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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第二章 イーリス・ブレンヒルトと炭鉱の町の黒山羊

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第19話

 言い分を聞いたところで、炭鉱夫たちは自分たちが法を犯したと理解できても、そこに罪悪感を伴わない。生活苦を理由に、反抗的なエルフたちを一方的に虐殺して、あろうことか平気な顔で笑って暮らしているのだから。


 そして案の定、彼らのひとりが騎士団の介入に反発する。


「俺たちは自分たちの暮らしを守っただけだろうが。あとから町にやってきて働くなと言い出したんだぞ。公害があるだのなんだの……」


「それで貴様らは森の住人だった者たちを殺して許されると?」


 ヴェルターに睨まれると、一瞬ビクついたものの、まだ反抗的な意思は消えない。ひとりに続いて、他の何人もが口々に話し始めた。


「生きるためには仕方ないでしょうよ、団長サマ。自然と生きろとか言われたって、俺たちにはこんな仕事しかない。やめちまったら他で働く場所なんかない。連中みたいに森で暮らすなんて到底無理だって」


「わかってくだせえ。あいつらもいきなりやってきて道具を壊そうとしたんですよ。強硬手段を取られて、俺たちもカッとなったんです」


 弁明を聞いて最初に口を挟んだのはマクシミリアンだ。さも当然だと言わんばかりの主張に呆れ果てて、侮蔑の感情が言葉に乗った。


「それは違うだろう。君たちは実に冷静だったはずだ。でなければ、皆が後頭部から頭をカチ割られるものか」


 ふいうちではない。計画的に、無抵抗な人間を始末している。大勢の命を奪ってきたマクシミリアンにはよく分かる。最初のひとりは突発的でも、証拠隠滅のために全員を殺害したのだと。


「人質を取り、全員を並んで座らせた。そしてひとりずつ順番に殴り殺したのだろう。命乞いをする者、祈る者、調和を訴える者の言葉を雑音のように切り捨てて、自分たちのために躊躇なく殺したんだ、お前たちは」


 涙を流して殺すなと訴えていたに違いない。あるいは子供の無事を祈った両親もいたはずだ。にも拘わらず。自分たちにも家族がいるにも拘わらず。躊躇なく、容赦なく、命を奪うことに冷徹になった。そうしなければ仕方ないと言って。


「流石に救いようがねえな。人の心ってもんがなさすぎる」


「俺も同感だ。この場で処罰を下しても構わないが……まだ此処へ来ていない炭鉱夫もいるだろう。まずは全員を此処へ集めることにしよう」


 炭鉱への道は封鎖。町にいる炭鉱で働く者を中心に、その身内にも外出の制限を掛ける。五年前の事件に関与していた者とそうでない者を区分して、皇都に連行するのが最適解だろうとヴェルターは冷静に分析する。


 少人数だけを炭鉱に残し、後は全員がサンドピットを巡回して、町から逃げ出す者がいないかを監視させる。そう指示を出したら、炭鉱に残った団員は遺骨と遺品を掘る作業を進めた。


「イーリス、私も手伝います」


 ユディットが帽子と上着を脱ぐ。自分も騎士であったからか、どうも黙ってみているのが落ち着かなかった。


「おう、いってらっしゃい」


 ボタ山に駆けていくユディットの姿は、いつにも増して真剣だ。

 マクシミリアンも袖をまくり、手伝いに行こうとする。


「えっ、お前も行くのか。驚いたな」

「……思うところがあるだけだよ」


 何を感じたのか、イーリスはわざわざ聞かない。

 せめて、ひとつでも見つけたいのだ。リンのために。


「どいつもこいつも世話焼きだよなあ」

「俺は違う」


 即座に否定するヴェルターを横目に睨む。


「お前が身内以外には冷たいのは知ってるよ」

「それは光栄だな。だが、今回の事件は俺も胸糞が悪い」


 ただの利己的な、悪を悪とも思わない人間たち。たとえ悪という認識があったとしても、そこには仕方がないことだと言い訳がついてまわる。そのために何十人が殺されていい理由にはならない。


 あまりにも醜悪。未だに自分たちの行いを厳しく咎められるものではないと思っている姿も、ヴェルターは吐き気が催す。


「皇都へ帰れば、今回の件は大々的に報じさせよう。他の炭鉱でも似たようなことが起きないとは限らない。働いているのはいつも貧困層だ、度々所有者との間でもめごとが起きているのは俺も耳に入っているからな」


「ありゃまあ……。どこもめんどくせえんだな。貧民街より酷ぇや」


 貧民街の人間は職がなく、極貧の生活を強いられている。だが、それがどうしたと言わんばかりに彼らはときどきで助け合い、言い争うことは度々あっても、殺し合いに発展したりはしない。


 一方、炭鉱の町では、誰もが職に就いているがゆえに、その貧しさから来る失うものに対する恐怖心が自然と植え付けられているのかもしれない。


 その恐怖を共有することで、どれほどの悪事を働いたとしても、仕事を失うよりはずっとマシだと考えているのだ。だから罪悪感が薄く、言い訳をする。そうならざるを得ない社会の方が悪だと断じる。────実に煤けた性根だ。


「イーリス、ちょっと見て頂きたいものが」


 ユディットの黒く汚れた手の中には、翡翠のネックレスがある。遺骨の手が大切に握りしめていたもので、綺麗に加工された美しい翡翠の宝玉を嵌める台座の裏側には、何かしらの言葉を指しているのだろう文字が掘られてあった。


「こいつは……よく残ってたな」

「おそらく高価すぎて、回収しなかったのかと」


 触れてみると、イーリスは宝石から美しいエネルギーの波を感じる。

 弱々しいながらも、ずっとそこに留まっていたものだ。


「ヴェルター、こいつはアタシが引き取ってもいいか」


 本来、証拠品になりそうなものは第三騎士団が回収する。他の誰かが触れるのは規則からして難しい。ヴェルターもまた第三騎士団の団長として振る舞い、その宝石を回収せねばならないのだが、彼は無表情のまま小さく頷いて────。


「持っていけ。俺はそれが証拠品であるかどうかを確認していない。見つけたのはユディットだ、おそらく誰かがそこに落としてしまったんだろう」


「さんきゅ。じゃあ、アタシたちは一足先に戻るよ。あとは任せても?」


 当然だ、とヴェルターは興味もなさげに手で追い払う仕草で返す。


「助かった、また改めて礼はする。マクシミリアン、馬車を出してくれ」

「お安い御用だ。戻ったら昼食にでもしよう。気分は乗らないだろうがね」


 炭鉱はヴェルター率いる第三騎士団に任せて、イーリスたちは帰路に就く。

 揺れる荷台で、手にした翡翠のネックレスをジッと見つめた。


「イーリス。そのネックレス、ずっと気にしているようですが……」

「うん。これさ、リンと同じ力の気配を感じるんだよ」


 感じられるのは指先ほどでしかない。それでも残っていた。まるでしがみつくように、ずっとそこに残っていたのだ。イーリスは手にした瞬間から、届ける義務があると悟った。翡翠に残った力は、この日をずっと待ちわびていたのだと。


「まさか彼女のご両親の遺品では……」

「間違いなくそうだろうな。数十年ぶりに胸が痛む」


 ただ、ただ可哀想だった。リンは何も悪くない。仲間と共に、静かに森で自然と生きてきただけだ。それを些細な切っ掛けひとつで失った。掛け替えのない時間と愛する人たちを、永遠に。


「辛ければ私から渡しても構わんが?」

「黙ってろ、ジジイ。元はと言えば、お前が嗾けたみたいなものだろうが」


 痛いところを突かれてマクシミリアンが眉尻を下げた。


「否定できんよ。私も此処まで大事になるとは思っていなかった。見通しが甘かったのは間違いない。身動きまで取れなくされるとは油断したよ」


 魔女が来なければどうなっていたことか、と自虐的に笑う。


「我々は悪党だが、自分たちの行いを正当化するつもりはない。それなりに責任は取らせてもらうとも。……まあ、彼女が望めばの話だがね」

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