嬉しそうに呟くと、他の妻達も頷いた。

 だが彼女達の魂(こころ)にはまたもやルウの声が響く。

 課外授業は未だ続いているのだ。


『このようにして彼等を浄化する。次は昇天の魔法だ』


 ルウはそう言うとまた魔法式の詠唱を始めた。


『ビナー、ゲブラー、我は知る! 大いなる神よ! 冥界の監視者たる忠実な御使いに理(ことわり)を託し、現世(うつしよ)に彷徨(さまよ)える魂の欠片(かけら)に新たなる旅の祝福を! 彼等に行くべき途を示したまえ!』


 またもやルウの身体が眩く輝いている。

 先程大掛かりな葬送魔法を発動したばかりのルウではあるが、魔力量に全く影響はないようだ。


『昇天(アスケンシオ)!』


 決めの言霊が放たれると辺りを荘厳な気配が包んで行く。

 妻達は教会で鳴らす独特なオルガンの音を聞いたような気がしたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時間後……


 ルウ達は異界に居る。

 先程まで居た荒野(デセルタ)とは全くの別世界だ。

 真っ青な大空が広がり、昇った太陽が心地良い絶妙の陽射しを投げ掛けている。

 爽やかな微風が通り抜ける草原にルウ達は座っていたのだ。


 ルウが見せた葬送魔法は妻達の向学心を燃え上がらせるのに充分であった。

 フランとジゼルが音頭を取って魔法式の詠唱練習を始めたので、ルウとモーラルは彼女達を補佐してやる。


 新たな魔法を学ぶ時の順番は全く変わらない。

 まずは新たな言霊を完璧に覚えてから、魔力を込めずに詠唱の反復練習。

 反復練習をしながら当該魔法の成り立ち、意義を深く理解する。


 次に魔力を込めた発動訓練、発動が完璧なら詠唱短縮、最後には無詠唱での魔法発動と妻達の魔法習得には全くブレが無い。


 彼女達が詠唱の反復練習を数百回にも及ぶくらい実施した時だろうか


「少し休憩するぞ。さて、……ここでお前達に質問をしよう」


 ルウの呼び掛けに妻達は詠唱の反復練習を止めて彼に注目した。


「先程、発動した魔法式の葬送魔法と俺が過去に発動した鎮魂歌など精霊の葬送魔法の共通点は分かるか?」


「はいっ!」


 勢い良く手を挙げたのがフランである。

 他の妻達と違って彼女は教師だ。

 少なくとも知識に関しては抜きん出ていた。


「白光……ですね」


 フランの答えを聞いたルウはにっこりと笑って頷く。

 しかしフラン以外の妻達は半信半疑である。

 余りにも答えが単純だからだ。


「フランの答えは正解だ。葬送魔法発動の際に放たれる白光は今、俺達へ降り注いでいる太陽の光、もしくは稲妻の光を意味するものなのさ」


「太陽? 稲妻?」


 3年生のジゼルやナディアは知っていたが、2年生達は不思議そうな表情を見せる。


「これらの光は神が行使する『破邪の剣』に例えられる。太陽の光は我々に恵みを与えると共に闇を払う」


 光に例えられる破邪の剣は闇を払い、滅する眩い輝きを持つ。

 天使長が持つ抜き身の剣(ヘレヴシェルファ)もそのひとつなのである。


「片や稲妻は天と地を結ぶ聖なる光であり、邪悪なる者を打ち倒す力を有している」


 悪しき者を打ち倒す力を持つ稲妻は創世神だけではなく、滅んだ神々も好んで使った破邪の力だ。


「葬送魔法の最大の利点(メリット)は精神体(アストラル)にも有効な事だな。ゾンビや屍食鬼(グール)などの不死者(アンデッド)と違って悪霊や魂の残滓には物理的な攻撃が一切効かない。他に効く魔法といえば火属性で浄化する魔法くらいか」


 葬送魔法とは決して司祭や僧侶の為だけの魔法ではない。

 

 はっきりと認識した妻達は再び、詠唱の訓練を始めたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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