第457話 「進路相談③」
2年C組の学級委員長エステル・ルジュヌは最近、アンナ・ブシェ、ルイーズ・ベルチェと3人一緒に行動する事が多い。
元々、アンナとルイーズは王都セントヘレナでも有数の商家の娘同士という事もあり、とても仲が良かった。
そこへ召喚魔法の授業の『アンノウン』呼び出しが縁でエステルとルイーズが意気投合し、紆余曲折を経てアンナも合流し、ルウの妻達とは別に2年C組の『仲良しトリオ』を形成しているのだ。
進路相談の為にオレリー達が出てから暫くしてエステル達も教室を出た。
午前11時からはエステル達の順番となるので事前に研究棟1階の図書室で待つことにしたのである。
オレリー達の溌剌とした明るい表情に比べてエステル達の表情は皆暗い。
輝かしい未来への希望と陰鬱とした諦念は全く対照的だ。
「はぁ……」
「…………」「…………」
エステルが大きな溜息をついても他の2人は無言のままである。
何故ならば、エステルの悩みを知っているからに他ならない。
だが自分達もそれぞれ大きな悩みを抱えているのだ。
――やがて3人は研究棟に到着した。
「じゃあ、行って来るね」
エステルが力なく呟くとアンナとルイーズもゆっくりと手を左右に振った。
「いってらっしゃい……頑張って……」
「いくらルウ先生でも他人の恋愛や家の事情までは口が出せないわね」
3人の顔には諦めの境地とも言える表情が浮かんでいたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とんとんとん!
「はい!」
リズミカルなノックに答えたのはフランだ。
「エステル・ルジュヌです 進路相談に伺いました」
「お入りなさい!」
ドアをゆっくりと開けて入ったエステルを待っていたのはルウとフランである。
「まあ掛けて下さい」
「失礼します!」
フランから肘掛付き長椅子を勧められたエステルは頭を軽く下げてから腰を下ろした。
しかしいつものエステルらしくない事をルウとフランは直ぐに察したようである。
こんな時は定番のお茶が良い。
「エステル、よかったらアールヴのハーブティ……飲むか?」
「ル、ルウ先生!?」
「ふふふ、エステル。私とルウ先生はいつもの貴女らしい溌剌さが無いから心配しているのよ」
「え!? そんなに!?」
ルウとフランに気を遣われたと分って慌てて両頬を押さえるエステル。
様子がいつもと違うなど自分では気が付かないに違いない。
エステルは辛そうに俯いてしまうが、ルウはお茶を飲むように促す。
「暑い時に熱いお茶は結構効く。このハーブティは落ち着くぞ」
「あ、ありがとうございます!」
フランが笑顔で渡して来た白磁のティーカップを涙目で受取り、礼を言うエステルであったが、ひと口飲むとルウが熱いと言ったのに反して絶妙な適温なのに吃驚した。
「美味しい!」
アールヴが秘伝を駆使してブレンドしたお茶はエステルの魂に起こった小波をゆっくりと癒して行く。
ルウがいつもと同じ穏やかな表情で問う。
「お前には何か悩みがありそうだが……話して楽になるのであれば俺達に打ち明ければ良い。そうでなければこの時間は予定通りお前の進路相談を行おう」
「ありがとうございます! 悩みは私個人の事です。この後、アンナ達も待っていますから私的な話はまたご相談に乗って下さい。進路相談……お願いします」
エステルは健気である。
自分の私的な悩みの為に同級生に迷惑を掛けたくないというのだ。
「分った! じゃあ、フラン」
ルウがフランに目配せし、エステルの進路相談は始まった。
「了解! ええと、じゃあ早速! エステルさんはアンノウン次第だけれど、工務省志望で良いのよね」
「はい! 私……工務省に絶対に入りたいのです」
工務省に入省したい!
エステルの決意はとても固そうだ。
他にも選択肢はあるとフランは良く考えてみる事を促す。
「ヴァレンタイン魔法大学への進学は? 召喚魔法を極めるのであれば大学でじっくりと研究してからでも遅くはないわよ」
「いいえ! 私……卒業したら直ぐ働きたいのです」
頑ななエステルの態度に何か理由があるのかもしれないと思ったのであろう。
フランはずばりと直球を投げ込んだ。
「立ち入った事を聞くのだけれどそれは何故? 貴女なら召喚魔法だけでなく他の科目も優秀だし、大学に行った方が可能性って広がるわよ」
「…………」
しかしフランの問いにエステルは沈黙で答えたのだ。
このような場合は質問者を変えた方が良い。
「そう……分ったわ。ルウ先生、バトンタッチ!」
「ああ……フラン、代わろう。 エステル、仮初の人型を使った召喚魔法の訓練はやっているか?」
ルウはフランが聞いた事を深追いしない。
エステルの志望である工務省絡みの話を振ったのである。
「はい! アンノウンが暴走しないように少しずつですが……毎日行っています」
「おお、偉いぞ。今度、俺もアンノウンを呼ぶから、一緒に訓練をしよう!」
「「え!? えええええっ!?」」
何気に言ったルウのひと言にフランとエステルの驚きの声が重なった。
ルウが『アンノウン』を召喚出来る!?
それは初めて聞く事実であった。
ルウの魔法は底が見えないから他の魔法は仕方が無いが、学園の授業に関係ある魔法はある程度どれくらい行使出来るのか教えて欲しいとフランは申し入れてある。
ルウは当然の事ながらフランの頼みを快諾していたのだ。
その為フランは学園である事も忘れて、つい夫に詰め寄る。
「旦那様ったら、それ聞いていませんよ!」
「ああ、御免。言うのをすっかり忘れていた」
相変わらず穏やかな表情で謝るルウ。
しかし段々と表情が母に怒られた幼子のように変わって行く。
「もう!」
腕組みをしたフランもそのようなルウを見るともう怒る事は出来なかった。
2人の様子を見たエステルが羨ましそうに言う。
「ふふふふ……お2人ってとても仲が良いのですね……私、羨ましいです」
「ふふふ……まあね…って、エステル、貴女!?」
フランはエステルを見て吃驚した。
何とエステルは目に涙を一杯溜めて泣きながら微笑んでいたのである。
「エステル……時間を気にせず話してみろ」
ルウの言葉に一瞬、躊躇うエステルであったが、何か決心したようにこくりと頷いたのであった。
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