事件が終わった後、事件が始まるまで 3
私は何をしているのだろう。
よく店の前を通ったりはするけど入ったことのない喫茶店。
そこで私は間口なる男性と向き合って座っていた。
「まずこれ渡さないといけないかな」
そう言って渡してきたのは名刺だった。間口努なる名前とフリーライターとの肩書き。それと住所。
右端にモノクロの鯉が印刷されていた。
「……名刺の肩書きなんて偽造し放題ですけどね」
「厳しいなぁ、本当のことだよ」
慣れたような口調からすると今までにも同じようなこと言われたことがあったみたいだ。
苦笑いを浮かべる男性。いかに懐柔できるか考えているのだろうか。
出会って十数分の大人をこんな紙切れごときで信用するほど私は甘くない。
自分の親すら信じてないんだから他人なんてもっとだ。
「…で、あなたは何を聞きたいんですか」
「ふうん? 心当たりあるんだ」
ニコニコと笑うその顔の中心をぶん殴ってやろうかと思ったけどやめた。
警察沙汰になったら今度こそ外を拝めないだろう。
「話があるなら早くしてくれませんか。言っておきますけど私は短気ですよ」
「うん、その前になんか頼もうよ。いつまでも何も頼まずいるのは肩身狭いし」
ただの天然か、自分のペースに巻き込もうとしているのか。
どちらでもいい。
とにかく、この人は私のことを上から目線で見ている。
「私は良いです。お金持っていませんから」
「取材料ってことでおごるよ。それでいいかな」
「じゃあ帰ります」
有言実行で席をたつ。
なにが取材料だ。気に入らない。どこまで私を舐めているつもりなのだろう。
男性は落ち着いた態度でニコニコとしたまま、呟く。
「あの事件についていくつか面白い話があるけど。関係者として知りたくない?」
頭が真っ白になり動きが止まった。
こいつ。
こいつ、どこから私が事件に少しだけとはいえ関わったことを知りやがった。
まさかとは思うがこの数週間私のことについて知らべあげていたんじゃないか。
もしかしたら公園での一部始終を見ていたってこともあり得る。
「あんた、何をしたい?」
「そっちが君の本性かな? まあ座りなよ。おごるのも、話すのも、嘘じゃない」
「……」
しぶしぶ座った。
腕を組み、相手を睨むようにじっと見据える。
「オレンジジュース」
「紅茶とか嗜みそうな顔なのになぁ。じゃあぼくはアイスコーヒーで」
少しおろおろしていた店員さんがぺこりと頭を下げるとそそくさと退散した。
険悪なムードだったからあんまり対応したくない客だろうなとちょっとだけ同情する。
さて、ここから腹の探り合いだ。
相手が何を知りたいのか私にはさっぱりわからない。
「それにしても、災難だったね。精神病棟に入れられていたんだって?」
「どっからそんな情報を仕入れてきたんだよ。そんなに私周辺のことを嗅ぎまわって何が楽しい?」
やっぱりこの口調は治しきれない。今は逆に功をなしているけど。
京香はこんな言葉使いじゃなかったのに。
私たちはどこでちがったのだろう。
「どこからとは言えないなぁ。まあ、きみが事件の終わりを見たんだろうってことは確実だったけど」
飲み物が運ばれてきた。氷がぎっしり入ったグラスの底にさくらんぼが沈んでいた。
どうやって取れというのだろう。
「ねえ、なんで自分が退院できたのか不思議じゃないかい」
頷く。
そうは思っていた。三週間で出れるなんてあまりにも話がうますぎるから。
「だろう? そこで仮説を立てたんだ。『事件を無理やり終わらせるよう指示した人間』と『きみを入院させるよう指示した人間』は同一人物だと。もちろん相当な権力者だろう。いや、団体かもしれないけど」
「……」
権力。権力か。
なんだか大層なものが入ってきているな。
「その人物にとってはきみの存在が邪魔なんだからあながち間違えてはないと思うよ」
確かに、そうだろうけど。
「そしてきみを退院させるように取り計らったのは、更にその上の権力者じゃないかな。君を閉じ込めた人物を黙らせてしまうほどの」
「……なら、なんでそいつは私を普通に野に放した? 危険だろ」
デメリットしかない。他に事件のことを漏らしたらどうするつもりだったのか。
あ、そんなことはないか。
周りが信じなければそれで終わりなのだから。
「そこまでは分からない。干渉も特にしてこないなら『俺の部下がすいませんでした』ぐらいの意味だと思うけどね」
「……」
すべてはただのこの男の妄想だ。
本当の真実を私たちは知ることもできない。
「さて、まあずいぶんと前置きが長くなったね」
「前置き?」
「きみが本当に知りたいのは、『消された人質の生徒たち』のことだろう?」
私は辺りを見回す。
万が一にもこんな話聞いている人がいたらどうするつもりなのだろう。
人質がいたことすら極秘なのだから、下手しなくても大騒ぎだ。
自分の話に夢中で周りが見えていないのだと思う。
推理小説でありがちな重大なこと知ってしまい殺されるタイプ。
「どうして、そんなことを」
「こちらは生まれたての情報を食い物にしているからね」
軽く巻かれた。
まあいい。今はこいつのことより事件のことだ。
「明日香ちゃん。生贄って、知ってる?」
「意味なら――……まさか」
「そう。彼らはクラスメイト達に生贄にされたんだ」
長い。




