三華宮高校占領事件 2
ふぁ、と友達の和子があくびをした。
このクラスじゃないのにたびたび私――『明日香』に会いにくる。あまり自分のクラスでは馴染めていないんだそうだ。
「じゃあまた入れ替わったの? 明日香ちゃん」
「うん。なんだか強引に」
「ふぅん……どうしちゃったんだろうね?」
「私にもよくわかんない。けど、あの子がどうしてもっていうならやるしかないでしょ?」
「どシスコンが」
冷めた目で和子が言ってくる。否定はしない。
生まれてこのかたずっと一緒に生きてきたのだ。可愛くないほうがおかしい。
京香のほうはシスコン超えて最近ちょっと怖い感じだけど。あれなんていうんだろう。ヤンデレ?
「あっ、そうだ。聞いて聞いて」
和子は口に手を当ててにやりと笑った。
それから周りをきょろきょろと見回す。
「なに」
「今度桃香ちゃんと藍川くんをくっつけよう作戦をしようと思うわけさ」
「ほほう」
私は身を乗り出す。
桃香がいないのを確認していたわけか。
こういう恋愛の話は楽しい。私の母親の色恋沙汰はダイレクトにこちらまで被害食らうからまったく楽しくないが。
「両想いなのに天然すぎな桃香と臆病ヘタレチキンの藍川くんの距離が一向に深まらないからね。周りから手助けしてあげるしかないでしょ?」
そんなに言わなくたって。藍川くんに聞かせたら泣き出しそうだ。
入学してすぐに出会い、ふたりで小説を書きあったり読ませあったりしてもう一年たつのか。
はたから見てもかなりのラブラブっぷりでいつくっつくかやきもちしていたけど、とうとう周りが動く事態になるとは。彼女たちも相当である。
「その時は協力するよ。京香も呼んでさ」
「京香ちゃんはいけいけどんどんタイプだから暴走しないか不安なんだけど…」
「その時は押さえとくから…」
そういえば京香は最近たまに放課後に誰かと会っているみたいだから好きな子でも出来たのかもしれない。
その時は「明日香」として会っているみたいだから、だから入れ替えっこをするのを極力控えていたんだけど。間違えて京香の恋路を邪魔してしまいそうだから。
本当は寂しい。
私にはあの子しかいない。あの人がいなくなって、もう京香しか頼る人がいないのに。
だけど、それも卒業しなくてはいけないのだろうか。
あの子にはあの子の幸せがあるのなら――私は。
「明日香ちゃん? どうかしたの?」
和子の声で我に返った。
「あ、ううん。なんでもない」
「…そう? またバイト大変なんじゃないの?」
「大丈夫」
予鈴が鳴った。
周りがばたばたと騒がしくなり、教師が廊下を歩きだしている。
朝のホームルームまで数分もない。
「うーん…まあ、無理しちゃだめだよ。バイバイ」
和子はそう言って私の教室を出ていった。
無理しちゃだめだと言われても、ね。そうしないと私たちは生きていけない。
かといって家庭事情なんて話せないし。いつか話せる日が来るのだろうか。
朝から少し暗い気持ちになりながらジャージを取りだしつつ、気づいた。
そういえばカチューシャだけ取り替えるの忘れていた。気づかれることはないけどちょっと落ち着かない。
次は体育で着替えと移動しなきゃだから、その次の休み時間に取り換えに行こう。