第458話 「進路相談④」
ルウの研究室でエステル・ルジュヌの進路相談は続いていた。
「エステル……深呼吸だ。リラックスしてゆっくりと喋ってみろ。魂に事象を思い浮かべるイメージで良い」
ルウの意味ありげな言葉にこくりと頷いたエステルはゆっくりと話し始めた。
『ある夜、私は父に王宮の晩餐会へ連れて行かれました。そこでマチュー・トルイユ子爵の長男、ファブリスを紹介されたのです』
語り始めたエステル……
すると何故かエステルは自分が発する言葉に鮮明な記憶の画像が伴う事を感じてしまう。
そして喋る言葉でさえも朧げな夢の中で囁いているような感覚となって行く。
戸惑うエステルの魂の中でルウの声が静かに響いた。
『大丈夫だ……続けてくれ』
穏やかなルウの声は不安になりかけたエステルを癒し、落ち着かせる。
『は、はい……父と、トルイユ子爵は古い友人同士でした。お互いに年頃の子供が居るという事で1回引き合わせさせようと考えたようです』
エステルの言葉と共に実直そうな40代前半の男性がぼうっと闇の中から浮かび上がった。
彼がエステルの父親=ルジュヌ男爵であろう。
続いて浮かび上がったのは金髪で鋭い目付きをし、同色の髭を蓄えたこれまた40代前半の男性だ。
彼がトルイユ子爵らしい。
そしてトルイユに良く似た父と同じ金色の髪を持つ少年が浮かび上がった。
顔立ちは整っているが、良く見ると冷たく酷薄そうな雰囲気を持っている。
この少年がトルイユの長男ファブリスであろう。
『ファブリスはヴァレンタイン魔法男子学園に通う学生でした。有能な魔法使いだと父からは言われました』
場面はエステルとファブリスが親しそうに話す光景に切り替わる。
『彼は男らしく女性をぐいぐい引っ張って行くような性格です。私はそんな彼を好きになりました。今から考えれば親同士が将来的な思惑で会わせたのでしょう』
何度か光景が切り替わり、仲睦まじく会う2人。
しかしルウが良く見るとファブリスは口元に冷たい笑いを浮べていた。
『私達はだんだん将来の事を話し合うようになりました。彼はヴァレンタイン魔法大学に進学して魔法省に入りたいという希望がありました』
ファブリスが将来の話までするとは結婚を前提にした付き合いだという事であろう。
『彼の夢を聞いて、つい私も自分の夢を語りました。召喚魔法でアンノウンを召喚した事。アンノウンの器次第で工務省を目指す事を……でもそんな私の話を聞いた時に彼はいきなり豹変したのです』
ここで場面は怖ろしい顔で睨むファブリスに切り替わる。
猫を被っていた彼はとうとう本性を現したのだ。
『彼は黙り込んでしまいました。そして暫くして怖い顔をすると召喚魔法の訓練をやめろと告げました』
ファブリスはエステルに大きなゼスチャーで何か怒鳴っている。
話すエステルの身体が小刻みに震えていた。
『私は吃驚して何故? と聞きました。彼は……そんな事もわからないのか?と大声で怒鳴りました。誇り高き貴族である自分の妻が外で働くなど恥ずかしい。君は我がトルイユ家の奥方として優秀な跡継ぎを生んでくれさえすれば良いのだと私は一方的に言われてしまいました』
あくまでも家の付属物として振舞えとファブリスは断言しているようだ。
同じ人間としての扱いとは思えない。
ルウの魂にエステルの悲しみと喪失感が伝わって来る。
今迄、一途に信じていた大事なものを喪失した魂の痛みであった。
『この言葉で彼の事が……分らなくなりました。私だって子供は好きです。好きな人の子供なら尚更です。だけど私は自分の将来に可能性があるならぜひ挑戦してみたい』
ここでエステルの記憶は子供の頃に飛んだ。
『……幼い頃に父の管理地で自然災害が起こりました。その時はどうしても人の手を使っての復興には限界がありました。父は王都やバートランドに土木作業用のゴーレム、巨人と召喚士の派遣を要請しましたが王国は結局は送ってくれませんでした』
苦しむ国民を切り捨てる王国の態度。
無力感に囚われた幼い少女は憤るがとうとう最後まで何も出来なかったのだ。
『私は父や民の嘆き、そして苦しみを目の当たりにしました。もし工務省に入れても思うようにはいかないかもしれませんが、少しでも苦しんでいる人々を助けられる……そう考えて私は召喚士になる事を決断しました』
人々の悲嘆を目の当たりにしたエステルの健気な決意。
それは彼女の生きて行く糧であり、目標でもあった。
しかしそれは真っ向から否定されたのである。
『私は厳しく詰られました。加えて酷い罵倒を受けました。彼という人間が一層分らなくなり不信感は更に増しました。父とトルイユ子爵との関係も含めて悩んだ挙句、とうとう彼に別れを告げたのです』
エステルに別れを告げられたファブリスは鬼のような形相で彼女の前に立ちはだかっている。
そして……
『すると彼は烈火のごとく怒り、私の頬を思い切り平手で叩きました。そして彼はトルイユ子爵と父に伝えて無理矢理婚約の儀を整えると宣言したのです』
ここまで話したエステルはハッと我に返った。
彼女はいつの間にか泣いていたのである。
自分の正面には見慣れたルウの穏やかな笑顔があった。
漆黒の瞳で自分を見詰められるとエステルは自分が何かに吸い込まれるような錯覚を感じてしまう。
「話は良く分ったよ……」
「え!?」
エステルは不思議な感覚に陥っていた。
長い時間を掛けてルウに説明したような気がするのに研究室に置いてある魔導時計を見ても部屋に入ってから10分程度しか経っていないのだ。
「酷い男だ……大変だったな……アンナ達にはそこまで話していないのだろう」
ルウの言う通りだとエステルは驚いた。
確かにアンナとルイーズには付き合っている彼氏と最近、上手く行っていないとは告げている。
ただここまで詳しい事は一切話していないのだ。
……私はいつの間にかルウ先生に全てを話してしまったの?
問い掛けるようなエステルの眼差しに対してルウは穏やかな表情で応える。
「もう大丈夫だ。今迄相談出来る相手もなかったのだろう?」
「ううううう……」
エステルの目にまた涙が溢れて来る。
それと同時に感情の堰も切れてしまったようだ。
「先生! ルウ先生!」
エステルの華奢な身体がルウの胸に飛び込んで行った。
「うわあああああん!」
ルウにしがみついて号泣するエステル。
震えるエステルの背中をルウは優しく擦る。
その様子をフランも慈しみの眼差しで見守っていた。
「思い切り泣くんだ。すっきりしてしまえ」
「ううううう……」
ルウはエステルを宥めながら、念話でモーラルを呼び出す。
『はい、旦那様!』
『ちょっと調べて欲しいが、頼めるか? 魔法男子学園のファブリス・トルイユという生徒の事だ』
ルウはエステルの魂に浮かんだイメージをモーラルに送る。
『この少年ですね……分りました。で、どうします?』
ルウがモーラルに頼むのは主に裏仕事だ。
極端に言えば、『始末』も含まれるのである。
『とりあえず急ぎ調べてくれ。ただ今夜中にケリをつける』
『かしこまりました! 直ぐ折り返しします!』
モーラルの声が響き、ルウはエステルの背中を擦りながら大きく頷いていたのであった。
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