第113話 「誠意と姦計」
娘の告白をジェラールは黙って聞いていた。
ジョゼフィーヌが嘘を言っているとは到底思えなかった。
そうだとすれば自分はそこまで娘を追い込んでいたかと思い、哀しくて自分自身に腹が立ったのである。
「分った……ジョゼ。お前にそんな無理を強いて悪かった」
「いいえ、お父様にはお父様の立場がございます。ギャロワ家の期待に沿えない私はいけない娘ですわ」
「もうそんな事は良い。それより……お前が好きだという相手は一体誰なのだ?」
ジェラ-ルは娘がそこまで覚悟を決めて好きだと言い切る相手が気になった。
「はい、その方は平民ですが、素晴らしい殿方でございます。ジョゼの事を本当に気にかけて、可愛がってくださる人ですわ」
相手の事を話したジョゼフィーヌはほんのりと頬を赧め、恥じらいを見せた。
ジェラールは少し驚く。
娘がそんな様子を見せるなど生まれて初めてなのだ。
「ギャロワ伯爵、実はジョゼに同行して貴方に話をしてくれと指示をしたのはその彼なのです」
ジョゼフィーヌの言葉を補完する様にジゼルが今日、自分が同行した理由を明かしたのだ。
「そして彼は私の未来の夫でもあります」
そう言い切るジゼルを見詰めて驚きの余り、絶句するジェラール。
慌てて娘を見ると大きく頷いている。
「伯爵、ジョゼは全て承知の上で彼の妻になるのです」
爽やかな笑みを浮かべるジゼル。
そんな彼女をジェラールは言葉も出せずぽかんと見詰めていた。
そこに家令アルノルトの声が響く。
「ご主人様を訪ねてお客様が2人お見えになりました」
「な、何!? こんな時に客だと?」
「1人はルウ・ブランデル様、もう1人はフランシスカ・ドゥメール様と名乗っておいでです」
「あら、タイミング良くお出でになりましたよ、伯爵。私達の旦那様と第1夫人であるフランシスカ様ですわ」
ジゼルは2人の来訪を知っていたようだ。
ジョゼフィーヌも当然知っていたのであろう、また嬉しそうに微笑んでいる。
「な、何!? 何だって?」
「ふふふ、旦那様のルウ・ブランデルと第1夫人のフランシスカ・ドゥメールですわ」
フランシスカの名前は当然ジェラールも知っているし、社交界でも娘の学園の校長としても両方で面識がある。
だが娘の相手とはどんな奴だ?
全く聞いた事の無い名前だし、この国の重鎮カルパンティエ公爵の娘ジゼルの他にも妻が居るなんて……それも名門ドゥメール家の娘だと!?
「ご主人様、お2人共お待ちになったままですが、お通しして宜しいですか?」
呆然としている伯爵に対して部屋の外からじれたようにアルノルトの声が掛る。
「伯爵、ぜひお会い下さい。会って私達の旦那様の人柄に触れてください。貴方の可愛いジョゼが好きになった人ですから」
ジゼルにそう言われてジェラールはやっと決心がついたようだ。
「分った……会おう。会って……話そう」
ジェラールはそう呟くとこれから現れるであろうドアに向けて視線を向けたのであった。
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彼は一体どんな人物なのだろう?
更に後2人、ジョゼが妻になれば計5人の妻を持つ事になるという。
そんなに多くの妻を娶るとなると古の英雄、この国の開祖バートクリード様のような偉丈夫だろうか?
ジェラールはついそんな想像をした。
しかし、そんな彼の予想は見事に覆された。
部屋に入って来たのは長身で黒髪・黒い瞳という異相の青年だった。
傍らにはフランシスカがつき従っている。
ジェラールは不思議な感覚に見舞われた。
この青年が入って来た時、何故だか爽やかな一陣の風が吹いたような気がする。
部屋の中の空気が朝の森のように清廉な雰囲気に満ちたのだ。
実は彼を慕う風の精霊の加護によるものである。
「伯爵、ご機嫌麗しゅう。暫くご無沙汰しておりまして」
まずフランシスカがジェラールに笑顔を見せ、青年を紹介する。
自分達の夫でもある彼は学園の教師で優秀な魔法使いだという。
続いて青年が挨拶をする。
「ルウ・ブランデルです。お目にかかれて光栄です」
彼の黒い瞳がジェラールを見る。
ジェラールが瞳の奥に吸い込まれそうな錯覚を感じる程、深い漆黒の瞳であった。
しかし、不思議な事に不快で不安な気持ちには全くならない。
古から寄せては返す柔らかく響く海の波の音のような、そして深い森に響く緩やかな風の音を聞くようなリラックスした心地良さを感じてしまうのだ。
「私がジェラール・ギャロワだ……君は……む、娘との事を本気で考えてくれているのか?」
不覚にも声が掠れたジェラールであったが、ルウはいつもの通り穏やかな表情でそれを受け止めている。
そしてルウは「はい」と大きく返事をしてゆっくりと話しだしたのだ。
「ジョゼフィーヌ、いえジョゼは既に我々の仲間であり家族です。俺は彼女を大切にし、愛する事を誓います。そして伯爵、貴方もぜひ我々の家族になってください。お願いします」
「…………」
「ギャロワの家をないがしろにはしません。どうかジョゼが俺の妻になる事を許してください」
ルウの言葉に合わせてフラン、ジゼルが一緒に頭を下げる。
そしてジョゼフィーヌも大きく頭を下げてから、お願いと強く父の顔を見詰めたのだ。
ジェラールは少し考えてから娘の意思を尊重してやる事にした。
こんなに積極的に人を愛して成長しようとする娘の姿を見たら、父としてどうして反対など出来ようか。
それに改めて話を聞くとルウの妻達は全て自分の肉親の許しを貰っているという。
「分った……ジョゼ、幸せになるんだぞ」
そう返すジェラールにジョゼフィーヌは嬉しさの余り、顔をくしゃくしゃにして飛びついていたのであった。
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その夜、アルドワン侯爵邸……
「むう、イジドールは未だ戻らないのか?」
「まあ、あいつも良い大人ですから兄としては必要以上に干渉しようとは思いませんが、近頃は度が過ぎますな、父上」
向かい合って話しているのは1人は昼間ジェラール・ギャロワ伯爵を叱責した現当主ダニエル・アルドワン侯爵、そしてもう1人はこの侯爵家の嫡男で次期当主のゴーチェ・アルドワンである。
「ウチの放蕩息子とギャロワの所のじゃじゃ馬で巧く行くと思ったんだがな」
ダニエルは残念そうに呟いた。
イジドールが我慢してジョゼフィーヌを娶れば、このアルドワン家はこの国での 勢力を伸ばす事が出来て王宮での発言権も確実に増すのである。
「ふふふ、父上。聞く所によると、そのじゃじゃ馬はなかなか良い女だそうですね? 何なら僕がその娘を落としてから、後で従弟のジュールとでも結婚させてギャロワ家を物にしても良いですよ」
ゴーチェは好色な表情を浮かべて舌なめずりしながら、含み笑いをする。
「ははは、さすがにお前は私の跡取りだけある。かえってあんな放蕩三昧の馬鹿息子より従順なジュールの方がギャロワを言うがままにするには適任だな」
「では父上……決まりですな。私の妻にすると空約束で落とした上で何か不手際をでっち上げ、その約束を取り消しにして、ジュールに嫁がせる。そのような絵で行きますよ」
「ははははは、良い! 面白い見世物だ」
それを聞いて邪悪な笑みを浮かべ豪快に笑うダニエル。
そして相変わらず含み笑いを続けるゴーチェ。
邪な笑いが響き、こうして夜は更けて行ったのであった。
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