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終末後遺症  作者: Anzsake
16/21

浪漫

戦車を西に走らせる。空が少しずつ赤くなってきた。ミズキは背を丸めながら周囲をキョロキョロし、ハチは荷台で寝転がっている。服はカリンが狙撃手から剥ぎ取った物に変わっている。少し緩いらしい。

カリンが周囲を確認している。まだ何も無い。


「どんどん建物がでかくなるなぁ。海峡まではあとどれ位なんだ?」


「今日中は無理かな……私も細かな位置は分からないし、暗がりで海に落ちるのは嫌だし」


目線の向こうには、更に高い建物が、背中の夕日に照らされて真っ黒だ。


「どっかにカメラ、落ちてねぇかなぁ」


「持ってないの?東京で写真撮ったって言わなかった?」


「知ってるか?こういう綺麗な景色の写真データのあるカメラは売れるんだぜ?現像が出来たら更に儲かる」


「誰が買うのよ。そんなの」


「食うものに困ってない奴は買うんだよ。本とかと同じ」


「……知らなかった」


まぁたしかに、綺麗と言われたらそうだ。そういうお金の稼ぎ方もあるのかと、ほんの少しだけ感心する。


「なら、東京の写真はさぞ高く売れたんだろうね」


「あぁ、俺の命は高ぇからな。野盗に盗られたのがカメラと服だけで良かったぜ」


ハチは美味しかった食事を思い出すように話す。


「ふーん…良かったじゃん。ダサい服も引き取って貰って」


「俺のセンスがダサいとでも?」


「……ホルン、右斜めに居る」


左の道に入って迂回する。


「ビルしか無いね」


「かっこいいよな」


「はぁ?」


「ビルの廃墟、かっこいいよな?」


恐らく住宅っぽい四角い一軒家の廃墟の前に止まる。


「どうした?」


「今日はここに泊まる」


「えぇ!普通の家じゃん?」


「ビルは不安定だし危ないし、生活に使えるものはあまり落ちてない」


説明しても、ハチは渋い顔をする。


「……何が望みなわけ?」


「あのビルで泊まろうぜ」


ハチが指を指すのは、少し行った所にある、一番上まで20階はありそうなビルだ。


「正気?」


「あの上で寝たい」


「なんで」


「ロマンだから」


頭を抱えてしまう。こいつは一体何なんだ。カリンも同じくビルを見上げる。星が見え始めた。


「私が納得出来たらいいよ」


「……虫喰いや虫に知見はあんま無いが、そいつらもわざわざ登って寝るか?」


つまりは、建物の安全を無視して生き物に襲われにくい場所で寝ようという訳か。

全く理解できない訳じゃない。ただ面倒臭い。ビルを見上げていたカリンが向き直る。


「いいんじゃないかな?」


「じゃあ、そうしようか」


「カリンが良いならいいのかよ」


「当たり前じゃん」


―――


「キチィ……」


「あんたね……」


ひたすらに階段を上る。地図では25階建てと書いてあった。煤けた踊り場の番号は17。

カリンはもちろん、ミズキも意外とすんなり進む。そういえば、ハチは脚を怪我してるんだった。見通しが甘かった。


ミズキが止まってハチを見る。ハチのところまで降りて、怪我をしている方の肩を持った。


「おぉ……本当に助かる」


「……うん」


ハチの荷物を取ってカリンに渡す。


「カリン、安全確認で先行して」


「わかった」


階段を上がっていく音が遠くなっていく。


「速ぇ……これが経験の差かぁ」


「旅人が聞いて呆れる」


「旅は何にも邪魔されず、疲れたら座れるからな……」


下の方はデパートで、腐った食材の匂いがまだ残っていた。フロアを覗く。ここは雑貨が売ってるらしい。


「……明日、ここ漁ってから行こう」


「な?来て良かっただろ?」


「別に」


ノロノロと24階まで来た。カリンが待ってる。


「生き物は居ない。屋上まで行けるけど、ここの方が寝やすいかも」


このフロアはレストランらしい。少しかび臭いけどスペースはある。壁1面が窓で、ところどころ割れてて植物が顔を出している。


「……もう着いたか?」


荷物を降ろす。ハチが座り込む。


「疲れたぁ……明日はいつ出るんだ?」


「さぁ。日が登ったらかな」


「早いなぁ……」


まだ日が沈んですぐだ。寝る時間は十分ある。どれだけ寝るつもりだ。


「なぁ、屋上あるんだっけ?星見に行こうぜ」


「星?なんで」


聞くまでもなかった。案の定の答えが返ってくる。


「ロマンだから」


屋上の扉を開ける。南西から少し風が吹く。足元より下は暗くて何も見えない。それなのに、夜空は、まるで皮膚病みたいに、空一面に星が広がっていた。


「すげぇなぁ」


「何が?」


ミズキは足元を見ながら少し怯えている。ハチとカリンはただ空を見ていた。


「すげぇだろ。満天の星空ってやつだぜ?」


「普通じゃん」


「まぁそうなんだけどよ。旧時代で星見てねぇの?」


「見たけど。でももう普通」


むしろ、こうも星が多いと寝にくいのではないかとすら、いつも思ってしまう。ハチが仰向けに寝転がる。ミズキが座る。


「星座の本、みたいなのを読んだことがあるんだけどよ。本の中だとイラストだし、写真は全然星見えねぇし」


星座。存在は知っているが、何一つ知らない。


「こんだけ星があると、どれがどれだか分かんねぇな」


「なんか知ってる星座無いの?」


「うーん……北極星!1番明るいらしい」


見上げてみる。多少のバラツキはあるけど、全部明るい。


「……どれ?」


「北にあるらしい」


北を向く。多少のバラツキはあるけど、全部同じだ。


「……どれよ」


「どれだろうな」


「あれ?」


「あれかな?」


「あれかもしれん」


「……」


風の音が止んだ。誰かが鼻を鳴らす。どれだけ頑張ったところで、私たちはその本に書いてあるらしい星座は分からないと思う。


「腹減ったな」


カリンがカバンを開いて食べ物を出す。保存性の高い、脂質多めの物が幾つか出てくる。


「貰うぜ」


それぞれ手に取る。ミズキにも渡す。


「はい」


「あ、ありがとうござ……」


そこで止まる。ハチが笑う。

■旧市街と胞子

パンデミック以前に高度経済都市、または人口密集地域のうち、恒常的な高濃度胞子地域を旧市街と呼ぶ。

島の東側にある旧市街は、ここ数年で爆発的に緑化が進んだが、以前まではゾンビの一斉停止により赤錆びた腐敗の土地だった。

危険度に対して拾える物品の需要は住宅地より高くなく、旅人や小規模のもの拾いにとっては価値のない場所である。

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