第511話 「ロドニア王国対抗戦⑥」
魔法武道部のメンバーは対食人鬼用に考えた陣形を組んだ。
前面に狩場の森においては食人鬼と戦い慣れたジゼルとシモーヌ・カンテが並び、その背後にミシェル・エストレとオルガ・フラヴィニーが立ち、そして最後方に控えたのがフルール・アズナヴールである。
彼女達は風下に立ち、食人鬼達に悟られないように徐々に近付いて行く。
まずは無警戒の相手に先制攻撃し、40匹の個体を少しでも減らすのが肝要だ。
シモーヌが低く抑えた声で素早く魔法式を詠唱した。
「我は知る! 風を司る天使よ! 我等へ加護を! 邪悪な敵を寄せつけぬ大いなる風の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・ルーヒエル!」
シモーヌの両手から魔法風が巻き起こり、遺跡に屯していた食人鬼達が何事かと振向く。
その瞬間、ジゼルの鋭い声が響く。
「今だ! オルガ!」
「了解! 天に御座します偉大なる使徒よ! その聖なる浄化の炎を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲブラー・ウーリエル・カフ!」
オルガの拳から放たれた炎の弾がシモーヌの風の魔法に乗って一匹の食人鬼に燃え移った。
焼け爛れる肉の嫌な臭いが漂い、食人鬼の口から苦痛の悲鳴が漏れる。
基本的に魔物は火を嫌う。
炎とは邪なるものを焼き尽くす浄化の象徴でもあり、火を司る大天使の最大の武器でもある。
彼の使う聖なる神の炎は全てを焼き尽くすとも言われているのだ。
驚いた食人鬼達は立ち上がり、右往左往している。
混乱状態になった食人鬼達に向い、続いて発動したのはジゼルの水属性攻撃魔法の水弾である。
「我は知る、水を司る御使いよ。その猛る流れをもって我が王国の拳となり敵を滅せよ。ビナー・ゲブラー・サーキエール・メム・マルクト・カフ」
シモーヌに負けないくらい凜としたジゼルの声が鳴り響く。
現在の彼女の実力であれば、無詠唱で楽々と発動出来るが、敢えて完全な魔法式で詠唱したのはミシェル達、後輩にしっかりと手本を見せる為である。
水弾は水の魔法使いが最初に覚える攻撃魔法で、水属性の初級魔法に位置するものだ。
魔法の力で呼び出した異界の水を高圧化して撃ち出し、相手にダメージを与えるものである。
邪なるものを焼き尽くす聖なる炎や神の吐息と呼ばれる、真空で切り刻む風の魔法に比べれば殺傷能力は落ちるが、相手を戦闘不能に陥らせるには有効な魔法だ。
しかしジゼルの水弾はそのように生半可な威力ではない。
同じ魔法式を詠唱しても言霊に込める魔力の量で威力が格段に上がる事をミシェル達は目の当たりにしたのである。
ジゼルの手で異界より召喚された水の塊が魔力で飛ばされる様は、まるで荒れ狂う豪雨が、真横に突き進むように食人鬼達の群れに降り注いだ。
通常の水弾は硬質化した水が鈍器で殴るような物理的ダメージを与えるぐらいである。
だがジゼルが撃ち出した水の塊は鋭い槍のように容易く彼等の肉体を貫いたのだ。
頭や心臓など急所を貫かれて即死する食人鬼は群れの半分にも及び、致命傷に到らぬ者も凄まじい叫びをあげ、耐えられぬ痛みに思わず転げ回ったのである。
「今だ! 行くぞ、シモーヌ!」
「了解!」
ジゼルは自らの号令と共に飛び出し、阿吽の呼吸で頷いたシモーヌも剣を振るって、混乱している食人鬼の群れに飛び込んだ。
ジゼルとシモーヌにより死に切れない食人鬼達があっさりと斬り伏せられ、無傷の者も急所を素早く攻められて絶命する。
オリヴィエールとジェロームによりカルパンティエ家伝統の剣を教授された2人。
その戦い様はまるで伝説の戦乙女だ。
40匹居た食人鬼の群れも、もう30匹以上が絶命している。
そして残る10匹も手傷を負っており、戦意を喪失していた。
「シモーヌ、退くぞ! ミシェル、オルガ、前に出ろ!」
ここでジゼルとシモーヌが退き、ミシェル達に戦うように促した。
今後の為に後輩に実戦経験を積ませる為である。
「は、はいっ!」
「り、了解!」
今度はシモーヌがミシェルとオルガを叱咤する。
「2人ともいつもの訓練を思い出せ。相手は手負いだが、気負けしている――こちらが呑んでかかれば勝てるぞ」
「「はいっ!」」
今度は返事が一致した。
「行くぞ、オルガ!」
「了解だ、ミシェル!」
剣をかざした2人は食人鬼の群れに飛び込む。
返り血を浴びながら剣を振るうミシェルとオルガを頼もしそうに見るジゼルとシモーヌ。
それは先輩として、後進に道を譲る実感に満ち溢れていた。
しかしフルールは違和感を覚えている。
相手の食人鬼は戦意を喪失して無抵抗なのだ。
そもそもこの『狩場の森』自体の意味も疑問である。
捕獲されて、力を弱められた魔物を一方的に狩る人間の殺戮の場ではないか。
間違っている!
こんなのは間違っている!
フルールは思わず魂の中で叫びながら、立ち尽くしていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、ロドニア王国選抜は遭遇した魔物の群れと全て戦い、勝利していた。
5つの群れを討伐し、ゴブリン25匹、悪豚鬼は先に倒したものも合わせると15匹という戦果である。
これらはマリアナ・ドレジェルが敵には背を向けずというロドニアの伝統を強硬に主張し、出会った敵全てに戦いを挑んだからだ。
普通に考えれば、結構な成績だが、これははっきり失敗と言える。
何故ならば今回の対抗戦には時間制限があるからだ。
無駄に戦う事で足止めを喰らい、時間は虚しく過ぎたのである。
本命の食人鬼を倒す為には少しでも早く『村』へ行かなくてはいけないのに、だ。
事前に立てた作戦は完全に無視されてしまった事になる。
リーリャは腕につけた携帯用の魔導時計を眺めた。
針は11時30分をとうに回っている。
この位置から『村』までは正味徒歩5分程の距離であるが、帰りの時間を考えると残り時間は後、10分程度しかない。
これでは食人鬼と戦っても管理棟に戻れず、1分につき1ポイントのペナルティを受けてしまう。
「マリアナ!」
「何です、リーリャ様」
「このままでは『村』に着いて食人鬼を討伐してもペナルティを取られてしまいます。残念ですが、一旦管理棟まで戻りましょう」
「うむむ!」
唸るマリアナに対してリーリャは眉間に皺を寄せて、ゆっくり首を左右に振ったのであった。
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