第122話 「使い魔」
魔法女子学園『祭儀教室』木曜日午前9時……
補習組みのレベルも上がり、先行組みに追いついたので2年C組の生徒達は、いよいよ召喚魔法の本番に入る。
1人ずつ慎重に儀式を行うので1時限目から3時限目までぶっ通し、すなわちお昼までじっくりと召喚魔法の授業を行うように予定が組まれている。
魔力の向上と安定、そして魔法式の詠唱を徹底して行って来た2年C組。
今日から本番だと全員に気合が入っていたのだ。
特に気合が入っているのは商家の娘であるルイーズ・ベルチェである。
かつてのジョゼフィーヌと同様、腰掛のつもりで魔法女子学園に入学して魔法を学んでいたルイーズであったが、自分の魔力の高まりと共にやる気に満ちていたのである。
彼女は仲の良い同じ商家の娘であるアンナ・ブシェに話し掛けた。
「アンナ! 楽しみだよね! どんな使い魔が出て来てくれるのかしら」
「そうだね、ルイーズ……」
アンナはルイーズほどの入れ込みようではない。
実家である商家から花嫁修業と箔をつける為の学生生活だと釘を刺されている彼女にとって魔法女子学園の授業は確かに面白いが、それよりも一般の学校の女子生徒のような恋やおしゃれの話の方が関心のある事なのだ。
以前は授業中も合間を縫ってそのような話に興じていた2人出会ったが、ルイーズが真面目な、そして熱心に授業に取り組むようになってからそのような会話が著しく減っていたのでアンナはある意味面白くなかったのである。
ぱんぱんぱん!
今やケルトゥリだけでなくフランも好んで使うようになった手を叩いて場を締める音が教室内に響く。
「本日からいよいよ召喚の儀式に入りますが、とりあえず全員で魔法式の詠唱だけ繰り返しましょう。宜しいですか?」
「はいっ!」「は~い!」「はい!」「ほ~いっ!」
様々な返事が飛び交う中、フランは満足そうに頷いた。
1年生の時は碌にいう事を聞かず授業になっていなかった事を考えると大袈裟かもしれないが隔世の感がある。
本当は1番変わったのがフランなのだが、本人は全く気付いていなかった。
教室の後ろではルウがいつものように穏やかに微笑んでいる。
「では、まず私が魔法式を詠唱しますから皆さんはその後に復唱してください。ペンタグラムはちゃんと持っていますね」
「はいっ!」「は~い!」「はい!」「ほ~いっ!」
フランは大きく息を吸い込んで吐き出すと魔法式を唱え始めた。
「創世神の御使いであらせられる大天使の加護により、我に忠実なる下僕を賜れたし! 御使いの加護により御国に力と栄光あれ! マルクト・ゲブラー・ホド! 永遠に滅ぶ事のない……来たれ、我が下僕よ」
一気に唱え終わって少し上気した顔のフランから指示が出て生徒達も同様に唱えた。
「創世神の御使いであらせられる大天使の加護により、我に忠実なる下僕を賜れたし! 御使いの加護により御国に力と栄光あれ! マルクト・ゲブラー・ホド! 永遠に滅ぶ事のない……来たれ、我が下僕よ」
全員でそれを何回か繰り返すとフランは満足したように頷いている。
ルウも相変わらず黙って見守っていた。
「宜しい! では皆さん、次に教室の前方の召喚エリアに注目してください」
何回か皆には教授を受けた事柄ではあるが、特に危険が伴うこの授業ではフラン達教師はは万全を期す為に指示を繰り返しながら念を押す。
「魔法陣が描かれていて術者のエリアと使い魔を呼び出すエリアに分れていますね。これは術者の安全を確保する為と異界への通路を確保し易くする為の処置です」
生徒達が改めて魔法陣を見るが、さすがに直ぐ理解できるものではない。
「では開始します。ルウ先生、魔法障壁の起動をお願いします」
ルウが頷き、この教室の後ろにある魔法障壁の起動装置に手を触れて魔力を込めると低い音が発生して教室の一部を除いて様々な魔法障壁が全員を保護したのである。
魔法障壁が掛っていない場所とは召喚エリアである魔法陣の部分だ。
「では魔法を発動する順番は公平に行きますよ。身分に関係なく頑張っている成績順です」
フランの言葉を聞いたルイーズは素直に喜んだ。
最近の頑張りで自分の成績はクラスでも真ん中よりはだいぶ前になったからである。
当然、トップはオレリー・ボウだ。
「ねぇねぇ、オレリーって最近凄く綺麗になったと思わない。笑顔も素敵だし、恋でもしているのかしら?」
今度はアンナがルイーズに話し掛けるが、ルイーズにとっては特に集中したい時である。
アンナを見ると人差し指を口に当てて首を横に振ったのだ。
それを見たアンナは俯いて唇を噛み締めた。
「ではオレリー・ボウ、召喚エリアに入ってください」
フランの合図を受けてオレリーは召喚エリアに入るといつもの通り、呼吸法で息を整えながら魔力を高めて行く。
やがて術者のエリアが彼女の魔力で満ちると朗々とした声が響き始める。
「創世神の御使いであらせられる大天使の加護により、我に忠実なる下僕を賜れたし! 御使いの加護により御国に力と栄光あれ! マルクト・ゲブラー・ホド! 永遠に滅ぶ事のない……来たれ、我が下僕よ」
オレリーの大きな魔力が異界への通路である魔法陣に注ぎ込まれると何者かが現れる気配がする。
この瞬間が術者である生徒や監督する教師にとって1番緊張が走る時だ。
召喚された存在が悪意を持っていないか、術者に対して従順であるかどうかを見極めなくてはならないからである。
そして全生徒が注目する中、オレリーが召喚したのは『犬』のシルエットをした精神体である。
精神体は瞬く間に大きめな犬の姿になり、座るとひと声――がうと吼えた。
そしてゆっくりと小さく尾を振る。
風貌は野生的で狼に近いが、服従の魔力波を発しており敵対する様子は一切無い。
緊張から解放されたオレリーが大きく溜息を吐くと、直ぐ後ろに控えたフランとルウをホッとしたように見詰めた。
「オレリー、その子に名前をつけてあげなさい」
フランが言うとオレリーが頷き、使い魔である召喚獣に呼び掛ける。
「お前は男の子、女の子どっち?」
その瞬間、オレリーには使い魔の意思が伝わって来た。
術者と使い魔の間でしか交わせない一種の念話のようなものだ。
それによるとどうやら『女性』のようである。
「ふふふ、じゃあお前はジェシカね」
前以て考えていたらしい名前をすかさずつけてやるオレリー。
それを聞いた『ジェシカ』は満足そうに短く吼えた。
生徒達はその様子をじっと見守っていたが、少しずつ会話が聞こえ始める。
「オレリーって凄いわ」「いきなり何か強そうな子ね」
「何か気高いというか格好良い」
しかしオレリーは少し倦怠感を感じていた。
使い魔の召喚獣を現世に留めておくのは結構な魔力の消費を必要とするからである。
「ではオレリー、魔力切れになる前に『ジェシカ』を異界に帰還させなさい」
フランの指示が飛び、オレリーは『ジェシカ』にひと言「帰還」と優しく話し掛けた。
すると使い魔はかき消すように居なくなったのであった。
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