--------------------死--------------------
「うぉっ……と」
続木は上体を逸らすと、豪速で繰り出されたその一撃を、難なく躱した。
「なっーー」
躱され、た……?こんなにも簡単に?
仕留められるはずだった攻撃を避けられた俺に
“恐怖”
という一つの感情が芽生え始めた。
「えっ、そんなに驚くことかい?そんな大振りの攻撃、当たるわけないじゃないか」
言って、続木の唇が妖しく釣り上がる。
「もっとも――目の見えない相手とかなら当たったかも知れないけどさ!」
ゲラゲラと唾を撒き散らし続木は笑う。
「くっそおおぉぉ―――‼︎」
俺は感情に任せ続木へと走り寄る。
「さぁどうする歩夢くん。その攻撃が当たらないなら、次は高速パンチでもしてみるかい?キミの反射能力の力ーーもっと僕に見せてくれよ!」
唇を吊り上げ、まるで子猫と戯れるかのように楽しそうに続木は笑う。
「はああぁぁーーー‼︎」
俺は体を反射させ一気に距離を詰めると、脇を締め続木の顔面に向かって拳を構える。隙のない攻撃など、これしか思いつかなかった。
「アハハ!ほんとにやるんだ‼︎」
瞬間移動のように一瞬で距離を詰めたにも関わらず、続木はその俺の姿を的確に捉え、攻撃を躱した。
「ーー⁉︎」
そんな……‼︎これも……これも駄目なのか⁉︎
なら……俺は他に何が……。
「じゃあ、今度は僕の番だね‼︎」
続木はそう言うと、地面を蹴り上げ上空へ一気に跳躍した。
「避けられるかなぁ……歩夢くんにさぁ‼︎」
突然、続木の構えた拳を赤色の光が覆った。
あれを喰らったらまずい――そんな気がした。
ギュン‼︎
と続木と俺との体を反射させ、地面を転がりながらその攻撃を避けた。
そしてその刹那――。
ドガアァァン‼︎
という爆音を立てて、続木の拳が当たった地面が爆発し、地面が消し飛んだ。
「な……なんだよこれ……」
乾いた口が、ぱくぱくと開く。
“こいつには勝てない――”
その言葉が、頭にはっきりと浮かんだ。
「……殺される……」
恐怖で震える足を必死に動かし、なんとか俺は立ち上がる。
「……ん?どうしたんだい歩夢くん、そんなに震えて。もしかして、さっきの氷が体に入って寒いのかな?」
逃げ道ーー逃げ道は何処だ?
「あっ、そうだ!なら温めてあげよっか!僕の炎で!ハハハッ!それじゃ燃えちゃうか‼︎」
逃げなくちゃ――俺は、まだ誰にもお別れを言ってないんだ。
「おーい!ねぇねぇ歩夢くん、聞いてるかい?」
だがこの開けたグラウンドでは隠れる場所などなく、逃げ道など存在していなかった。
「あ〜もしかして歩夢くんさぁ――」
「逃げることとか考えたりしてる?」
その続木の言葉に、背筋が凍りついた。
ククッと顔に手を当て続木は笑う。
「アハハハハハ‼︎最初はあんなに威勢が良かったのに逃げるんだ‼︎傑作だよ‼︎なんだよそれ‼︎」
まぁ……と続木は付け加える。
「仮に逃がしたとしても、僕は地獄の底まで君を追うよ。くクククッ……アハハハハハハハ‼︎」
続木からはもはや、狂気しか感じられなかった。
続木という人間は完全に人ではなかった。
「何で……」
震える唇を必死に抑え、俺は口を開いた。
「何でお前は、そうまでして人を殺す。せっかくもらった命を、大切に使おうとは思わないのか?」
「はははっ、愚問だねぇ……それは」
続木は見下した目で俺を見る。
「僕らは人の命を奪わないと満足に生きることもできない!キミも僕も、生きていること自体が罪なんだよ‼︎」
その叫びは、まるで憎悪という言葉その物のようだった。
「なら罪人は罪人らしくーー罪を重ねるのが道理だろう⁉︎」
無茶苦茶だった。この続木という男が話す言葉の全てが、支離滅裂であった。
「いや、僕らはもう死んでいる。人ではないんだった。そうだね……化物と言ったところか」
「なら、生きるのをやめろ……そうすれば殺さなくて済むだろう」
「それは嫌だなぁ。僕にはまだまだやりたいことがたーっくさんあるからさ!」
だから……と言って続木は不気味に歯を見せて笑う。
「それまでは何人だって殺し続けるよ‼︎」
突然、続木は跳躍し、数メートル上の電柱の上へと立った。
「終わりにしようか――そして始めようよ。新しい世界を――」
続木が右腕を天へと掲げると、その腕の周りに小さな炎が集合し、やがて手のひらの上に巨大な火塊が出現した。
数メートル離れているここからでも、火塊の高熱で肌が焼けるように熱かった。
「そういうのは……悪役の技じゃねぇだろうが」
もう、逃げ道はない……。続木があの技をはずすとは思えない……。
なら、俺に出来ることは――
「俺は絶対に、これ以上お前に人を殺させはしない‼︎」
覚悟を決めたせいか、そう叫ぶと自然と足の震えが治った。
「ははっ……イイ目だ。生きる事に意味を見出している目だーーいいねぇ……」
ククッ……と顎に手を当て笑う。
「そういう方が殺しがいがある‼︎」
ブン!と続木が腕を振ると、ゆっくりと続木の手から火球が高速で飛んでくる。
「死ねるかああぁぁーーー‼︎」
キイィィーーーン
と辺りに高周波の音が響くと、俺と火塊とを反射させる。
だが巨大な質量の火塊は、やすやすと反射できるようなものではなかった。
「キミも僕も人を殺す化物――そんな化物が人を守るなんて出来るわけがないだろう‼︎」
「そんなことはない!俺は、この力を使って……お前を打ち倒す‼︎」
爆風が吹き荒れる中、俺は続木に向かいそう叫ぶ。
「アハハ‼︎じゃあ歩夢君に証明してあげるよ。キミは人を守るなんて事は出来ないーーそれどころか人を傷付ける化物だってことをねぇ‼︎」
そう続木が叫んだ刹那、火塊の勢いが一瞬だけ落ちた。
――これなら……いける‼︎この一瞬の隙を逃すわけにはいかない‼︎
「吹き飛べええぇぇぇーーー‼︎」
キイィィーーーン
となり響く音が最大まで上がると、火塊は完全に方向を変え、続木へと高速で突進した。
「おっとーー」
豪速で反射された火塊を軽々と避けると、遠くへ飛んでいくそれを見て続木は軽く口笛を吹いた。
「ヒュ〜、やるねぇ」
「はぁ…はぁ…くそ」
力を使い過ぎたせいか、視界が霞み、息が上がる。
「どうだ……お前の攻撃、跳ね返してやったぞ」
だが続木はそんなことどうでもいいように俺には目もくれず、火塊が飛んで行った方角を見つめていた。
「………………」
そしてしばらく呆然と見つめた後、突然続木は目を見開いてこちらに顔を向け、おもむろに口を開いた。
「ねぇ、歩夢くん。一つだけいいかな?」
そう言った後、続木の唇の端が不気味につり上がった。
「あっちの方ーーキミの家だよね?」
「ーーっ‼︎」
火塊の飛んで行った方を向く。たしかにそこは、俺の家がある方向だった。
「最後に力が緩んだのは……そういうことだったのか……」
火塊の勢いが弱くなったのは、俺があれを吹き飛ばすため――――
「アハハハハハハハハハハ‼︎」
続木の嘲笑う声が頭に響く。
「あーあ‼︎やっちゃったぁ‼︎やっぱりキミは人の命を奪う化物じゃないか!アハハハハハハ‼︎」
放心状態となる俺に、続木は追い討ちをかける。
「深夜1時かぁ……妹さん寝てるんじゃないかなぁ?大丈夫かなぁ?避けられたかなぁ?」
「くそっ――‼︎」
続木に背を向け、俺は家へと走った。
考えて……いなかった‼︎
こんなつもりじゃなかったんだ‼︎
ただ自分の命を守ろうと――
『キミも僕も人を殺す化物さ――』
さっきの続木の言葉が頭に響く。
俺は……俺はまんまと続木の罠にハマったんだ‼︎
俺は――俺は――
取り返しのつかない事をしてしまった――‼︎
「がぁんばってぇ‼︎アハハハハハ‼︎きっと間に合うよ‼︎アハハハハハ‼︎」
走る俺の頭には、ずっと続木の笑い声が響いていた。
「間に合っててくれ、文那‼︎」
xxx
「そんな…………」
家は、散々な有様だった――
轟々と燃える炎は俺と文那が過ごしていた家を焼き尽くし、煙を撒き散らしながら、空に黒い雲を作っていた。
そしてその周りには夜中だというのに詰め寄せた野次馬達でごった返していた。
「すいません‼︎どいてください‼︎」
俺は叫び、野次馬の間に割って入る。
だが皆、俺には目もくれず、目の前にある光景に目を奪われていた。
「見世物じゃ……ねぇんだよ……」
悔しくて……奥歯を噛んだ。
「邪魔だ!どけよ‼︎」
空気の壁をイメージし、能力を使う。
ズガガッ
「きゃっっ‼︎」「うわっっ⁉︎」
激しい音を立てて目の前の数人が吹き飛び、家への道が拓けた。
今のうちだ!
俺は家へと向けて走る。
「やめなさい!危ないぞ‼︎」
だが黄色い規制線のテープの前に立った男の警官により俺は止められる。
「この中に文那がーー妹がいるんです‼︎」
「妹さんが⁉︎」
警官はそう驚いたあと「ーーだが……」と言って苦悶の表情を浮かべた。
こいつに構ってても無駄だ。早くしないと文那がっ――‼︎
警官を押し退けようとしたちょうどその時、
「中から負傷者一名発見!」
そう叫び、レスキュー隊が白い布を被せた担架を持って家から出てきた。
レスキュー隊はその担架を滑車へと乗せ、救急車へと運ぶ。
「負傷者――」
救急車へと担架が運ばれる途中、ガタッ、と何かに躓躓いたのか、衝撃で白い布の隙間から焼け焦げ、黒くなった腕が現れた。
「うそだ…………」
その炭のように真っ黒になった腕には、装飾の剥がれ落ちたカチューシャが大切そうに握られていた。
「文那ああぁぁぁーーーー‼︎」
家に近づこうとした俺を、警官が止める。
「ダメだ、今近づいては危ない‼︎」
「文那ぁぁぁ‼︎文那ぁぁぁぁぁーーー‼︎」
俺は必死に、文那へ向かってそう叫んだ。
だが轟々と燃える炎は、俺のその叫びも、文那と過ごした思い出も、全てを燃やし尽くしたーー




