人の心は裏腹模様 Ⅸ
僕は、選ばれしものだったーー
なんでそう思ったかって?
だって僕は、周りの人間とは違かったから
みんなが普通に出来ることを、僕は出来なかった。それは一つや二つじゃなかった。目も当てられないほどに、僕は出来なかったーー
そんな僕が嫌だったのか、母さんは幼稚園の時に天国へ行って、父さんも中学生の時に天国へ行った
残された僕は、残された全然知らない家庭で暮らすことになった
けど、僕は捨てられた。僕は、いらない子だった
でもーーそれで落ち込んだらはしなかったよ
なぜかって?
だって僕は漫画やアニメを見て知ったんだ
“主人公は虐げられる者なんだって”
異世界転移するのだって、特別な力を手にする最強の主人公だってーーみんな最初は落ちこぼれだった。けど、ある日突然、特別な力を手にするんだーー
そう、だから僕が今、こんな状況なのも全部、全部全部ちっとも悲しくない。
久しぶりに話せた人間が、少しーー心を通わせた人間が…離れていってしまったことぐらい…僕は…ちっとも悲しくないんだ……
“だって僕はーー物語の主人公……これは必然なんだ”
「メイド喫茶やってま〜す。如何ですかご主人様!」
綺麗な花の装飾を施された校門をくぐると、髪をカールさせた見てくれお嬢様キャラみたいな女の子がニコニコとしながら僕の前にチラシを差し出した。
「どうです?メイド喫茶!」
「……ちょっと君ねぇ…」
「ん?どうかしましたか?」
「あのね、メイドを名乗るっていうならもっとちゃんとしたの着た方がいいよ」
「……え?」
このメイドを名乗る不届き者は自分の悪行に気付いていないようだった。
まったく…これだから最近の若いもんは……。
「いいかい!元来メイド服というのはそんか装飾のされた物じゃなくてだね、もっと質素なーー」
「あっ…ごめんなさい!私ちょっと用事があって‼︎気が向いたら来てねっ!」
一から教えてあげようとしたのに、そう言ってメイドは逃げてしまった。
「まったく…学びの姿勢を捨てるとは…一生上のステージには登れないぞ……」
う〜ん…それにしてもーー
「自宅警備員歴が長かった僕にこの人混みは流石に辛い〜……」
我が校ーー霞浦高校の文化祭は大盛況のようでネズミさんのいる某テーマパークのように人でごった返していた。
「ぐぇっ!」
「あっ…ごめんなさい」
人混みに押されたのか、綺麗な黒髪の女の子が僕に倒れこんできた。ギャルゲーとかでパッケージのセンターを飾ってそうな、そんな女の子だ。
だが、その容姿にも関わらず、着ているのは制服ではなく、ジャージなのが残念だ。
「怪我とかない?ごめんね、なんかバランス崩しちゃって…えへへ」
そう言って女性は、可愛らしく舌を出して僕に微笑んだ。
ユリーナほどではないけれど、この女性の笑みはまるで天使のようなものだった。
「だ、大丈夫です」
「良かった〜、流石男子だね!体が強くて助かったよ」
「ふふっ…そこに気付くとは…何を隠そうこの僕は偉大なるーー」
「美咲〜、早くユリーナのライブ行こ!席無くなっちゃうよ‼︎」
僕の超重要人物紹介をしているところにポニーテールの女が割り込んで天使に話しかけた。
「あっ!そうだった‼︎じゃあホントごめんね!いつかお詫びの品持ってくよ‼︎」
ニッとまた天使はエンジェルスマイルを僕に示すとポニーテールの女と共に向こうへ行ってしまった。
「何話してたの?」
「いや〜人に押されて倒れちゃってさ、あの人にぶつかっちゃった」
「えー!また⁉︎ほんと美咲は目離すと危ないんだから!もうこれに懲りたら、美咲は私から離れないように!」
「も〜結衣は心配しすぎだって〜…でもありがと!」
天使は女へと抱きつき、人混みもはばからず、キマシタワーが立っていた。
「ごちそうさまです」
天使達に合掌すると、僕も立ち上がった。
さて、昼食も済ませたし僕も天使と同じようにユリーナのライブに行かねば、行くぞ!Bダッシュ‼︎
僕は一時間後に始まるユリーナの霞浦高校ライブに向け、体育館へと走った。
xxx
席についてしばらくすると、バタンッという音と共に体育館の照明が突然消えた。
「うぉー!すんげぇ真っ暗じゃん‼︎」「夜の訪れだね、興奮」
「キャー始まるよー‼︎イェーイ‼︎」「お、お姉ちゃん。落ち着いて……」
隣に座る少年たちはもとい、会場中がざわつき、しばらくした後、パッとステージの上に一つだけ細いスポットライトの光が照らされると、そこにいつものフリフリの超可愛い天使の翼のついたアイドル衣装とは違い、霞浦高校の制服に身を包んだユリーナが姿を現した。
「おぉ〜‼︎」とそこかしこから歓声が飛ぶ。
「世界一かわいいよ!ユリーナァッッ‼︎」
ユリーナのファンとしては最古参の僕でも、ユリーナの制服姿なんてみるのは初めてだった。
ふっ、ユリーナ……一体君はどれだけ僕を楽しませれば気がすむって言うんだい‼︎
「滅せられた悠久の魂たちよ、喜びを、人の儚さを受け入れ天へと還るがいいーー」
地上に姿を現したその天使は、そう低い声で言葉を紡いだ。
「なっーーこの口上は……まさかっ!こんな序盤に『モノクロームの天使』を⁉︎」
「この唄を聴けーー『モノクロームの天使』!」
ユリーナがそう叫ぶと、爆音と共にモノクロームの天使の演奏が始まったーー
説明しよう!
今僕が驚いているこの『モノクロームの天使』ーー通称『ものてん』はユリーナの曲の中でも屈指の盛り上がる曲で、ライブでは必ずトリに使われてきた。
「そんな楽曲を一曲目に持ってくるとは……一体セトリを考えた奴は何を考えているんだ⁉︎」
「「うおおおぉぉー‼︎」」
トリであるはずの曲を演奏してるにも関わらず、誰も動揺することなく会場のボルテージは一気に最大まで達していたーー
くそ…にわかどもめ…この異常事態に気づいているのは僕だけかっ‼︎
だがまぁいい……今はユリーナを応援する、その事の方が大事だ。
「ハーイ!ハーイ!ハイ!ハイ!ハイ!ユリーナは僕の世界一‼︎」
僕は両手に持った七色に光るブレードを振り、精一杯ユリーナへの想いを伝えた。
ジャーンというギターの音が鳴り止むと、パチパチと拍手が送られる。
「はぁ……はぁ……流石に一曲目から『ものてん』は疲れるな……」
だがそんな僕の気など御構い無しにライブは進行していく。
「みなさーん!」
先程までの低い声とは打って変わり、向日葵を思わせるいつもの明るいユリーナらしい声が聞こえた。
「ハロハロリーナー‼︎可愛い顔であなたのハートを鷲掴み♡苗字は鷹だけど!てへっ☆みんなのアイドル宮鷹由莉奈、霞浦高校に見参っ☆」
ブイッとユリーナがピースをしただけで会場中から歓声が上がる。
「「ユリーナあぁ‼︎」」
「「きゃ〜ほんものだ〜!かわいい〜‼︎」」
流石ユリーナ、外さないなぁ。もうアイドルとして出来すぎているよ。完璧!
僕は腕を組みながら、心の中で拍手を送った。
「いや〜、すご〜い!わたしぐらいの人達がこんなにたくさんいるなんて!わたし、富士山級の興奮です!」
ユリーナの不思議発言に会場が笑いで包まれた。
「では、次の曲いっちゃいましょう!みなさん、準備は出来ていますかー⁉︎」
ユリーナが観客に向けてマイクを向けると「「いえーーーい」」と叫び声があがる。もちろん僕もあげた。
華やかなトランペットのファンファーレと共に次の曲が始まったーー
そしてあっという間に時は過ぎ、ユリーナは最終楽曲のアナウンスをして『出発おしんこう』を披露し、全ての演目は終了した。
「いや〜連続で7曲とは…流石に疲れました〜」
そう言ってユリーナは額の汗を拭う仕草をした。
「ではみなさん今日は来てくれてホントーにありがとー‼︎じゃあまた、何処かでみなさんと私の道が交わった時にお会いしましょー‼︎」
パチパチと熱い拍手がユリーナに送られ、徐々に光がフェードアウトしていく。
「これで終わり、か……」
『出発おしんこう』はユリーナの1stシングルで知名度が高いということもあり会場は盛り上がったが、やはり『ものてん』に比べるとトリの曲としてはインパクトが欠けていたように感じる。
んー、何だか納得いかなくて体がむずむずする!
「セトリを考えた奴にはあとで文句を言わないとなーー」
僕がそう言いかけた直後、
「と、言いたいところですがーー」
突然、ユリーナに眩いスポットライトが再び照らされた。
「えっ?」
「今日、みなさんと会うこの日のために作った曲があるんです‼︎」
「なっ…なんだってー⁉︎」
「私もみなさんと同じ高校生としてーーこれから社会に出て行く期待と不安をみなさんと一緒に共有して……“一人じゃない!”その気持ちを届けたくて歌にしました‼︎聴いてください‼︎新曲ーーMOMENT‼︎」
これはーー僕はどうやらセトリを考えた奴に一本取られてしまったようだ。まさかこんなただの高校の文化祭のために新曲をお披露目してくれるなんて完全に予想外だった。
「Any time,gravity suffer me.steel towers dominate me.I'm not loneliness〜♪」
ユリーナの透き通る美しい声と共に、異国の言葉が紡がれていく。意味は全くわからないが、すごいということだけはフィーリングで感じた。
これは…まさかユリーナが英語の楽曲を歌うなんてーーしかも今までのユリーナの楽曲にはないバラード系、しっとりしていて、気持ちは落ち着いていくはずなのに…なのに何故かこの曲を聴いていると胸が熱くなってくるーー宮鷹由莉奈…さすがは僕がトップアイドルになると見込んだアイドルだ‼︎
そして曲の終盤、天井から落ちてきた虹色の羽根ーー“シュプリーム・フェニックス・ファザー”が会場を舞った。
バラードと共に舞う虹色の羽根たちは、いつもと違う煌めきを放っていて、とても綺麗だった。
「ブラザー……」
所々塗り忘れのある手作り感満載のその羽根からーー僕はブラザーの事を思い出していた。
xxx
「はぁ〜満足満足。感無量のライブであったのだ」
ライブが終わり外に出ると、空は蒼く冴え渡っていた。
はぁ、流石ユリーナ、天気をも君を祝福しているよ。
「さて、ツイッターで感想とセトリ呟こう。現地参戦組の特権だ。最後の曲はぁ、たしかモーメントだったかな」
そう独り言を言いながらツイッターを開いた僕の目に、衝撃の文字が飛び込んできた。
『【速報】宮鷹由莉奈、同い年の青年と交際か⁉︎』
タイムラインに流れてきたその記事には文章と共に、麦わら帽子を被って変装したユリーナと、モザイクで目元を隠した少年と笑顔で何処かの家を指している画像が載っていた。
「こ、これはーー」
僕の脳みそに電流が走った。
普通の人間にはこのモザイク処理で誤魔化す事が出来るだろうーーだが、僕は違う。
このユリーナの彼氏とされている青年は、僕の大親友にして同じ境遇に立つ存在ーー二階堂歩夢だからだ!
「ブラザーがこんな事するわけないじゃないか。彼からは僕と同じ童貞の臭いがするんだもん‼︎」
僕はツイッターを開くとすぐに
『今流れてる宮鷹由莉奈の情報は誤報です‼︎みなさん、こんな悪質なデマに流されず、20歳まで恋愛禁止というユリーナの言葉を信じましょう‼︎』
とツイートした。
僕のアカウントは1万人のフォロワーがいて、そのほぼ全てがユリーナのファンだ。取り敢えずある程度の拡散力は見込めるだろう。
「応急処置はこれでいいとしてーー」
ツイッターの検索アイコンを押し、そこから宮鷹由莉奈のアカウントへと飛んだ。
「くっ……これは予想以上だな……」
僕はサスペンスドラマの主人公さながら右手で頭を抱えた。
予想通り宮鷹由莉奈のアカウントは大炎上していて、最新の『明日、とある高校でライブをさせていただきます‼︎ユリーナ超ハッピー♡』というツイートには『裏切り者、金を返せ』や『失望しました。ユリーナのファンやめます』といったリプライで埋め尽くされていた。
「こんな時に支えてこそ、本当のファンだろうが、くそ‼︎」
ユリーナはウルトラスーパーミラクルデラックス人気アイドルにも関わらず、その可愛さゆえ、全く炎上したことがない。
「そんなユリーナが初めての炎上体験ーーぶっちゃけめちゃヤバイ‼︎」
ユリーナはライブ後10分以内には、いつもライブの感想を述べている。その興奮冷めやまない気持ちをファンに伝えるためだ。だから、今ユリーナがこのツイートを見ているのは確定と言ってもいい。そして落ち込んでいるのも確定でいいだろう。
だとしたら、ユリーナは今、何処にいる?
「考えろ……考えるんだ……!世界最強の能力者だろ⁉︎」
そう叫んだ刹那、僕の脳内をビビビッと電流が走った。
そうユリーナは『ユリーナのミッドナイトラジオ』第75回の時にこう話していた。
『私、落ち込んだ時は高い所に行くんです。そうすると、空を飛んでいる鳥さん達と同じ景色が見られるから、私も鳥さんになったみたいで落ち着くんです。え?鷹のモノマネをやるんですか?いやですー!そんな無茶振りは対応できませんー!』
「あの回は構成作家さんの無茶振り面白かったな〜」
あぁ〜ユリーナ〜………………
「じゃない!」
危ない、思考が完璧に止まるところだった……。違う違う、そうだ!“ユリーナは落ち込んだら高い所へ行く”それが重要なんだ!
「この学校で一番高い所……は…………屋上だ‼︎」
僕は校舎へ入ると、一気に階段を最上階まで駆け上がる。普段なら13段で限界だが、火事場の馬鹿力ってすごいよね。
「ユリーナ‼︎」
いるのを確信し、叫びながら屋上への扉を開ける。
すると、僕の予想通りユリーナは屋上にいた。
だが、予想と反していたのは、ユリーナがフェンスの向こう側にいたことだ。
「ユリーナッッ‼︎」
走りながらそう叫ぶ僕を横目でチラリと見ると、すぐにまた前を向き、ユリーナの姿は僕の視界から消えた。
「ふーっ……間一髪……」
すんでの所で、僕はユリーナの細い手首を掴むことに成功した。
屋上だというのに腰ほどの高さまでしかないフェンスで体を支え、必死にユリーナを持ち上げようとする。
だが、重力というものは恐ろしい程に圧が強く、ここ一年ゲームコントローラー以上の重さのものを持たなかった僕には到底無理な話だった。
「どうして、助けるんですか……」
暗いトーンでユリーナはそう呟いた。
「あ、当たり前だよ‼︎僕はユリーナの最古参ファンなんだから‼︎」
「わたしは、もういいんです……この世から、消えてしまいたいんです……」
下を俯き、冷たい声でユリーナはそう言った。
「あんなことを書かれて……私のしてきたことは、間違っていたのかもしれません……」
ずるっとユリーナの細い腕が僕の手から抜けそうになるのを必死に耐えた。
「たしかに、見えるものは強くてーーよくわからないことがある!けどーー」
深く息を吸う。
「けどね‼︎だからって見えないものを無視していい理由にはならない‼︎」
「…………」
だが、ユリーナはその言葉に答えてはくれなかった。
「ユリーナは、1stライブの時に言った言葉を覚えてる?」
「え…?1stライブ……ですか?」
「あぁ、僕を含めて五人しかお客さんがいなかった……真の古参を名乗れる伝説のライブだよ‼︎」
「あのライブに、いらして下さってたんですか」
「うん!だけど、僕は正直終わりだと思ったよ。1stライブだっていうのにお客さんは五人。しかも披露した『出発おしんこう』は曲調が古臭かったし……けど、そんな絶望的な状況でもユリーナは諦めてなかった!あの時ユリーナが言っていた言葉ーー僕はずっと忘れていないよ‼︎」
「ーーいつか…トップアイドルになってみせるーー」
「そうだよ!だからずっと付いて来てくれって、世界をユリーナの歌で包み込む瞬間を見届けてくれって‼︎そう言ったのはユリーナだろう‼︎」
長い時間力んだせいで、僕の額からは玉のような汗が次々に吹き出し、徐々に腕の感覚が麻痺していっていた。
普段から、お姫様を助ける王子様に近づくためにもっと体を鍛えていればよかったな。
「だから……死ぬとか、生きる事を諦めちゃダメだよ‼︎」
僕は無我夢中でユリーナへと叫び続ける。
「ぼくには血の繋がった家族はいなくて……ずっと家で一人きりだったーーけど……だけど!ユリーナの歌があったから、僕は一人じゃないって思えた!」
「ーーっ‼︎」
ユリーナの体が、一瞬だけ震えたような気がした。
「ユリーナの“人を幸せにしたい”っていうその気持ちは、ちゃんと届いてる‼︎」
遂に右腕の感覚が無くなった。残った左腕で、必死にユリーナを支え続ける。
「けど今……ユリーナ自身が幸せを見えなくなっちゃっていうならーー」
僕は、つい最近聞いた言葉を紡いだ。とても耳に心地良くてーー心に、一番響いた言葉だ。
「ユリーナが幸せだと思う場所を僕が創る‼︎だからーー生きるんだ‼︎」
僕のその言葉に、ついにユリーナは顔を上げてくれた。
「う…ううっ………」
ユリーナの大きな瞳からは、大粒の涙が溢れ出ていた。
「ーー私……生きたいです‼︎」
「その言葉を待ってた‼︎」
僕は最後の力を振り絞り、ユリーナを塀ギリギリの所まで引っ張り上げる。
「早くそこの塀に捕まるんだ!」
「ごめんなさい…私…体が…」
ユリーナは震える声でそう言って、顔をくしゃくしゃにして涙をこぼす。
恐怖で体が動かないってわけか……なら‼︎
僕はフェンスの狭い間に右足を無理矢理太もも部分までねじ込ませた。
「これなら…しばらく持つーー」
そう呟くと、深く息を吸い、ユリーナ笑いかけた。
「ユリーナ…新曲、楽しみにしてるから‼︎」
僕はユリーナの瞳を見つめ、念じるーー
“彼女になりたい”とーー
「うっーー‼︎」
意識を取り戻した瞬間、僕は僕の手を、細いしなやかな手でしっかりと掴んだ。
見上げると、とても壮大な物語の主人公とは思えない、白目をむいた僕の間抜けな顔が見えた。
「うぅ…あれはいくらなんでも酷い…」
今度から、能力を使ったら目を閉じる練習しなくちゃな……。
「時間がない、よぅし…いくぞ‼︎」
僕は意気込み腕に力を入れようとするが、中々力が入らなかった。
ユリーナの心に乗り移っている僕が恐怖を感じていないといっても、ユリーナの体自体が麻痺してしまっているようだ。
「くそぅ……」
メキメキと、音を立てながら僕の体はフェンスの隙間から足が抜ていき、徐々に前のめりになってくる。
「宿主が生きたいって言ってるんだーー」
目を閉じ、深く息を吸う。
ボイストレーニングをしているユリーナの体には、想像以上の空気が入った。
そして僕は、それを一気に声とともに吐き出した。
「動けよおおぉお‼︎」
震えたったユリーナの体に急に生気が戻った。
「ぐっ…‼︎うおおおぉぉ‼︎」
ガッ‼︎と僕は震えながらも左手でヘリを掴み、どうにかヘリをよじ登った。
「や、やったーー」
登り切ると同時に、僕の体が柵を乗り越えて落ちていくのは、ほぼ同時だったーー
下から多くの人の悲鳴が聞こえた。
だんだんと視界が霞んでいく……どうやらもう時間らしい……
あぁ、神よーーもし僕が死んだとしても、異世界には飛ばさないでほしいーー僕は、ユリーナが……トップ…アイドルになる……この世界を………見届け…たーー
そこで、僕の意識は途絶えたーー




