七日目・川にて、私の場合
川の水は、冷たい。
昨日雨が降ったからだろう。
ためしに手を浸らせただけでもこれだからさすがに全身を沈める気にはならなかった。というかあったとしてもそんな深いところまで行く気にはなれない。
コートを脱いで川岸に置く。血や汚れでもはや街中なんかでとても着れない状態だった。
最初に足を洗う。
火照った素足に水をかけると思わず身震いした。
冷たい水は、身体の遠いところ――つまり足の先から慣れさせるんだっけ。テレビで得たうろ覚えの知識に従う。
ズボンをまくり上げて膝まで一通り水をかけ泥を落とし終えると私は周りを見渡しつつ上着を脱いでいく。
さすがにすべては脱がない。下着は残しておかないと。
「っ!」
右肩を高く上げた時、そこが鋭く痛んだ。
昔から怪我をしていることをすぐに忘れて下手に使ってしまうから毎回苦しむ羽目になる。学習能力がないと言えばそれまでである。
とにかくゆっくりと脱いでいき、やっとのことで表に出たTシャツの右半分はやはりというか、血にまみれていた。
三日目あたりで女性にやられた傷だ。おじさんが縫ってくれたが、やはり血は出てしまうようだ。
もしかしたら最近よく意識がなくなるのは貧血ということもあるのだろうか。それは、なんというか、困る。
「うーん」
自分の血ながら触るのに抵抗があり、小さく摘まむ。
乾いた血が繊維と絡み合い乾燥していて非常に気持ちが悪い。
それに傷口に一部張り付いていたみたいで一瞬電撃のような痛みが走り思わず唇をかむ。痛みを感じることに鈍くはなっているが、痛いときは痛い。
――借り物なのにな。おじさんの。
お兄さんに会う前、道中の会話でふと替えは下着以外ないと言ったらすごい顔をされた。
しかしながら私の所持物はポーチだけなのだからそれぐらい予想していてもおかしくない気はするのだが。下着だって無理やり詰め込んだ感じだし。
死刑囚にそれなりの荷物を持たしてくれただけでもありがたい限りだと、今更ながらに思った。あの時は別になんとも思わなかったけれど。
さて。借り物とは言ったが、返せる手段がまるでないことに気が付いてしまったのだがどうしよう。借りパクか。それしかない。
一人頷きながら手をお椀のようにして水を汲み、顔を洗う。
少しばかり気分がさっぱりとした。
完全にとまではならないが、このぐらい気分が戻ればいいほうだ。
先ほどまで胸を覆い尽くしていたモヤつきの原因はわかっている。初めて他人にあそこまで話したからだ。
でもまだ、話は終わっていない。
終わったとき、おじさんとお兄さんはどんな反応をするのか。今だって、何を思っているかわからない。
どう思われても過去は戻らないし――後悔も、していない。
そう、していない。
今だって、本土にいるであろう校長や私たちの義父がのうのうと暮らしているであろうことを考えるとはらわたが煮えくり返る思いだ。まだ殺してやりたいとさえ考える。
結局のところこんな危険人物はここで朽ちるべきなのだ。
このゲームの終わりを見届けるぐらいのわがままは許してほしいけれど。
わん、と後ろから元気な吠え声が聞こえた。
ちなみに今私は陸に背を向けた形で立っている。
「うん、そうだねブルータス。私は二人のサポートにまわりたい…ん?」
振り向くとワンコが元気よく一匹走ってきていた。
それだけならまだいい、問題なのは。
「ちょっと待て、ブルー……あっ」
追いかけてきたのか、ブルータスに遅れてやってきたおじさんと目があった。
私は今、上は下着で下がズボンだ。とっても問題なのが上半身。
「ちょ、来ないでください!」
遠目ならともかく近づかれたらまずい。
いろんなものが見られてしまう。それだけは、何とか回避しないと。
あわてて洋服を取ろうとして右肩が痛み動きを思わず止める。その隙にブルータスが
「たんまー!」
とびかかってきて私は川に盛大に倒れこんだ。
頭を打たなかったのが今回一番の幸いだと思う。
らっきーすけべを犬が持って行った