信頼
「生ぬるい風だなぁ」
ハチが言う。
「降りる?」
「ははは。ご冗談を」
下り坂で戦車が加速する。少し揺れる度にハチが喚く。カリンは器用にバランスを取る。ミズキは小さく声を漏らす。
「これが戦車かぁ。なんかワクワクするな」
「知らないよ、あんたの言う本物がどうかなんて」
ハチの発言がどこか浮いていて、どこか滑稽だ。カリンは遠くの山をじっと見ていて、どこか上の空だ。
「本物の戦場、見たことないでしょ?」
「無いさ。じゃなきゃ兵器になんて好かれないと思うな。俺は別に人殺しが好きとか、そう言うのでは無いから」
「人殺しが好きな人なんて居ないでしょ」
「居るよ」
ハチは笑った顔を崩さず言う。
「回収屋を狙う盗賊とか、出会ったことないかい?」
「無い」
「平和だなぁ」
「そう見える?この世界が?」
「少なくとも、今の世界で戦争は無い」
「戦争が無いなら平和なんだ」
「そうだろ?」
「それは、マクロで世界を見ているだけでしょ?」
「それはそうかもな。でもミクロで見た時、誰も今の生活を良いと言えないんじゃ、つまらないじゃないか。相対的視点ってやつだよ」
「……あっそう」
ミズキが上の空で首を傾げる。カリンも黙って口をすぼめ、私とハチの会話を静かに咀嚼しようとしているが、上手くいってないらしい。
「生きやすそうね、あんた」
「金があれば、もうちょい生きやすいんだが」
風車が見えてきた。元は愛知県の北西部。ここから少し西に行くと旧市街があり、更に進めば海峡に当たる。
手頃な場所に戦車を止める。ハチが降りて伸びをしてカリンに話しかける。
「何買うんだ?」
「食べ物だね」
「……それ以外は?」
「下着かな」
「……それ以外は?」
「あとはあるからいいかな」
「……なぁ、俺の服とかって、恵んでくれたりしない?」
「もちろん人数分の下着は買うよ」
「いや、そうじゃなくて。俺の服、こんなボロいんよ」
ハチが自分のシャツをヒラヒラする。本当に汚い。出来れば隣は歩きたくない。でも金は使いたくない。
カリンが悩んでいるので口を出す。
「買ったものより、旧市街で自分で見つけた服の方がかっこいいよ」
「それだ!!」
よし、今のは自分でもファインプレーだ。
―――
コミュニティの人の通りに並んで立つ。ミズキが私の後ろに隠れる。
「よし、じゃあさっさと買うもの買って行こうぜ」
「そうだね」
「……」
カリンがミズキをチラリと見る。カリンが何か言う前に、ミズキの手を取る。
「大丈夫だよ。一緒に動こ」
「……うん」
「ちょっと別行動しよ。わたし達は食料買ってくるから、2人は衣類と道具お願い」
「分かった」
すぐに返事をするカリンに対して、ハチは渋る。
「えぇ、一緒に動こうぜ。そっちの方が楽しい」
「じゃあ、私とミズキと3人で行く?」
「うーん…それならカリンがいい」
「あっそう。行こ、ミズキ」
「うん」
ミズキの手を引いて、カリン達と離れて歩く。こっちの方が効率は良い。
それに、もしミズキが来ないと言うなら、人が多いと話が拗れる。
「ミズキはなんでも食べれる?」
「なんでも?」
「好き嫌いとか無い?」
「うん。無い」
「良かった」
ミズキがここまでどう生きてきたかは知らない。それでも広島からここまで徒歩で来たなら、それはとても長い旅路のはずだ。初めて見た時のボロさも含めて、普通の旅では無いだろう。
服市を過ぎ去ろうとしてミズキが立ち止まる。ハチに言った手前、なんて言おうか悩む。
「服、欲しいの?」
「……痒い」
まぁ、今用に1つ買ってもいいか。服市に入る。やはり下着がいちばん多い。服のジャンルはバラバラで、町行く人の格好も千差万別。
無地の下着とズボン。もう1枚羽織る物を買う。ミズキは裸足なので、靴も買う。
「着れる所ありますか?」
「あそこ」
店員が小さな部屋を指さす。お辞儀をしてミズキと入る。淡々とミズキが服を脱ぐ。背中は赤い斑点が広がり、所々に傷があった。木の枝や石に引っ掛けたのだろうか。
ミズキがそれを爪で掻く。少しだけ、可哀想だと思ってしまった。新しく買った服を手に取るミズキを止める。
「ちょっと待ってね」
カバンを開けて塗り薬を取り出す。長期的に見ると、こういう炎症は死に繋がる。何処かで水浴びをしようと決める。
布で背中を拭く。ボロボロが布越しに手に伝わる。塗り薬を塗ると、ミズキが小さく反応した。
「痛……」
「すぐに良くならない薬って、痛いし嫌だよね」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
足の汚れも落とす。足裏がかなり硬い。
「ミズキって、今何歳?」
ミズキが指を折りながら答える。
「1…7?」
「へぇ、私の一個上だ」
年齢が役に立った時は思い出せない。大人たちの嗜好品の線引きの為に、よく聞かれる。欲しいと思った事は無い。
ミズキが着替え終わる。ハチに切ってもらった髪が丁寧だと気づく。
鏡に映る自分を、ミズキはぼんやりと眺めていた。
「どう?」
「うん……ありがと」
「どういたしまして。じゃあ、食べ物買いに行こっか」
「うん」
もし、ミズキが行かないって言ったら、この後彼女はどうするんだろう。それでも、無理には連れて行けないと言い聞かせる。
■ コミュニティ
定住生活を送る人々が集まった地域、またはその集団。100人を超える規模を指すことが多い。
旧時代の硬貨が通貨として流通しているが、最終的な取引の決め手となるのは「個人の信頼」である。生存と繁栄を最優先とするため、一部のコミュニティでは婚姻や出産を義務化しているケースも見られる。
電力供給は風力発電が主流であり、そびえ立つ風車は遠くからでも確認できるコミュニティの目印となっている。




