呪い
「触っていい?」
「ダメ」
「もっかい見せて」
「嫌だ」
「じゃあ、教えて」
「……いつか」
ハチがカリンの後ろをウロウロする。楽しそうなハチとは反対に、カリンは嫌そうだ。
「ちらっとしか見えなかったんだ。マフラーが特殊なのか?先から見えた鋭いものは?」
「治療しなくていいの?」
「良い」
「良くない」
ハチを座らせて、開いた傷を治療する。横に座る女の子がじっと見ている。
「ねぇ、名前は?」
「ミズキ」
「ミズキは、本当に広島から来たの?」
「うん。そうだよ」
ミズキは辺りを見渡して警戒こそしているが、さっきよりもはっきり話す。
「……化け物に狙われなかったと」
「うん。さっきのホルンちゃんと同じ呪い」
大人しく座っていたハチが首だけ振り返る。
「そうだ!それも気になっていたんだ。ホルン、君はあれだけ近くに居たのに、何の抵抗もされずナイフを刺せたな」
「あんたは黙ってて」
私は、カリンやミズキとは違う。だから、カリンから一時的に、適合者の力を借りる。
そうすれば、一時的に虫喰いには狙われない。
「化け物も、虫喰いと同じになったか」
「どういうこと?」
「……私とミズキだけなら、何事もなくあの海峡を超えられるかもしれないって事」
またハチが振り返る。
「つまりどういう事だ!?俺は置いてきぼりか?」
「別にやらないよ。私だけ行っても意味無いから」
「ってか、なんで西に行くんだ?」
ハチがカリンを見る。カリンは少し言葉を選ぶように手を口に当てる。
「妹を追いかけてる」
「妹?」
「うん、追いつけるかは分からない。でも、追いかけたい」
「妹は西に居るのか?」
「ううん。上」
カリンが上を指さす。ハチが見上げる。木々の向こうに青い空が広がっている。どれくらいの高さがあるのか、時折考えてみても答えは出ない。雲ですら、全く届く気配はしないのに。
「……死んだのか?」
「分からない。それを確かめたい。その為に、上に行ける場所を探してる」
「……それが、種子島?」
「そう聞いてる」
カリンが立ち上がって家に入る。
「お前らは東京から来たんだよな?」
「そう」
数年前、東の旧市街は、虫喰いと虫の巣窟だった。胞子の充満するその土地を求めて色んな人が入っては死んだ。
私たち元回収員もそのひとつ。
「ハチ、あんた東の旧市街に行ったんだってね」
「あぁ、あそこはすごいな。ビルを覆う緑、退廃的で幻想的な街に、天に伸びる白い塔。そこに住まう人達」
「ベゴニアさんとは会った?」
「あぁ、その白い塔の管理人みたいな人だろ?あの塔はなんだ?」
「あそこは、かつて私たちが取り戻した土地。そしてあの塔は、虫喰いとカリンの妹が宙に消える為の発射場」
ここから東を見ても、その塔は見えない。ただ生い茂る緑と、その向こうの山。
「ロケット発射場を見れば、妹に近づける。カリンはそう思ってる」
ハチが返事をしない。首だけを動かしている。
「ロケット発射場自体は、他にもあるだろ?」
「他は種子島の手前、それかずっと北。本当はもうひとつあったけど、海峡に飲まれて無くなったって聞いてる」
「ねぇ」
ミズキが東を見ながら言う。
「東には行かないの?」
「うん、喧嘩しちゃったから」
「誰と?」
「ベゴニアさんと」
リズを巡って、カリンとベゴニアさんは戦った。そしてカリンは負けて、リズは宙に消えた。私はベゴニアさんが悪いとは思ってない。リズが行きたいと言ったから。
でもそれじゃ、カリンは救われない。その為に人の道から外れてしまったのに。
カリンが医療箱と水を持ってきて座る。
「カリン」
「ん?」
「化け物、適合者には反応しないって」
「あぁ、この子から聞いた」
「ミズキ」
「ミズキ……そっか」
「カリン、どうする?」
「待ってくれよ。俺も連れてってくれないのか!?」
ハチが騒ぐ。
「いや、まだ行けない。僕は化け物に反応される」
「状況が全く掴めねぇよ。そこだけでも教えてくれないか?」
カリンと見合う。
「僕は、胞子の適合者だ。ミズキもそう」
カリンがミズキを見る。ハチの傷を塞いで手を離す。
「適合者の女性は、虫喰いや大型の化け物には狙われにくくなる。だからミズキは海峡を渡れたんだと思う」
「……男は?」
「男の適合者は別。狙われにくくなる事は無い」
「損じゃん」
「……そうだね。良いことなんて、何もないよ」
カリンが俯く。
「あ。でも、カリンが強いのは、それのおかげか?」
「どうかな?そうなのかもしれない」
「それなら、化け物も倒せるんじゃないのか?」
「多分無理」
「なぁホルン、さっきの話、覚えてるか?」
「どれ」
「少し北の方で、化け物退治で人を集めてるって話だよ」
「いや、それは無しだって」
「でもよ、今例えばお前たちだけが渡れればそれで良いより、今後の人のために、今ここで化け物が倒せるならそっちの方が良くないか?」
「人のため……」
カリンが固まる。右手で鼻を掻く。
「簡単に言うね。自分じゃ出来ないくせに」
「まぁ……結局は、力の無い俺が縋りたいだけなんだけどさ」
カリンが顔を上げた。
「……わかった」
カリンが立ち上がる。
「まじ?」
「……本気?」
「実際、ハチの言う事は正しいよ。沢山人が居るなら、力を使わなくても勝てるかも」
「ちょっと……」
「カリン!俺が全力でフォローするぜ!だからその力教えて」
「……また、そのうち」
カリンは「人の為」って言葉に弱すぎる。きっと、リズのことが足枷になっている。
盛り上がっているのはハチだけで、私もカリンも不安だった。ミズキはよく分からない顔をする。
「……私も行くの?」




