第510話 「ロドニア王国対抗戦⑤」
マリアナの声に応えたリーリャとラウラの魔法が詠唱される。
「我は知る! 風を司る天使よ! 我等へ加護を! 邪悪な敵を寄せつけぬ大いなる風の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・ルーヒエル!」
「我は知る! 大地を司る天使よ! 我等へ加護を! 邪悪な敵を寄せつけぬ大いなる大地の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・ウーリエル!」
風の魔法である風の壁がリーリャから、土の魔法である土の壁がラウラ・ハンゼルカから放たれた。
魔法によって起された強風によって態勢を崩された悪豚鬼は、いきなり目の前に盛り上がった粘着質の土の壁に行く手を阻まれて戸惑い、混乱している。
「今だ! 突撃! ペトラ、先陣を譲ってやるぞ! 奴等を一気に粉砕せよ!」
マリアナ・ドレジェルが号令を発すると、前衛の中央に居たペトラ・エスコラがハルバートを振り回しながら先陣を切った。
続いてマリアナとミーサ・キヴィも剣を構えて走り出す。
「「「うおおおおおお!」」」
ペトラは長柄のハルバート振りかざすと、リーチを活かして先頭に居た悪豚鬼の首をあっけなく刎ねた。
仲間が倒され、なおも混乱する2匹の悪豚鬼へ向い、マリアナは得意の2段突きで心臓を、ミーサは腹を突き刺してあっけなく屠ったのであった。
――5分後
「ふう! 幸先が良いぞ。悪豚鬼と言えば食人鬼に続く得点の持ち主だ。これで15点獲得したな」
「ははははは! 副団長、学生の訓練用に弱化させた悪豚鬼など我々には寝ていても倒せます」
ペトラが大きな身体を揺すって笑うと、ミーサも追随する。
「ペトラさんの言う通りです。歯応えが無さ過ぎる!」
しかしリーリャはこの戦法が食肉鬼の群れに通じるか、危惧していた。
騎士とは文字通り、馬に騎乗してこそ力を発揮する。
それも人間相手こその騎士なのだ。
騎士の突撃戦法の最大の利点……
それは相手の恐怖心につけ込む事にある。
人間から見て馬に乗った人間がどのように見えるのか?
心理的に大きく怖ろしく見えるのだ。
騎馬隊の大軍が押し寄せたら、どのような心理的圧迫を感じるのか?
様々な想定と実戦を経て研究され、ロドニア騎士隊の突撃戦法は実施されて来た。
数千の騎馬隊の突撃に人間の部隊は恐怖を感じ、パニックに陥る事も多かった。
騎馬隊が蹂躙して直接的なダメージを与えるのは勿論の事、心理的なアドバンテージも取った直後に進軍する百戦錬磨の徒歩の従士達が止めを刺す。
それが伝統ある大国、ロドニア王国の基本的な戦法であった。
戦場での主役はあくまでも騎士隊とされ、従士達は勿論、魔法使いの部隊や弓隊などはあくまでも支援役にすぎなかったのである。
しかし今のマリアナ達は敵に対してアドバンテージを取れる馬に騎乗してはいない。
馬を降りた騎士は通常の戦士と変わらない。
今の戦いも彼女達の技量がオークより遥かに勝っていた事と魔法の支援でオーク達が混乱していたのが原因で勝利したに過ぎないとリーリャは考えていた。
騎士の突撃による威嚇が効かないとしたら?
敵に突撃をあっさりといなされて逆に囲まれてしまったら?
そうなればマリアナを含めて自分達が窮地に陥る事は必定である。
リーリャは思わず立会人として控えているルウを見た。
しかしルウは相変わらず穏やかな表情でリーリャを見詰めている。
却ってそのような彼の表情がリーリャに考えていた事を思い直させた。
私の傍に旦那様が居るのは心強い!
だけど、それに甘えちゃいけないのだわ。
リーリャは口を真一文字に結ぶと固い決意を見せるかのように大きく頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、こちらは魔法武道部……
正門から約30分――森の中を抜けて『遺跡』に着いた一行は目的の魔物の群れが居るのを確認して木々の間から遠巻きにして眺めている。
ここに来るまでに魔物に遭遇する事が無かったのは幸いであった。
限られた時間に食人鬼を極力狩るのが魔法武道部の基本作戦であるからだ。
しかし模擬戦と実戦の違いのギャップを最も感じていた人物が1人居た。
魔法武道部の『軍師』と言っても過言では無い1年生のフルール・アズナヴールである。
ゴブリンでさえショックを受けたフルールは人間の数倍もある堂々たる体躯を目の当たりにして驚きの余り言葉を失っていたのだ。
「…………」
「どうした? フルール」
ジゼルに軽く背中を叩かれたフルールは小さく息を吐き出し、やっと口を開く事が出来た。
「ぶ、部長! あ、あれが!? 食人鬼ですか?」
「うむ、そうだ! 遠くから見ても、大きくて中々迫力があるだろう?」
この『狩場の森』で食人鬼と戦い慣れたジゼルが余裕の笑みを見せると、フルールは涙目になって訴える。
「中々って!? じょ、冗談じゃあありません! 実際に見るのと絵では全然違いますよ。はっきり言って……何かおぞましいし、こ、怖い! 怖すぎます!」
ジゼルへ恐怖を訴えるフルール。
そんな部員達の下へ、偵察に向ったシモーヌとミシェルが戻って来た。
シモーヌの索敵能力は50m以内なのでぎりぎりまで近付き、オルガと2人で様子を探って来たのである。
「シモーヌにオルガ、ご苦労様。どこも怪我は無いか?」
ジゼルが見る限り、2人に怪我は無い。
しかしこのような時には何か異常が無いか、確認して戦力に影響が無いか、確認するのが指揮官の義務である。
「ああ、2人とも大丈夫だ。ではジゼル、早速報告するぞ。私の索敵によれば『遺跡』には約40匹の食人鬼が居る。残念ながら上位種は見当たらない」
「分った! 先程のゴブリン同様、事前に立てた作戦通りで行こう。さあ時間も限られている。皆、出撃するぞ!」
シモーヌの報告を聞いたジゼルは時間を置かずに出撃する事を部員達に促した。
しかし怖ろしい食人鬼を初めて見たフルールは及び腰である。
「ま、待って下さい、部長! 少し魂の準備をしてからで……」
しかしそんな台詞は直ぐ言い訳だと見抜いたジゼルは首をゆっくりと横に振った。
「ほらぁ、愚図愚図すると時間が無くなる。お前の立てた作戦は先行逃げ切りだろう? フルール」
「あうううう……」
半泣きのフルールの首根っこを掴んだジゼルは新たな陣形を組む指示を出したのである。
「ようし! 事前の作戦通りに行くぞ! まずはゴブリンの時と同様に攪乱だ。シモーヌの風とオルガの火の魔法で行け! 敵が怯んだら私とシモーヌが盾役兼攻撃役として2段構えで前面に立つ。ミシェルとオルガは攻撃役として私とシモーヌの背後で左右に展開しろ。万が一私達が打ち洩らした食人鬼が居たら確実に殲滅するのだ。フルールは支援役を頼むと言いたいが、実質初陣であれば無理はするな。最後方で自分の身を守ることに専念するように!」
「「「了解!」」」
「りょ、了解!」
部員達が呼応し、ワンテンポ遅れてフルールした返事を聞いたジゼルは僅かに笑みを浮べたのであった。
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