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終末後遺症  作者: Anzsake
12/21

重心

戦車の頭に脚をかける。地上で届く範囲に3体。少し高い所に4体。どれも同じタイプだ。蝉の胴体に少し長い前脚。師匠も名前は覚えてなかったし、僕も覚えてない。左脇のベルトを締め直す。マフラーの位置を直す。


「お願い」


戦車が前に出る。初めの1体を踏み潰す。べキリと甲殻が割れる音と体液が飛び散る。地上の虫2体が動き出した。こちらに飛んできた1体にメイスを横に振りかぶる。虫の頭が凹んで左の壁に激突する。脚をばたつかせてもがいている。

もう一体は逃げた。少し高い位置の虫がこちらを見た。


胸のライトを付けて前に飛び出す。4体全ての視線が僕を追う。戦車がバックしてまた虫の視線が動く。


壁を蹴って上を向く。メイスを逆手に持ち替えて、右腰の紐を引いてワイヤーアンカーを射出する。1体の腹部に刺さった。落下の勢いと一緒にワイヤーを引く。引っ掛けた虫が落ちてくる。それに釣られて3体も降りてきた。


アンカーを刺した虫が背中から落ちてもがく。ほか3体が飛び交って来る。

粒子が動く。どの順番で触れるかを見て身体を捻る。1、2。伸びたワイヤーを引っ張る。3体目がワイヤーに引っかかり軌道を変えた。丁度メイスを叩き込みやすい位置だ。

膝を曲げ腰を落とす。腕の力は最小限にする。胸部に食いこんだメイスが甲殻に沈む。

メイスが地面に当たる前に、腕の力で軌道を横に変えて、片足で軸を取って振りかぶる。壁に体液が飛び散る。


戦車のエンジン音が近づく。虫からアンカーを外して再び壁を蹴って高く跳ぶ。浮遊する足の下で戦車が虫を轢き殺した。ハチと目が合う。


荷台に脚が付いた。勢いで飛ばされそうになる前に尻もちを着く。戦車がそのままの速度で走る。ワイヤーから伸びるアンカーが地面に当たりカタカタと鳴っている。ハンドルを回してワイヤーを巻き取る。アンカーがカチリと右腰に戻った。


「……」


ハチと目が合う。ぽかんと口を開けていて、それを直そうともしない。ミズキは今も伏せたまま固まっている。


「どう?」


「どう、かぁ」


「羨ましい?」


「それは」


ホルンがチラリとこちらを見た。


「カリンも、東京から来たんだもんな」


「そうだね」


「それが、当たり前なのか?」


「うーん。出来なきゃ死ぬ訳では無かった」


「でも?」


「師匠がそうだったから」


戦車が広い道に出た。日差しが眩しい。粒子の流れが緩やかになる。再び戦車は右に行く。


「てか、メイスなんて何処で拾ったんだよ」


手元のメイスを持ち上げる。ずっと使っているから、形が悪く、所々に欠けていたり、パーツで補強したりしている。


「譲り受けた物だから」


「そっか、死んだのか」


「え?」


「そういう事だろ?」


「うん……そうだね。オダンゴって人の」


「はは……変な名前ばっかだな。ゼット世代は」


「その、ゼット世代って何?」


「ゾンビパンデミックの時に大人だったヤツらの事」


顔をあげる。ハチは飛び立った虫を目で追っている。逃した奴かは分からない。


「やっぱり、羨ましいな」


「ハチ、あんた」


ホルンが声を荒らげるのに、ハチが声を重ねる。


「そういう受け継いだものは、痛みよりも無価値か?」


前を向いたホルンが、指でハンドルを叩く。


「比較出来る物じゃない」


戦車が揺れる。ハチはもう、身体で器用にバランスを取れていた。


「って事はよ、ベゴニアって人もそうなのか?」


「あの人は、僕の師匠だから」


「カリンよりすげぇのか」


「うん」


メイスを戦車の横に掛ける。


「でも、そんな風には見えなかったな、なんかちいせぇし細いし。それに、東京奪還から4年経ったんだろ?」


「うん。強くなれたとは思ってる。左腕が無くっても、そんな事気にしないレベルだ。多分」


マフラーの位置を直しながら、手で撫でる。


「でも……勝てる気はしないな」


―――


東京の空気は綺麗だった。旧市街がやばいのは聞いた事があるから、ここもやばいのかと、正直思ってた。

目が覚めた時、ボロボロとはいえ布団で寝たと言う感覚が、背中に残っている。


『はい』


『ありがとう……本当にいいのか?』


『もちろん、別に食料には困ってないし』


シチューには野菜や何かの肉が入っている。


『これ、何の肉だ?』


『虫。要らない?』


『……いや、食べるさ』


スプーンを取って肉を口に入れる。さっぱりとした食感で食べ心地が良い。


『美味しいよね。私も初めはちょっと躊躇ったけど』


シチューをかき込む。器はすぐに空になった。


『ありがとう』


『感想は?』


『久しぶりに、ちゃんとした飯を食えた気がする』


『それは良かった』


後ろの方で、髭の男が黙々と料理をしている。器を返して立ち上がる。


『何か、お返ししたいんだが。俺に何ができるかな?』


『要らない要らない。気持ちだけ受け取っとくよ』


『でも』


『気にしなくていいって。腹が減ったらまた来なよ』


『……あぁ』


本当に、東京は楽園だった。ホルンの言う通りだ。あそこに住んでれば、一生困る事はない。

でも、あの時あそこに、俺の居場所は無かった。カリンやホルンが帰れば、きっともっと暖かく出迎えられるんだろうな。

■ 虫

パンデミック後に出現した、特定の生態を持つ大型の節足動物の総称。種類は多岐にわたり、呼称は地域によって異なる。

一定の胞子濃度に誘引される習性を持つ。主食は他の生物だが、意外にも人間を捕食したという報告は少ない。

数年前に東日本で発生した「異常な急速緑化」に伴い生息域が拡大。胞子濃度に偏りが生じると、巨大な群れが移動する「嵐」と呼ばれる現象を引き起こす。

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