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第121話 「呪縛からの解放」

 アルドワン侯爵の起した事件は一応の結末を迎えた。


 まず当主のダニエル・アルドワンは自宅でぐったりしている所を王都騎士隊に発見、確保された。

 バートランド大公でありアデライドの伯父でもあるエドモン・ドゥメールの指示でレオナール・カルパンティエ公爵麾下の騎士隊が出動。

 キャルヴィン・ライアン伯爵自らが指揮を執る形で屋敷に乗り込んで来たのである。

 何せ上級貴族である高名なアルドワン家当主本人なので通常の罪人とは違い、連行は慎重に、また尋問は王宮の一室でジゼルの父であるレオナールとキャルヴィン直々にという特別な形で行われたのだ。

 しかし、ダニエルは連行された後、暫く経ってから王宮で目を覚ますと素直にレオナール達の尋問に答えたのである。


 寄り子であるジェラール・ギャロワ伯爵にまず厄介者の次男を押し付ける目的で縁談を申し入れた事。

 それが断られるや否や伯爵を更迭し自殺に見せかけて毒殺しようと計った事。

 伯爵の令嬢ジョゼフィーヌを自分の長男ゴーチェを使って騙した上に弄んで最後には甥と結婚させる形でギャロワ家を乗っ取ろうとしていた事。

 そしてその陰謀を進める為に異界より異形の者を召喚した事。

 巧く行ったら敵対する他の貴族を闇に葬る事も考えていた事。


 ダニエルは全てを告白した。

 だが彼に異変が起きたのはそれから直ぐの事である。

 翌朝、軟禁された王宮の部屋に騎士が食事を持っていった所、ダニエルはもう普通に口の聞ける状態ではなかった。

 ぶつぶつと訳の分らない事を呟いたり、やたらに暴れまくり地団太を踏む。

 ……彼は発狂してしまっていたのだった。


 レオナール達は整合性を取る為に嫡男のゴーチェにも同様の尋問をした。

 するとこちらも全て同じ事を白状したのである。


 レオナールから最終の調査報告を受けた第120代ヴァレンタイン王国国王リシャールは今回の事件に騒乱罪を適用した。

 彼はアルドワン侯爵家の取り潰しと主犯のダニエルとゴーチェの死罪、次男のイジドールの貴族籍の剥奪と犯罪奴隷への身分変更を命じ、その他の人間の処罰はレオナールに一任したのである。


 それを受けたレオナールはジェラール・ギャロワ伯爵の毒殺未遂に直接加担した騎士達にやはり家の取り潰しと死罪を命じ、その他の者は財産を全て没収した上でヴァレンタインからの永久追放を命じたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから数日後の事である。

 ここは魔法女子学園校長室、ルウとフラン、ジゼル、ナディア、オレリーが見守る中、今回の当事者ジョゼフィーヌがホッとした表情で座っていた。


 事件の被害者であるジョゼフィーヌの父ジェラールはエドモン・ドゥメールのとりなしで王宮財務次官の身分はそのままとなった上に空席となった財務大臣の代行の任に就いたのである。


 ジョゼフィーヌがルウ達全員に今回の件に関して礼を言う。

 ジゼルはそんなジョゼフィーヌを気遣うと同時に、今回の責任が父親やキャルヴィン・ライアン伯爵にも及んだ事を話す。


「大変だったな、ジョゼ。騎士達も加担していた理由で父上やライアン伯爵も今回の事件の責任を取って俸給の数割を王家に返上するようだ」


 ジョゼフィーヌはそれを聞くとジゼルに対して申し訳無さそうに頭を下げた。

 そんな彼女の様子を見て慌てて手を横に振るジゼルである。


「でも変だよね」


 そう首を傾げたのはナディアであった。


「ジョゼをボンクラ次男に押しつけるのは親の身としては分るけど、そこから何故ジョゼのお父上であるギャロワ伯爵を殺害するという突飛な発想になるのか意味不明だよ」


 暫く考え込むナディアであったが、「そうだ!」と声を出し、はたと手を叩いた。


「ジョゼ、ボクは1度、悪魔に魅入られているんだ。それを旦那様が助けてくれたんだけどね……」


 え!? という表情でナディアを見詰めるジョゼフィーヌ。

 新参の彼女だけはナディアがルウの妻になった理由を知らなかったのだ。


「欲望や価値観の極端な肥大化……これってボクの時と同様、悪魔が絡んでいるんじゃないかな、旦那様」


 今回のダニエル・アルドワン侯爵の行為にそれを感じるというナディアにルウも納得して頷く。


「そうだな、人間の生々しい負の感情を強大化させ、行動に移す衝動を強くしたがるのが彼等の習性のひとつだからな」


 そう言うとルウはいつもの笑顔を皆に見せる。


「お前達に危害を及ぼそうとする奴に俺は容赦しない。今回の件もナディアが言う通り、裏があるかもしれない。もう少し調べてみよう」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その老人のような異形の者は辺りを見回して溜息をついた。

 ここは魔法障壁に囲まれた周囲に何も無い亜空間と言う名の人為的な異界である。

 囚われの身である自分にも束縛の魔法がかかっているらしく思うように身動きが取れない。

 しかし取れたとしてもここから出る事は不可能な事なのだと容易に想像できるのだ。


 全く敵わなかった。

 術者である契約者の楔をあっさりと断ち切ったこの異界の主の技量。

 レッドキャップはそれに加えてこの清廉な気に満ちたこの空間にただただ気圧されていたのである。


 そこへひとつの圧倒的な存在感を持った精神体(アストラル)が現れた。

 人型をしたその精神体を見た異形の者=通称『赤帽子』レッドキャップは怖れおののいている。

 自分の自由を奪い、この異界に送り込んだ存在であったからだ。


『よう、赤帽子。待たせたな……さあ、いろいろと話を聞かせて貰おうか』


 現れた精神体はルウであった。


『は、はい』


 レッドキャップがアルドワン侯爵の家令に成りすましていた時の、からかうような彼の口調はすっかり影を潜めている。


『お前を送り込んだのは誰だ?』


『はい、私はある悪魔から使役される為に呼び出されました』


 ルウの質問はいきなり単刀直入であった。

 つられてレッドキャップもそのまま正直に答える。


『やはり悪魔か? で、誰だ?』


『はい、冥界の侯爵であらせられるアンドラス様でございます』


『アンドラス……か、成る程な』


 アンドラスはあの悪魔ヴィネ同様、かつての魔法王ルイ・サロモンが使役したとされる悪魔72柱のうちの1柱であり配下の悪霊30の軍団を率いる冥界の大侯爵である。


 奴は悪意、害意、嫉妬――いわゆる人間の不和を好む。だが意味もなしにいきなり人間界に関わる事は無い。人間の契約者が居るな……もしくは……


 ルウはそう考えた後、更にレッドキャップを追及する。


『奴は本当に相手を殺すつもりなら自ら出張る筈だ、標的の本命は誰だ?』


『わ、私は命じられた通りにやっただけで後の事は……』


『分った、赤帽子。それでお前はこれからどうしたい?』


『私はこの異界に繋がれて貴方様の事が良く分りました……そして決意しました。こ、この醜い姿がお嫌でなければ……今後はルウ様、いえ実は更に大いなる存在である貴方様に仕えとう存じます』


 そう懇願するレッドキャップをルウはじっと見詰める。

 ルウを見詰め返すレッドキャップの目も真剣そのものだ。


『赤帽子、お前が放つ魔力波(オーラ)でその気持ちが真実なのは分った。俺の傍らで俺や家族を守る為に働くが良い。そしてお前も今からは俺の家族の一員だ』


『あ、あああ……』


 家族……そのような言葉は忌み嫌われた人外である彼にとっては一生縁の無い言葉であっただろう。

 そしていつの間にかルウの口調があのルシフェルのものに変わっている。


『お前は元々、この大地に仕える地の妖精の一族なのだ。今、ここに血と怨みによってかけられた忌まわしい呪縛から解放され、真の姿を見せるが良い』


 そしてルウの全身は眩い光で満たされ、その背には悪魔ヴィネを従えた際に見せた美しい12枚の羽が再度、現れていた。


『私が……戻れる? も、元の私に?』


 そう呟くレッドキャップの全身も眩い光に包まれ、彼はルウのその神々しさに打ち震えている。


『解き放たれよ(リベレイシェン)! 血の妖精、救われよ(サルベイシェン)! 地の妖精になりて』


 厳かな声がレッドキャップの内部で響き、温かな波動が彼を包む。

 ルウが発動した解呪(ディスペル)魔法の一種である。

 

 その瞬間であった。

 

 醜悪な姿をした血と恨みの妖精レッドキャップはその呪いが解かれ、誇り高き地の妖精『赤帽子』にその姿を取り戻していたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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