事件が終わった後、事件が始まるまで 2
「いいよ」
一呼吸おいて私は答えた。
嘘偽りなく、本心からの気持ちだ。
京香がいたからこそ成りたっていたのに、その彼女がいなくなった世界に用はなく。
だったら仲の良い友人と共に命を絶つことが出来るのなら幸せだろうと。
そう、思ったから。
桃香は無邪気に笑う。
さっきみたいな笑みではなく、日常の中で何度もみた自然な笑顔だ。
その頬に一筋二筋と涙が流れる。
「あ、あれ? おかしいな……どうしちゃったんだろ…」
不思議そうに言いながら最初は指で拭っていたが、そのうち桃香は顔をくしゃくしゃにして両手で覆った。手の隙間から嗚咽が漏れる。
誰もいない公園で、しばらく彼女の泣き声だけが聞こえていた。
私は黙ってただ傍にいた。どんな理由で泣いたのかは分からなかったが、今は泣かせておいたほうがいいだろう。
――それで桃香が少しでも救われるのなら。
ふと思い私は自分の頬に手を触れる。濡れている感触はまったく、ない。
嫌な夢を見て泣くことはあるけれど起きている間に泣いたことはあっただろうか。
というより、最近泣いたっけ。
京香が目の前で死んだときも、病院で彼女の存在を否定した時も、そして今も。
私は全く泣いていない。
悲しいはずなのに涙腺はこれっぽちも働かなかった。
「…桃香。もう帰ろ?」
公園の時計を見れば午後三時過ぎ。
午前だけ授業を受けた後に二人して抜けてきたのが十二時だったから、それなりの時間ここにいたのか。
もう六時ぐらいまで明るいからもう少しいてもいいのだけど、桃香が私を気遣って必死で唇をかみしめ声を殺しているのは分かっていた。
これなら自室かどこかで一人思いっきり泣いたほうがいい。
そう思って桃香を半ば無理やり立たせる。
「わっ」
立ち上がるなり桃香は抱き付いてきた。甘いシャンプーのにおいが鼻をかすめる。
布越しに伝わる体温がいやおうなしに京香を連想させる。
腕を彼女に回すべきかどうか悩みながら恐る恐る声をかけてみることにした。
「も、桃香?」
「ごめんね」
「……どうして謝るの?」
「さっきのこと、無しでいいよ。ごめんね。ちょっとした、気の迷いだから」
もしかしたら、正気に戻ったのか。
私はそっと腰に手をまわしてさらに抱き寄せる。
「大丈夫。でもあれ、嘘じゃないから」
桃香は黙り、ぎゅうとより一層腕に力が込めた。
背中にまわされた手がかすかに震えていた。
「…うん…。ありがとう、明日香ちゃん」
「別に、お礼なんて」
身を離して頭を軽くたたいてやった。
それから無理やりだったけど笑って見せる。さぞかし強張った笑いだっただろう。
私は桃香がいつも使っているバス停まで送っていき、彼女がバスに乗ったのを見届けて踵を返した。
まだ家に帰るつもりはない。というより、できるならば帰りたくない。
そんなことを考えながらここからどうすべきか悩んでいると、こちらをじっと見ている人間がいた。
思わず立ち止まると、そいつは私に近寄ってお互いの顔がはっきり見えるところで止まる。
「来宮――明日香ちゃんかな?」
私の嫌いな苗字までつけたのはまあ仕方がないと思おう。
だが、こんなに馴れ馴れしく他人に呼ばれたくはない。
「……誰ですか」
「フリーライターの間口っていうんだけど。ちょっとお話ししないかい?」




