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第554話 「荒野という名の戦場②」

「葬送魔法に関して簡単に説明しよう。フランには悪いが、まあ復習だと思ってくれ」


 ルウが地平線を沈みつつある夕日を背に話を切り出すと妻達は熱い視線を夫に向けた。

 彼が言う通り、まさに妻達への特別課外授業の開始である。


「葬送魔法とは元々、誰にでも訪れる『死』により、召された魂が行くべき異界、すなわち冥界へ導くのを手助けする特殊な魔法なんだ」


 ルウによればその摂理はこの地上に生きる者全てに当てまるという。


「人に限らず、生きとし生ける者は死ねば、魂が肉体から離れて冥界に旅立つ」


 創世神が定めた生と死のことわり……

 しかしこの世界では寿命を全うする方が難しいのだ。

 突発的な死も数限り無くあり、それは理不尽な暴力や不治の病よるものも当然含まれている。


「不慮の原因で死ぬ際に未練や怨念が残ったり、悪しき存在が故意に不死者アンデッドに仕立てる場合、魂はいびつな抜け殻として現世うつしよに留まるんだ」


 話は徐々に核心に向かって行く。

 不死者と聞いてジョゼフィーヌはぶるりと身体を震わせた。


「昨日楓村で俺が発動した魔法は葬送魔法の『浄化』と『昇天』にあたる」


 ルウの言葉を聞いたナディアが理解しているという感じで頷く。

 他の妻達も同様である。

 ルウは更に話を続けた。


「殺された者は大抵、未練や怨念を持つ。葬送魔法は魂の残滓が地縛の悪霊にならないように処理し、円滑に冥界へ行ける様に手助けするものだ。または遺体を悪しき者、すなわち悪魔や死霊使いなどに利用されないようにする役目もある」


「私の為に亡くなった騎士達もそのように弔って頂きましたね」


 フランはルウと出会った時の事をまた思い出したようだ。

 あの時ルウは葬送魔法『鎮魂歌レクイエム』を使ったのだ。


「ああ……そうだな。遺体が雨ざらしになれば死んだ者の怨念は更に増す。死霊使いの絶好の道具になってしまうんだ。それを防ぐ為に俺が発動したのが葬送魔法、鎮魂歌レクイエムだ」


鎮魂歌レクイエム……」


 ルウが行使した葬送魔法の名と言霊をフランはこころに思い浮かべているようだ。


「ああ、しかし鎮魂歌レクイエムは上級の精霊魔法だ。精霊魔法に触れたばかりの者がいきなり習得する事は難しい。今回教授するのはヴァレンタインで通常使われている魔法式で発動する葬送魔法だ」


「魔法女子学園の魔法防御術の授業で教授される葬送魔法……ですね」


「ああ、そうだ。創世神に仕える司祭達が使う魔法――この国での長は枢機卿だそうだな?」


「ええ、2年B組のステファニー・ブレヴァルのお祖父様、ブレヴァル枢機卿ですね」


 フランの言葉に対してルウは真面目一方のステファニー・ブレヴァルの顔を思い浮かべる。

 様々な魔法を学ぶと決意した彼女は夏季休暇といえども一生懸命勉強しているだろう。


「葬送魔法の用途は先程説明した『弔い』以外には、悪霊や不死者の撃退や先程、俺が行ったような穢された土地の『浄化』がある」


「穢された土地の……浄化ですか?」


 今度はオレリーが興味深そうに聞いて来る。


「ああ、俺達が暮らしている大地は創世神が造られた時には穢れ無き聖域だった。それが永い時を経て精霊や妖精など様々な人外達が宿ったり、死んでいった者の思いが篭もった土地になったのさ」


「思いが篭もった……土地」


「土地というのは大地だけではなく池や湖、川なども含まれる。更に俺の広義でいえばこの空や大陸を囲む海までが含まれるのさ」


 葬送魔法の発動領域はこの創世神が創造したこの世界全てとなるとルウはいう。

 そして最後にルウは彷徨う魂やその残滓が悪魔や死霊術師達につけ込まれ易い事も説明した。


「魂や魂の残滓は未練や思いだけで例外を除けば思考を持っていない。いわば一種の本能だけの存在だ――そこをつけ込まれれば簡単に制御コントロールされてしまうんだ」


「制御? 可哀想です、そんな!」


 今度はリーリャが身を乗り出した。


「そうだな、リーリャ。悪魔や死霊術師により操られた場合には送られて来る邪悪な意思の波動を断ち切る事も必要となるのさ――いわば浄化とは魂の解放ともいえる」


「魂の解放……ですか?」


「そう、解放だ。そして『昇天』させれば魂は次の転生に向けて再び歩き出す事が出来る」


「でも死霊術とは……おぞましい響きだな、旦那様」


ルウの話に聞き入っていたジゼルが美しい眉をひそめた。


「ああ、遺体を弄び、冒涜するイメージが強いし、それが死霊使いの性癖だからな。だが元々は死霊術にも崇高な目的があったのさ」

 ※死霊術のいわれは作者創作です。


「死霊術が?」


 死霊術が元々真面目な目的で使われていたと聞き、質問したジゼルを始め、妻達は興味深そうにルウの次の言葉を待った。


「ああ、呪術的な傾向が濃かった。亡くなった人間が村で物知りだった場合、村民が困ったら、術者に降霊させて、的確なアドバイスを貰う事もあったのさ……それと遺産の分配の判断に使われる事も多かったそうだ」


「遺産の分配?」


「ああ、当主が妻や子供へ遺言状を残さなかった場合は勿論、遺言状に不備があった場合は家族や一族で揉めるからな。その際に遺恨無く治める為に死霊術が使われたのさ」


「最初は正しい目的で使われていたのか、ふむ興味深い……」


 考え込むジゼルにルウは笑顔を向けた。


「そうだな、ジゼル。亡くなった人間の知恵を借りたり、意思の再確認に使われていたらしい。ただ呼び出す対象は本人自身ではなく、殆どがその『思い』だから不完全であったり、でっちあげや詐欺も多かったそうだ」


「ありがとう! 勉強になったぞ、旦那様!」


ジゼルが納得して大きく頷いたのでルウは話を本線に戻す。


「葬送魔法の主な言霊は『浄化プーリフィカーティオ』『昇天アスケンシオ』の2つだ」


浄化プーリフィカーティオ! 昇天アスケンシオ!」


 ルウの教えた言霊をすかさず妻達は復唱する。

 目の前の夕日はもう地平線にその姿を半分以上隠していた。

 説明の時間はもう終わり、いよいよ授業は実践に入る。


 悪名高い古戦場らしく『結界』の外の気配に不穏なものが感じられる。

 昼間のうちは惰眠だみんを貪っていた悪霊や魂の残滓達が結界に反応して騒ぎ出しているのだ。


 だが、そのおぞましさも殆どがルウの結界の力により排除されており、妻達は安心して『勉強』する事が出来る。


 ルウが結界の外へ一歩踏み出したのを妻達は固唾を飲んで見守るのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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