七日目・「それでいいんですよ」
明日香ちゃんはとりあえずこの男性を生かすことにしたようだ。
それでも下手な動きをしたら即座に打ち込めるように僕は力を緩めない。
「一人で来たんですか?」
明日香ちゃんが左ポケットに手を突っ込んだまま聞く。
「一人だ…本当だ、オレしかいない」
しつこいぐらいに頭を振る男性。
一応周りを見てみるけど妙な気配は今のところ感じない。明日香ちゃんへ頷くと、彼女は男性へ近寄っていく。
その人が何を持っているかもわからないのに。見ているこちらがハラハラしてしまう。
男性も男性で突然近づいてきた血まみれの少女にビクついていた。
それからブルータスも明日香ちゃんの後ろから唸り声をあげつつじりじりと距離を縮めていく。
僕があの立場でなくてよかったと、心から思った。怖いもん。ちびる。
「武器は持ってますか」
冷たい声で短く尋ねる。
「な、ない」
「…うーそっ。嘘ついたらどうなるか分かっているよねー?」
間髪入れずに明日香ちゃんは言う。
そのセリフはどこか芝居かかっていて、彼女自身が考えたというより誰かの真似をしているような気がした。
その疑問はすぐ溶ける。
「ひ、ひぃぃ…」
「言われたんでしょう、あの男にも。昔からそういうこと言うの好きでしたから分かりますよ」
つまり、『父親』の真似だったと。
異常すぎるほどにおびえる男性へ顔では微笑みかけながら(顔が引きつってはいたけど)右手でグイと胸倉をつかむ。
無謀とも取れる行為に僕の心臓が持たない。ここから男性が反撃に出たらどうするつもりだ。
「あいつに何を命令されたのか。すべて言いなさい。嘘偽りなくすべて」
明日香ちゃん怖い。
「え、あ、そ、そこの青年と一緒に連れて来いと――」
僕もかい。
てっきり先に殺しておけという指令が下っているものだとばかり思っていた。
まあ、行ったとしてもおまけみたいな扱いなんだろうけど。
明日香ちゃんだけが目的なのは明白なのだから。
「あとは?」
「武器を、す、捨てさせろと」
「は?」
左手から流れるように取り出したナイフをひたりと男性の首に押し当てて明日香ちゃんは眉を吊り上げた。
少しばかり右腕を上げているのがきつそうに見える。もしかして肩が腫れてきているのか。
「私たちがどうして武器を捨てなくてはいけない?」
「そ、そういわれていて…」
男性はかわいそうなほど憔悴しきった様子で答える。
なにからなにまで言いなりのようだった。
どれほどに恐ろしい人なのだろう。会うのが怖くなってきた。
そんな人を一時期父親としていた明日香ちゃんたち姉妹の苦労は想像できない。
どれほどの苦汁を呑まされてきたのか――。
「じゃあ、武器を捨てます」
「ちょっと、明日香ちゃん!?」
何を言い出しているんだこの子は。ご乱心モード入っちゃったか。
慌てふためく僕を無視してさらに明日香ちゃんは続ける。
「その前にお前を殺す。それでいいですよね?」
鬼畜モードのほうだったか。
「なんでだっ!? どうしておれが死なないといけないんだ!?」
首にナイフを当てられているのに元気に叫ぶ男性。
どうして死ななくてはいけないって。分かっててこの島に来たのではないのだろうか。
それとも僕と同じような感じの人か。
どちらにしろ、僕が味方とみているのは前原さんと明日香ちゃんと――あとはブルータスか。その二人と一匹だけなので特に助けようという気持ちはおこらない。
明日香ちゃんも同じだろう。…同じだよね。
――ずいぶん変わっちゃったなぁ、僕。いいことなのか悪いことなのか。
「私たちが武器を捨てなければあなたは生きます。さあどちらですか、さっさと決めろ」
吐き捨てるような明日香ちゃんのセリフに重ねるように男性の命乞いが被る。
情けないの一言に過ぎる言い方だった。
「いい…いいよ、捨てなくて! 頼む、だから殺さないでくれ!」
「ええ。それでいいんですよ」
明日香ちゃんはにこりと笑う。
狂気に満ちた、と付けそうになったのは――僕が文学者気取りだからということにしたい。




