七日目・残り香と幻聴
「二階は…どうすっか」
一階の探索は一通り済んだ。
このかつては文字通り鉄壁のガードを誇っていたであろうドアの向こうにある階段だけを残して。
頑丈そうな鍵穴をこじ開ける必要もなく開いていたのは幸いか不幸か。
正直探索をここで打ち切ってしまってもいい。
「――……」
後ろを振り返り、薄暗い廊下を睨む。
俺たちがたまたま入った部屋は他の部屋よりも断然恵まれていたことが判明した。
他の部屋には何があったと言われればまず骨だ。
幾多にも並んだゲージに、黄ばんだ動物の骨。原型をとどめているものもあればガラクタのように壊れたものもある。
窓はなく、換気用の穴が天井近くに二つあるのみ。匂いはとうのむかしに風化したのだろうが、視覚だけでも吐き気を催した。
昔この実験施設(予想ではあるが)を出ることになった際、哀れなことに動物たちはゲージの中での餓死を余儀なくされたというわけだ。
懐中電灯を忘れたために内部をじっくりと見ることはできなかったが、逆にそれでよかったのかもしれない。
一階がこんな調子なら、二階は何があるのか。
この階は動物用だとして。
半分は冗談で岡崎に言った人体実験も、あながち間違いではないんじゃないか。
「何なんだ、この島は……」
何度も繰り返した問いだが、ここで何をしていたというのか。
どうしてここをコレクトの舞台に選んだのか。いやただ単に最適な場所だったからというのもありそうだが。
――建物の老朽化からしてざっと五十年以上。もっとかもしれない。
この島が捨てられたのもだいたいそのぐらいだろうと予想する。
どうして捨てられたのかは二階に行けば掴めたりするのかもしれない。
一段目を踏もうとした時だった。
『前原』
耳元でささやかれた気がしてその場から飛び退く。
だが、見渡してみても誰もいない。
『いい加減、無謀なことするのやめなよ』
苦笑交じりの小言。
知っている。この声を、文句を、俺は知っている。
「は、早川……?」
平常の時も訓練の時も、俺を隣で宥めていた相棒。
幻聴だろう。脳みそが危険を察して過去の記憶からセーブ役の早川を呼んだのか。
改めて階段を見上げる。確かに、危険そうだ。
だが、と頭を強く振る。
なにも早川が出てくる必要はないだろうに。
疲れているのだ。この一週間緊張を解いたときはなかったし、それに明日香の話に影響を受けた部分があるのだろう。
だから自然と俺の中で後ろめたい過去――押さえつけている過去が、顔を覗かせているのだ。
『前原』
「やめろ早川…お前はもういないんだ…」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
それでも声は止まらない。
『前原』
次第に俺を呼ぶ声が怒気を孕んできていることに気が付いてしまった。
怒っているどころじゃない。憎んでいる。
当たり前だ。俺はそうなっても仕方がないことをしたのだから。
『さっさと死ね、人殺し』
早川の声がはっきりと耳元で聞こえた。
そうだ、俺は死なないといけないんだ。
なんでまだ生きているんだ――?
「前原さん! 前原さん――ええい失礼します!」
誰かにぶん殴られた。




