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終末後遺症  作者: Anzsake
君のエピローグで、世界を終わらせてくれなかったから
22/79

カリン:墓

水に浮かんでいると、少しだけ昔のことを思い出す。


「……川でもマフラー外さねぇの?」


とはいえ、僕が初めて泳ぎというのを教わったのは、師匠と喧嘩した後だ。回収員時代は、本当に色んな人に色んなことを教わった。いや、パンデミックが始まった後、僕の人生はリズと始まり、リズとの別れで、僕の回収員としての人生は終わった。


「おーい、生きてるかー?」


その1人が師匠、ベゴニアだ。本名は知らない。そのコミュニティにて、回収員という仕事を立ち上げた「古参」の1人。僕は後から流れ着いて入ったけど、昔から何故か腕の立つ人だったらしい。


「おい」


ハチが空の間に入った。


「ん?」


「おっ、死んでないな。溺れてるかと思って」


「そもそも泳げないよ」


水の流れる石の上に寝転がっていただけだ。起き上がってシャツに隠れた左肘を突き出す。せっかく教わった泳ぎは、もう二度と出来ない。


ホルンは戦車の上でぼーっとしていて、ミズキは岸でどこか遠くを見ていた。何となく視線の先を見ると、橋を渡る四足歩行の獣がいた。


「げ、犬か。汚ぇな」


「こんなとこでなにしてんだろ」


「さぁね。頼むから同じ川には入らんで欲しいね」


ミズキが犬から視線を外さない。


「何かあった?」


ミズキは首を横に振る。


「な、なんでもないです……」


「あの犬が気になるのか?」


「い、いえ……気にしないで……」


そう言いながら、犬をチラリと見た。戦車で寝転がってたホルンが起きる。


「気になるなら、見に行く?」


少し目を開いたミズキを見て、ハチが嫌そうな顔をしかけて顔を戻す。


「暇だし、行こうぜ。カリン、軍手とかある?」


「うん。何に使うの?」


「予防」


戦車を置いて、4人で歩く。橋を越えた住宅街の比較的広い道を、1匹の犬が歩いている。


「久しぶりに見るね」


「変な病気とかないだろうな。愚問か」


「……首輪付けてる?」


「ほんとだ。いつからだろう」


答えは見ればわかる。あんなに汚れた首輪が直前の飼い主とは到底思えない。

よろよろと歩く犬にすぐ追いつく。ミズキがしゃがんで犬に触れようと手を伸ばすのを、ハチが止めた。


「止せよ。獣はどんな病気を持ってるか分かったもんじゃねぇ」


ミズキはハチの顔を不思議そうに見る。


「……うん」


そしてまた手を伸ばした。またハチが止める。


「待て待て。話を聞いてたか?いや愚問だな。聞けよ」


「……大丈夫」


ミズキがそう言った。犬は問答する僕らの前で待っている。ミズキが優しく手を伸ばして、犬の頭を撫でた。目を細めて受け入れている。


「うぉ……よくやるよ」


「ミズキ。後で手洗おうね」


後ろからハチとホルンが声を掛ける。ミズキは笑みを浮かべていた。こんな顔もするんだ。


犬は再び歩き出す。ミズキがそれについて行く。それに僕らもついて行く。初めこそ、あーだこーだと話してたけど、途中から静かに、ただついて行った。


犬がふらついて少し止まる。また歩き出す。


「……老衰かな」


何となく、そんな気がした。ミズキが犬の左側に立つ。


「さぁな」


犬は路地裏に入っていく。本格的に、速度が落ちてきた。しっぽは垂れ下がり、首ももう上がってない。左に倒れそうになりながら、それでも歩いている。ミズキの脚に当たりそうになり、また立て直す。


どこかの建物で1度止まる。アパートと呼ばれる集合住宅の廃墟だ。犬が階段をゆっくりと登る。

一段。一段。一段。一段。


「あーくそ、おせぇ」


そう言ってハチは軍手をして犬を持ち上げて登る。3階まで上がった時、犬が横の通路を見た。


「……ハチ、降ろしてあげて」


「お、おう」


犬が歩く。ミズキも歩く。でも僕ら3人は歩けなかった。この通路に立っただけで分かる、異様な匂い。少なくとも、僕は知っている。


扉の前で犬が止まる。前脚で扉を引っ掻く。ミズキが扉を開けようとするのを、ホルンが止めた。


「待って」


「え?」


その時、犬が静かに倒れた。まだ息はしているが、もう死ぬ。


「……この奥、なんだよな」


「でも、何が居るかは分からないよ」


それはそうだ。この腐敗臭なら、そういう生き物が居てもおかしくない。あれは本当に気分が悪くなる。そこにこの犬を入れるのか。


「ま、一人は確定か」


「……それは」


「……死んじゃった」


ミズキが呟いた。犬は動かなくなった。僕らも動けず、1分近く立ち尽くした。


「……こいつ、クソ軽かったぞ」


「……でしょうね」


ミズキが犬を持ち上げて通路を歩く。僕ら3人は顔を合わせた後ついて行く。


「ミズキ。どうするの?」


「お墓、作ってあげないと」


「まぁ、たしかに」


「はぁ。それならお前ら、殺した虫ケラ共のも作ってやれよ」


「あのねぇ」


「……ハチ。東京の白い塔の話、してたよね」


「ん?……あぁ、理解」


土の出ている場所にミズキが座る。手で土を掘ろうとするので、少しだけ散策し、転がっていたボロボロのシャベルを持ってくる。穴を掘って犬の死骸を埋める。少し盛り上がった土の前で、ミズキが両手を合わせて祈っている。


ホルンも、それを真似た。ハチと顔を見合わせる。僕は片手しか無いので、右手を自分の胸に当てる。


「ミズキ。こういう事するんだ。誰に教わったの?」


ホルンが尋ねる。


「……ヒマワリさんが、作ってあげてって」


ミズキはそう言った。僕もホルンも、そこで足が止まる。


「ん?どうした?」


振り返るハチにホルンが首を横に振る。まただ。ヒマワリの名前だ。


「なんでもない」


ホルンがチラリと僕を見る。東京奪還が、華々しい伝説なのだと言われていると知ったのは、それを全て終えた後だった。

師匠は白い塔に辿り着き、そこでヒマワリの墓を見つけた。

僕とホルンは、師匠の仲間の墓を作った。僕はその時、それの意図が全く掴めず、ホルンに苦い顔をされた。


少なくとも僕にとって東京は、ただ墓を建てただけだった。

そんなヒマワリという名前を、ミズキは語った。そういえば、師匠は西から東京に向かって、ヒマワリ達と旅をしたと、そう言っていた。

……いや、それにしても「作ってあげて」というのは、少し引っかかる。


アパートを振り返る。ごめんなさい。あなたを弔う事はしません。

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