第114話 「闖入者」
魔法女子学園校庭、翌日1時限目授業中……
昨日に続いてルウは2年C組の8人に召喚魔法の補習を行っていた。
今日も天気が良く、生徒は個々に呼吸法とリラクゼーションを使って、魔力を高めている。
その中には未だにジョゼフィーヌも居た。
本当はとっくに課題をクリアしている彼女は、フランが祭儀室で行っている『魔法式を円滑に唱える訓練』を受けるべきなのだが、皆に内緒で補習を受けているのだ。
ただ、このような訓練は彼女の基礎魔力を更に高めていたので決して無駄ではないのだが。
ルウの授業は、魔法式を使うこの国の魔法の授業とは違う、精霊魔法を中心としたアールヴの魔法が根幹にある。
例えば魔力を高める為にどうするか?
魔法式の言霊による神や御使いの力をほんの一部、借りて体内の魔力を活性化させるのがこの国の主流な魔法なのに対して、アールヴの魔法は自然の護り手である大いなる精霊の力を借りるという魔法になる。
言葉にすると、とても大仰だが実は使われていない自分の属性の力を精霊に引き出して貰うだけだ。
大いなる自然の化身である精霊から見れば人間も所詮は自然の産物である。
自分の魂の属性のレベルも含めた立ち位置を知り、無理なく精霊との距離を縮め、本来自分が持っている力を無理なく行使するのがアールヴの魔法の真髄なのだ。
あえて言葉で表現すれば解放か、覚醒であろう。
そんな中でも春期講習の際にルウから覚醒のきっかけを作って貰ったジョゼフィーヌの上達は著しかった。
成功の確率は数回に1回程度だが、何と風の精霊を呼べるようになるまで上達していたのである。
ジョゼが風の精霊と戯れているのを知るとルウはゆっくりと近付いて行った。
するとルウに気付いた風の精霊は嬉々としてルウの肩にぽんと乗ってジョゼに手を振っている。
強力な風の属性を持ち、それが高い水準に目覚めていないと薄いヴェールを纏った美しい少女の姿をした風の精霊を使役する事は勿論、見ることすら出来ないのだ。
当然、今のジョゼフィーヌには風の精霊が見えている。
「あ!? もう、旦那様ったら!」
風の精霊にとって術者としてはジョゼフィーヌよりルウが格段に親しく近しい存在なのだ。
それを充分知っているジョゼフィーヌは頬を膨らませながらも表情はにこやかである。
「ジョゼ、ひとつ言っておくが、精霊は根本的に『使い魔とは違う』からな。充分な関係を作るまでは相手に対して畏敬の念を持って接するんだ。しかしここまで『使える』のならもう、もうフランの授業を受けても大丈夫だろう?」
それを聞いたジョゼは今度こそ本気で膨れっ面をした。
相変わらずルウはそんな女性の気持ちに疎い。
「私はこのままで良いのですわ」
「分った、ただお前の今の魔力の高さと充実度なら召喚の初歩魔法を難なくこなせるだろう。多分『使い魔クラス』だったら簡単に呼び出せる筈だ、引き続き頑張れよ」
「はいっ! 旦那様が私に良い魔法使いの素質があると仰ってくれましたから、目標は高く持って私はアデライド母様やフラン姉のような上級魔法使いを目指しますわ」
ルウはジョゼの言葉を聞いて嬉しかった。
彼女にとってあくまで腰掛のつもりだった魔法女子学園が魔法使いとしての素晴らしい素質を引き出そうとしており、彼女自身も大いにやる気になっている。
そこで1時限目終了の時間が来た。
9時50分に合わせて魔導鐘が大きく鳴っている。
思い思いに訓練を行なっていた生徒達も起き上がってこちらに駆け寄って来た。
そのうち、何人かは結構な手応えを感じているようだ。
そうでない生徒達も魔力はそこそこ高まり、あと少し訓練すれば先行組みに合流出来そうだ。
「よ~し、10分休憩したら、少し違うやり方で魔力の質と量を高める訓練を続けよう。俺の見るところでは明日には全員、先行組に合流出来そうだぞ」
ルウの言葉を聞いて全員の顔が明るくなる。
特に商家の娘であるルイーズ・ベルチェの喜びようは尋常では無かったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園校庭、午前10時……
僅か10分ではあったが、ひと息ついた生徒達はルウを中心に車座になって集まっている。
「皆、魔力の質と量が合格範囲内に上がって来た。今迄の訓練はしつつ、今回は違う訓練を試すぞ。これは更に精霊と距離を縮めて魔力を高め易くする訓練だ」
生徒達は皆、真剣に聞いている。
「皆に今やって貰っている魔法適性に即した訓練だが、各精霊が好む言霊と事物があるんだ」
ルウは生徒全員が見渡して適性のある属性に応じて言霊とイメージする事物を頭の中に思い浮かべて精霊と交歓する指示を出した。
すなわち……
火は原型といい、イメージは杖。
そして風は創造で剣、水は形成で杯、地は活動で円盤といった次第である。
ルウの話を聞き終わった生徒達は早速、思い思いの場所に散って行った。
そんな中、ジョゼフィーヌだけがルウの傍に居た。
ルウの指導を直ぐに実践したのであろう。
いきなりジョゼフィーヌが大声をあげたのだ。
「えええええっ!?」
1番近くに居てそれを聞きつけたオルガが顔色を変えて起き上がったが、ルウとジョゼフィーヌを見て何事も起きていない事を確かめると苦笑して訓練に戻る。
「どうした? ジョゼ」
「旦那さ、い、いえっ! ルウ先生! いきなり風の精霊が現れて、それもかなりはっきりと意思交歓が出来たんですの」
「ははっ。彼女は何と言っていた?」
「こ、こんにちは、って言ったら……そ、それが……妬けるけど、お、おめでとう!って言いましたわ……」
多分、風の精霊はジョゼフィーヌがルウと婚約した事をからかいながらも、お祝いしたのに違いない。
「人の言葉では決して無いのです。何か意思のような、感情の様な……巧く説明出来ないのですけど」
精霊は人間の言葉を話さないと言われている。
しかし人の言葉は話せなくても自身の考え方や感情を伝える事は出来るのだ。
ジョゼフィーヌが言うように説明はと言われても難しいが……
「やったな! 偉いぞ、ジョゼ」
ルウは思わずジョゼフィーヌの頭を撫でる。
「はううううう!」
思えばこうやってスキンシップをしたのが、彼女が恋に落ちる切っ掛けだった。
あの日から……わ、私はこうなるのが運命だったのですわ。
ジョゼフィーヌがうっとりと記憶の糸を手繰っていた時であった。
「困りますよ、アルドワン様。この学園は生徒に親族や関係者が居ない限り、無断の立ち入りは禁止ですから!」
誰かを止める学園の警護担当の若い騎士の声である。
どうやら勝手に入って来た誰かを必死で説得しているようだ。
「ふん、この国の侯爵たるアルドワン家の次期当主がどこに行こうと勝手だろう。それに私は当事者だ。何と言ってもここには婚約者が居るのだからな」
現れたのはアルドワン家の嫡男ゴーチェであった。
アルドワンという名を聞いて本能的にジョゼフィーヌがルウの後ろに隠れる。
「おいっ! そこの教師。私は2年C組のジョゼフィーヌ・ギャロワ嬢の関係者だ。彼女がどこに居るのか知らんか?」
ルウはジョゼフィーヌを後ろに隠しながら、相変わらず穏やかな表情である。
しかし、ゴーチェの顔を見ながらきっぱりと言い放った。
「今は授業中です。関係者以外の方は生徒に会う事は国の規則で禁止となっていますが」
「私に口答えする気か? 私はゴーチェ・アルドワン、次期侯爵になる者だ。分ったか? お前は黙って聞かれた事に答えれば良いのだ。さあ言え!」
ルウは後ろを振り向くと、ジョゼフィーヌに「お前の関係者か?」と笑顔で尋ねる。
彼女は当然、首を大きく横に振った。
ルウはそれを聞いてゴーチェに向き直る。
「彼女は貴方とは一切関係ないと言っている。お引き取りいただきたい」
「な、何! するとその娘がジョゼフィーヌだな。私と一緒に来て貰おう。そうしないと父親の身がどうなるか分らんぞ」
それを聞いたジョゼフィーヌの顔色が変わる。
何か父の身に危害が加えられてしまうのかと。
僅かにルウの口元が歪んでいる。
「それは穏やかではないな。場所を変えて少し静かな所で話しましょうか?」
彼の口調は変わっていない。
しかし漆黒の瞳には静かな怒りが湧いていた。
「貴様は引っ込んでいろ! 黙ってその娘をわ………」
いきなりゴーチェの言葉が消えた。
ルウの発動した「沈黙」の魔法である。
「俺に同じ事を言わせるな。あちらで話を聞かせて貰おうか」
そう言ったルウの瞳はまるでゴミでも見るようにゴーチェを見ていたのであった。
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