六日目・寝ているのに騒がないでほしい
気が付くと、雨音は止んでいた。
でも地面はぬかるんでいるだろうからあんまり歩きたくない。
なんて言っている場合じゃないんだろうけど。
僕は深々とため息をついて手を顔に当てた。
残りが三十人となってしまった。この五日間で七十人余りが死んだということになる。
秩序がなければ人は簡単に人を殺してしまうものなのだろうか。
というより、このデスゲームには秩序や法律を守らなかったり守ろうとしないやつらが集まっているんだった。そりゃあ人も死ぬよ。
普通の暮らしをしていれば知らないままだったのに。
美空は僕からいったいどれだけのものを奪えば気が済むのだろう。
最初は両親、次は僕の命、そして――きっと、最後は幼馴染の彩実。
久しぶりに会った時に劇的に美しくなっていたからなぁ……。面食いの馬鹿兄貴はなんとしてでも手を出そうとするだろう。
どうしようもないやつだ。
「交代だ。寝ろ」
前原さんが身を起こしつつ言った。
距離こそおいているものの、明日香ちゃんが壁側、その横が僕、さらに横が前原さんという並びだ。川の字の真ん中ポジションにいることになる。
あらかじめ決めていた交代時間ぴったりに起きたよ。この人の体内時計はどうなっているんだろう。
前原さんの気配がある空間を見つめる。どんな顔しているかは分からない。
「…前原さんは……」
「なんだよ」
知らず知らずに言葉が出ていた。
「好きな人いるんですか?」
彼は盛大にむせこんだ。これでもかってぐらいむせこんだ。
そこまでの反応をするとは思わなかったんだけどな…。
「修学旅行の夜じゃあるまいし…!」
すごく具体的な例を出してきた。
僕の修学旅行はどちらかというとウノで夜が更けた気がする。
健全な学生の夜なのか怪しいラインではあるが、まああれだ、それも青春なんだろう。
「その、日常的な話に飢えているんですよ。ここのところずっとどう殺すかとか、そんなのばっかりじゃないですか」
誰が悪いというわけでもないんだけど。
でもやっぱり、そんな会話は僕の心を抉らせていくのだ。
最初のうちは死体を見るだけで吐いていたのに、今や吐き気だけで収まっている。
さすがにブルータスが死体食べていた時は吐いたけどな。
徐々に生死観が麻痺してきているのだろう。
それは僕がもっとも恐れていたことである。
『人は人を殺してはいけない』という人間のルールに外れてきていることになりのだから。
「そうだな…えー、話すの? 超恥ずかしいんだけど」
女子高生かこのおっさん。
「…まあ、うん、居たことは居た」
「それって同級生ですか?」
「六歳下」
どう反応すればいいのか分からなくなった。
六歳下って、六歳下だよね。
あれ? 例えば前原さんが二十歳の時にその人はまだ十四歳なわけで。
「ロリコンだー!」
「うるせぇ首絞めんぞ! いいじゃねえか小さい時からの付き合いだったし、付き合ったのお互い成人になってからなんだし!」
しかもまさかの幼馴染である。
僕と同じなのに。どこで選択肢が分かれた。
「といっても互いに仕事バカだったから自然消滅したけど。あいつは仕事と結婚しているようなものだし」
彼氏彼女でお互いに仕事熱心だったとかわりと珍しいんじゃなかろうか。
僕の経験が皆無だからそう思うのかもしれない。泣いてなんかいないよ。
「で、でもやることはやったんですよね…?」
「どこのエロガキだよ!? もういいから黙って寝ろよ!」
すごい剣幕で怒られた。
前原さん今すごく面白い顔しているんだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、だるそうな少女の声が横からかかった。
「……こう、寝ている人の気づかいとかしてくれないんですか?」
ボーイズトーク(爆笑)