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七日目・「まだちょっと早い」

 ざぁざぁと煩く風が吹いた。

 お兄さんと私は揺れ動く木を何をするわけでもなく眺めている。


 おじさんはどうなっただろう。

 今すぐに駆けたい気持ちを押さえながらブルータスの耳をいじる。すごく嫌な顔をされた。

 この子を連れていくべきか悩む。

 連れてきた猫を殺したのはあの男じゃなかったが、自分の思い通りに進めるためならどんな手だって使う下劣な人間だ。

 そんな奴の前に差し出すわけには――いかない。

 何も知らず、無垢で純粋で無邪気なこの動物を私のために死なせるわけにはいかない。

 だからと言ってどこかに置いていくことなんかできないだろうし。

 どうすればいいのやら。


「明日香ちゃんは、コレ使う気ある?」


 突然の問いに私は目を瞬いた。

 見ればお兄さんは猟銃を掲げている。


「え、いえ…ありませんし、使えません」


「教えるよ。コツさえ掴めばそんなに難しいことじゃない」


 それはあなたが経験者なわけで。

 経験もないのいざというとき使えるのかという話である。


「なんでそんなこといきなり」


「いや、そのさ。僕が陽動になって、明日香ちゃんが陰から連中を撃てばいいかなって考えたんだ」


「どうしてお兄さんがわざわざ猟銃を手放してまで陽動を? それは逆じゃないでしょうか」


「ううう…。手強いなぁ君は…」


 というかお兄さんが折れるのが早いだけの話である。

 その提案に至ったまでの過程プロセスが不明瞭だった。

 これまでだって意識飛んでたりしていたのにそれは色々と無茶な提案じゃなかろうか。


「あの男性に君を直接会わせたくないな、って」


 言いにくそうに、お兄さんが言う。


「……」


「僕は明日香ちゃんが弱いとは思っていない。でも、あの男性とだけは戦わせたくない。勝っても負けても君の心を抉り落とすのは確かだと思うから」


「ふ、ふふ」


 思わず笑いが漏れた。

 お兄さんが怪訝そうに私の顔を覗き込む。


「すいません。殺人鬼にずいぶんと気づかいしてくれるんだなと思いまして」


「僕は殺人鬼じゃなくて明日香ちゃんに話していたつもりなんだけど」


「ーーそうですか」


 風が止んだ。あたりは不気味なぐらいに静まり返っている。

 私は立ち上がってお尻を払った。


「心配ご無用ですよーー戦えます。私は逃げない」


「そっか。分かった」


 お兄さんも猟銃を手に腰を上げる。

 そして後ろをすばやく振り向き、木の陰から飛び出して数メーター遠くにいた人間に銃口を向ける。

 人間から「ひぁ」と短い悲鳴が上がった。


「息がそんなに荒くなければ、私たちにばれなかったんでしょうけど。そんなに緊張しているんですか?」


「ち、ちが、やめてくれ! 自分はただあいつに!」


 疲労した様子の中年男性が何も持っていないと両手をこちらに向ける。

 かわいそうな人だ。使いっ走りなんてろくなことない。特にあいつのは。

 捨て駒というのは嫌なものだ。


「『連れてこい』と言われたんですか」


「そ、そうだ…頼む、来てくれないか!? お願いだ!」


 必死の説得にお兄さんが困った顔をして私を見てきた。

 ここで撃つべきだろうか、と尋ねてきているのだろう。

 私は首を振った。


「行きますよ―――でも、まだちょっと早い」


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