事件が終わった後、事件が始まるまで 1
侵入者――というよりもテロリストが抵抗して爆薬を使おうとした為に、やむなく射殺したらしい。
世論は犯人を全員殺したことについてのバッシングと生徒たちを守ったとたたえる声のふたつに分かれていた。
事件発生から数時間余りとあまりにも早すぎる解決とその方法に疑念の声も上がっていたようだが、すぐにそれは覆いかぶされてしまった。
そんなこと、どうでもいい。
京香たちまでも殺したことは一切触れられていなかった。
触れられていなかったというより。
あの十人は『いなかった』ことにされていた。
「なんでだろうね」
事件から三週間後。
公園で。
桃香が小さくブランコを揺らしながらつぶやいた。
「明日香ちゃんが入院してた間に一度学校で説明会があったの」
「うん」
別に怪我していたわけではない。
あの光景を目にしてしまっていたから、口封じのごとく精神病院へ入院させられただけだ。
――私が退院するために使ったのは、記憶喪失だった。
あまり深くは言うつもりはない。とにかく退院までは精神の削りあいだった。
あの事件をすべて忘れてしまったと、そう演技したのだ。
そして京香は私のもう一つの人格だったのではないかと、もともと存在していなかったのではないかと話したぐらいか。
医者が私の妄言を認めたところをみるとこの間違えた認識は好都合だと思ったのだろう。
もちろん完全には騙されてくれなかったが。通院を義務つけられたがまあ及第点だ。
……あまりにもさくさく行き過ぎて、逆に気味が悪いのもあるけど。
「校長がね、『今回あったことは他言しないように』って」
「うん」
それだけ聞けばまだまともだった。
マスコミがこんな事件ほっとくわけにもいかず尻尾を振って求めているのだから、与えないようにしなければならない。
だがその話には続きがある。何故知っているのかと言えば、この話はこれで五回目だからだ。
先ほどから堂々巡りの話を私たちはしている。
桃香は静かに狂いかけていた。
「三人、死んだよね」
「そうだね。おじいちゃん先生と、一年生の男子二人だっけ」
あの人は死ぬ必要なかったのに。
生徒をかばって死んだと伝え聞いた。
どうして、自分に関係のない人間を庇ったんだろう。そして死んでしまったのか。
私には、理解できそうにない。
「でもさ、その中に藍川君も京香ちゃんも和子ちゃんも入ってないんだよね」
「……」
どう考えても数がオーバーしている。
負傷者三十七人の中に入っているわけではない。
だって。だって彼女たちは。
「京香ちゃん、死んだんでしょ?」
「死んだ」
「和子ちゃんも」
「死んだ」
やめろとは言えない。
桃香は、現実を受け入れたいのだ。だけども彼女のどこかがそれを邪魔し続ける。
受け入れるまで桃香は何度でも何度でも繰り返すだろう。
無間地獄とはこのことだ。
「藍川君も」
「…死んだ」
「ね」
桃香の顔を覗き見ると、薄らと笑みを浮かべていた。
狂いかけては――ないか。
もう狂ってしまっている。
「あの十人、死んだこと隠ぺいされちゃったんだね」
いっそ明るく彼女は言う。
「…みたいだね」
「ニュースにも流れない。クラスでは机が減って、出席番号が変わっている。部活の名簿からも消えて、荷物はなくなって。最初からいなかったみたい」
そこまで、どうしてそこまで隠したがるのか。
私たちには分かるはずもなく。
「ねえ、明日香ちゃん」
「ん?」
桃香が顔をあげて私を見た。
口許が不自然に上がった表情、それを顔に貼り付けて。
「一緒に死のっか」
堂々巡りから抜けた、彼女の発した言葉。
それは、自殺へのお誘いだった。