六日目・まだ寝ていたかったのに
にぎやかすぎて目を覚ましてしまった。
ここはどこなんだろう。暗くてよく分からない。
背中がやけに固いから、体の節々が痛む。…建物の中?
起きるのはだるかったので頭だけ動かしてすぐそばに見えるあやふやな輪郭に焦点をあわせる。
「明日香ちゃん、具合はどう?」
心配するような声音でお兄さんが聞いてきた。
なんとなくそれが京香に似ている気がしてちょっと胸が痛くなる。
「まあまあですね…朝になれば動けるでしょう」
ずいぶん眠っていたらしいし、もともと多少の無理は慣れていた。
腕で目を覆う。あまり意味のない行為ではあったけど。
息を吐いてから私は問いかける。
「お兄さんには好きな人いたんですか?」
お兄さんはむせこんだ。
少し遠くのほうからおじさんが呆れたようにため息をついていた。
「…明日香、お前はどこから話を聞いていた?」
「『前原さんは好きな人いるんですか?』あたりですからね」
「ほとんど最初からじゃねーかよ。起きてるなら起きろよ」
だってめんどくさかったんだもん。
あんなに騒がなければ私はこっそりと二度寝を洒落込むつもりだったのに。
「ま、まあね。いたよ。というかいるよ」
「告白したんですか?」
「……」
あ、黙った。告白していないんだ。
そういえばファーストキスとかなんとか以前言っていたな。
なんだ、好きな人いたなら起こすのにキスなんてこと悪いことした。いつも京香はあれで起きたから。
「…明日香はいたのか? 好きな人間が」
おじさんが訪ねてくる。
よく考えればこのなかで私だけか、そういう甘酸っぱい過去暴露していないの。
さっきおじさんもいっていたけど修学旅行の夜か。
行きたかったな、高校の修学旅行。
「いましたよ。中学生の頃ですけど」
「意外だな」
「酷いですね。っていっても十は上でした。お母さんのカレシにしては常識的で人間的でしたね」
「母親のカレシって、お前…」
その言葉の裏にはどんな意味が込められているのだろう。
母親にカレシがいるということだろうか。それとも私が母親のカレシを好きになったことだろうか。
流れ的に、後者かな。
「ただ好きだっただけですよ。そばにいることだけで満足でしたから」
あの人は。
あの人だけは私たちに行為を迫りもしなかったし、殴りもしなかった。
見分けがつかないからと京香と私に色違いのカチューシャをくれたりした。
ぶっきらぼうで、そっけなくて、やさしくて。
どうしてクズの代名詞である母親なんかに惚れたんだろうってよく思っていた。
「あの人がいた時は幸せでした。本当に、とても」
「……まるで死んだみたいな言い方じゃねえか」
「その通りですよ。理由は分かりませんが――殺されたそうです」
息を飲む音が二つ。
私だって聞いたときにめまいがしたぐらいだ。
母親につかみかかってでも理由を聞いておけばよかった。
そのあと絶対に死んだほうがマシな折檻受けるだろうけど。
「伝え聞きなのでもしかしたら生きているかもしれませんよ。でも、私たちの前から姿を消したのは事実です」
まさか、その一年後に京香まで失うなんてねぇ。
神様なんてものがいたとしても私は絶対に頭を下げたくない。
色んなものを取り上げる奴をどうして信仰しないといけない?