七日目・川にて、俺の場合
ブルータスが元気に駆けて行って明日香にアタックした。こうかはばつぐんだ。
盛大な水しぶきをあげて明日香とブルータスは倒れこんだ。
これには焦った。
頭を打ってないかも心配だし、浅瀬とはいえ雨上がりだ。
水の流れが速いために万が一足を取られると流されかねない。用水路のようなところでも人は流されたりするのだから。
子供はもちろん大人でも例外はない。
「ぐ」
突然にフラッシュバックが起こり思わず足を止める。
川。雨上がり。流れ。
右手に生々しくあの時のぬくもりが蘇った。手がこわばって動かなくなる。
頭が真っ白になり、自分がどこにいるか分からなくなる。
仲間にも、友人にも、幼馴染にも、精神科にも言われた。
あれは事故だったのだと。
だが俺だけは知っている。
俺が、自分の命を優先したばかりに早川の手を離したことを。
あの時、早川が俺の手にすがりながら呟いたセリフが頭の中でノイズ交じりに鳴り響く。
俺が右手じゃなく左手を離していればこんなに苦しまずにいれたのだろうか?
一緒に死んでいれば良かったのでは――
「こーら! どきなさいブルータス!」
明日香の声で我に返った。何してんだ俺は。モノローグ入ってる場合じゃなかったぞ。
ブルータスを自分の上からどかしてもがきながら立ち上がろうとする彼女に近寄る。
俺に気付き見上げた明日香の目が、とたんに恐怖に染まった。
そんな様子になった理由が分からず数秒間無言で見つめ合っていた。
「…どうした?」
「来ないで」
顔を背かれ冷たく言い放たれた言葉。
普段なら苛つきだとか怒りを覚えるのだろうがそれよりもまず疑問が頭を埋め尽くしていた。
上半身の露出された部分あちこちに黒ずんだところや白い細長い傷が走っていた。
普通に遊んでできた傷とはとても言えない傷。
そして、時折触っているわき腹の部分を左手のひらで隠していた。
何を言えばいいのか迷った挙句、血のにじんだ包帯が巻きつけてある右肩に目が行く。
そろそろ取り替えたほうがいいかもしれない。
「……包帯巻き直してやるよ。それに、いつまでもそこじゃ身体冷やすぞ」
手を伸ばす。
明日香の肩が大きく跳ね上がり、次の瞬間には乾いた音が俺の手から鳴っていた。
遅れて痛みがやってくる。はたかれた、と頭が追いつくのに少々時間がかかった。
「明日香…?」
「来ないで」
はたいた手は空をさまよう。
怯えが混じる瞳の前に俺は彼女の名前以外口にすることができない。
ゆらゆらとする様は、まるで彼女の心情を表しているようだ。
これは俺に対しての拒絶じゃない。自分のスペースを守るための自己防衛ではなかろうか。
「来ないでって、言われても」
川に靴のまま突っ込んでいき、左手のほうを引っ張った。
そのまま無理やり立たせる。
当の明日香といえば突然のことに目を白黒させている。
「頼むから、川で死ぬのだけは勘弁してくれ」
冷たく、震える彼女の体を抱きしめた。
細かった。
やわらかくて、もろかった。
ただの少女の体をしていた。
「…醜いでしょう、私」
背中いっぱいにたばこのやけど跡があることを。
刃物で肌をひっかいた跡があることを。
――わき腹に刺青が彫ってあったことを。
それを指して彼女は「醜い」と言っているのだろう。
「俺は」
俺はまっとうな女の慰め方を知らない。
そこに対しては残念な気持ちになる。
「お前のことを醜いとは思わねえよ」
こんなか細い体で何十もの人間を殺したのか。
いったい胸の中でどれほどの憎しみの炎を燃やしていたんだ。
お前らフラッシュバックおこりすぎィ




