君と、歩夢
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『星になった王子様』
昔々、遠い国の小さな小屋で、美しき娘が意地悪な継母達と共に暮らしていました。
娘は毎日継母とその娘達達にいじめられて心がぼろぼろになり、早く天使に天国へ連れて行って欲しいと考えていました。
ある冬の夜
庭で掃き掃除をしていた娘の前に、空から小さな男の子が降って来ました。
男の子は、自分は月からやってきた月の国の王子で、自分にこの地上の国について案内せよと言いました。
ちょうど掃除に飽きていた娘は王子に言われるがまま、国中を案内して回りました。
夜が明け、そしてまた夜が来ると王子は自分は月に帰らないと行けないと娘に言いました。
娘は王子がいなくなってしまってはまた私はまた独りになってしまうと酷く悲しみました。
娘を哀れに思った王子は、十年後私が国の王となったら君をお妃に迎えようと娘に約束しました。
娘はその話に大変喜びます。そして娘の喜ぶ顔を見た王子は安心して月へとジャンプして帰っていきました。
家に帰ると、娘は継母達にこっぴどく叱られ寒空へと追い出されました。
ですが娘は悲しくありませんでした。夜空で輝く月は娘に勇気と希望を与えてくれました。
十年後の冬
継母達のいじめに必死に耐え抜き、ついに約束の日が来ました。
ですが、王子は約束の日になっても娘の前に姿を現しませんでした。
どうしたんだろうと思った娘は、村を超えた先にある魔女の家を訪ねることにしました。そこにある魔法の望遠鏡で月の様子を見ようと考えたのです。
魔女の家を訪ねるとどうやら魔女は留守のようでした。
娘はすぐ返すからと、魔女の家から勝手に魔法の望遠鏡を持ち出してしまいます。
そして家に帰った娘はその魔法の望遠鏡で王子のいる月の国を覗きます。
望遠鏡を見た娘は驚きました。なんと王子は他の娘と結婚式を開いている最中だったのです。
怒った娘は庭にあった小石を月に向かって投げました。
娘の投げた石は王子の頭に当たり、王子は月から落っこちて死んでしまいます。
そうして落っこちた王子の体は光り輝き、金色の星になりました。
そのことを望遠鏡で覗き見た娘は、自分はなんて事をしてしまったんだろうとひどく後悔しました。
泣きじゃくる娘の前に魔女が現れます。
月の王子様を殺し私の家で盗みを働いたのはお前だね、と魔女は怒ります。
娘は謝りますが、魔女は決して許しませんでした。
お前のような悪い娘は一生ここで閉じ込められて死んでしまえと魔女は言うと、魔法で牢屋を作りそこに娘を閉じ込めてしまいました。
娘は赤ん坊のように泣きじゃくりますが決して牢屋から出ようとはしません。
娘は自分が悪いことをしたとわかっていました。
毎夜、娘は牢屋の中から綺麗に輝く金色の星に懺悔をします。
ですが金色の星は、月と寄り添い一緒に輝くだけで何も答えてくれません。
それでも娘は、懺悔します。
金色の星がいつか赦してくれるその日までーー。
ずっと、ずっと。
おしまい
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「委員長っていつまでああしてるんだ?」
その歩夢の言葉で私は確信した。
“その時”は、来たんだなということをーー
いい意味でも、悪い意味でも二階堂歩夢という人間が初めて三日月弓流について意識した、その時が。
その時が来たというのなら、私のやるべきことはただ一つだ。
彼が幸せに歩める道を、私が示せばいい。
そうーーたったそれだけだ。
私は道化として、その役目を果たせばいいんだ。
「ユミちゃんはねーー」
何度も練習して、用意していた台詞はすらすらと心にも無いのに口から出ていく。
私は口が勝手に紡いでいく言葉を必死に聞かないようにした。
聞いてしまえば、自分がいかに惨めかわかってしまうからーー
『辰波ーー』
聞くまいと意識が遠ざかっていく私の心に、いつかの彼の声が響いた。
「呼び方ーー彩音でいい」
苗字で私を呼ぶ彼に、そう告げた。
「じゃあ俺も、歩夢でいいよ」
「やだ」
私のその拒絶に、彼は心底驚いたような顔を見せた。
無理もない、逆の立場だったらぶん殴っていた。しかも助走をつけてぶん殴っていた自信がある。
「は……?どうして」
「それじゃ私がキミから許可をもらったから歩夢って呼んでますって感じで負けた気がするじゃん」
それ程までに、私は彼の気持ちを素直に受け入れる事な出来ない性分なのだ。
「だから私はキミを“あゆっち”と呼びます。キミから許可をもらったんじゃなく私が呼び始めましたのでよく覚えておくように」
あの時ーー本当は嬉しかった。
彼にもう一度名前を呼んでもらうこと、それが私の望みだったのだから。
けれどーーそんな事は今の私には赦されない。
私が彼に愛される理由などーー
愛していい理由などーー
彼の隣で笑っている事はあってはならないんだ。
私にはその資格などないのだから。
「彩音、これ頼んでいいか?」
そう言って差し出されたボウルを私が受け取ると、彼は私に背を向けた。
もう私を見る事はないーー私とは違う場所へと向かう彼の背中。
私は一体、何度これと同じような光景を目にしただろう。
「ぁ…………」
無意識に、手が震え、言葉が私の口を裂き、意思とは関係なく飛び出そうになる。
嫌だーーもっと一緒に居たかった。
体に抑え込んだ言葉の塊は、体の中を駆け巡っていく。
あの時みたいに、名前を呼んで欲しい。呼ばせて欲しい。見て欲しい。見つめさせて欲しい。聴いて欲しい。聞かせて欲しい。褒めて欲しい。慰めて欲しい。励まして欲しい。そばにいて欲しい。
欲して欲しい。
必要なんだと、言って欲しい。
愛して欲しいーー
「歩夢ーー」
私は彼をその名で呼び止める。
自分で拒絶した名前をーー
私と彼との壁として、決して呼ばないようにしていたその名前をーー
「……ん?」
振り返った彼は、小首を傾げていた。
名前の変化など、何も気にしているような様子ではなかった。
そうーー呼ばれ方の変化なんて彼にとっては大したことではない。
私にとって“あゆっち”という呼び方にどれだけの想いを込めていたとしても、彼にとってはただの呼称の一つでしかないんだ。
それに気付いた瞬間、胸が張り裂けそうになった。
私はーー孤独だ。
もしかしたら、彼はいつか私の事をわかってくれるかもしれない。言わなくたって私の孤独を理解してくれるかもしれない。
その淡い幻想にも、もうすがることはできない。
物語のシナリオ通り、彼は彼女の元へ行くんだ。
そうして、幸せに暮らすんだ。
「行ってらっしゃい」
ただ笑って、私は彼を見送ったーー
悪いことをした娘は牢に閉じ込められ、星になった王子様を見続ける。
昔読んだ物語に、そんな話があった。
そうだ、悪い事をした人間は罰を受けないといけないんだ。だから、これはーー
私が受けなくてはいけない“罰”なんだーー
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