人の心は裏腹模様 Ⅶ
「お前ーー‼︎何やってんだよ⁉︎」
あのあとすぐ、俺は校舎の屋上に神倉を連れ出すと、怒りに任せ神倉の頬を殴りつけた。
「いっ痛!何するのさブラザー!暴力反対!ラブアンドピース‼︎」
「お前ーーまだそんなふざけた態度とるんだったら、今度は本気でぶん殴る‼︎」
俺は頭に血が上り、神倉の制服の襟を掴んだ。
「ひいぃいやめておくれ〜!なんでブラザーはそんなに怒っているのさ‼︎」
おちゃらけているのか、泣いているような仕草をしながら神倉はそう叫ぶ。
「なんで…って……」
思わず呆れそうになる。
「お前は……本当にそんなこともわから
ないのか……」
何か……一瞬だけ気を失っていたような、そんな微かだが、確かな違和感が俺の体にはあった。
周りの状況は、その違和感を感じる前と変わっていない。
だが、目の前は違った。神倉の襟を強く掴んでいたはずの両腕は、いつのまにか神倉から離れていた。
普通だったら、この違和感は違和感のまま終わっていただろう。だが俺は違うーーこの違和感には心当たりがあった。
「神倉……」
俺は、どうにも冷静になることが出来なさそうだった。
「お前……俺に乗り移って、俺の心を覗いたのか」
俺のその言葉に神倉は驚くと、焦り、言い訳を始めた。
「だ、だってしょうがないじゃないか‼︎ブラザーが何を言ってるかわからないんだもん‼︎冗談かと思って見てみたんだよ‼︎」
その神倉の言葉に、俺は絶句した。あれほどあった怒りも、嘘のように急に冷めてしまった。
呆れたーーその言葉が、一番適切に今の俺の心境を表していた。
俺は神倉に背を向けると、屋上のドアへと歩を進めた。
もう、俺はこいつと関わることに疲れてしまっていた……。
「神倉……」
「な、なんだいブラザー?」
「……お前、最低だよ」
そう言い残し、俺は屋上を後にした。
神倉が、その時どんな顔をしていたのかはわからない。
だが、それから神倉はまたーー学校に来なくなった。
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三週間後……。
「なぁ、文那」
だらしなくソファで横になりながらスマホをいじる文那に呼びかける。
「んー、なに?バカ兄貴」
「明後日の俺の文化祭なんだけどさ」
「うん」
「宮鷹由莉奈が来るんだよ」
「えっ⁉︎まじ⁉︎」
文那はスマホをいじるのをやめると、キラキラと目を輝かせた。
「うん、だから文那も来いよ。俺達のクラスで頑張ってライブの準備したんだ。お前にも見てほしい」
「へぇ〜お兄ちゃん達がーーでもそうなると素人のライブってわけだよねぇ……ユリーナがライブの時にいつもやるーー」
「“シュプリーム・フェニックス・ファザー”ーーステージの上から虹色の羽が降って来る演出、だろ?」
「へぇ、ちゃんとわかってるんだ」
そう言って文那は「うんうん、中々やるなぁ」と満足そうに頷いていた。
「てかさーー」
おもむろに文那はそう切り出した。
「お兄ちゃん。なんか顔暗くない?」
「え?」
「ユリーナの話だっていうのにテンション低すぎでしょ」
「そ、そうか……?いつもこんなもんだろ」
「そんなことないって!いつものお兄ちゃんなら“文那!俺の学校に宮鷹由莉奈来るんだぜ⁉︎しかもそのセッティングしたの俺のクラス!超すごくね?褒めて褒めて!”って感じじゃん」
いつもの俺、そんな感じに見られてるのか……。なんか結構ショックだな。
「何があったってのさ、話してみなよ。楽になるよ〜」
「お前がそう言うなら……けど、結構重いぞ?」
「大丈夫だって、乗り掛かった船だもん。最後まで付き合うよ。それがダメな兄を持った妹の運命ってもんでしょ!」
そう言って文那は腕を組み、ふふんと得意げに笑った。
「ははっ、ありがとな」
俺は文那に能力のことを省いて、今日の出来事について伝えた。
「へぇ〜そういうことがあったわけ」
なるほどねぇ〜、と言いながら文那はうなずいていた。
「あぁ、なかなか大変でな…」
「それで……?」
「それで?いや、これで話は終わりだが」
「違う違う。それで?お兄ちゃんはなんでその神倉っていう子が困っているっていうのに何も言ってあげてないわけ?」
「いや、だって。これはアイツの問題で、アイツ自身が解決しなーー」
「それはーー違うでしょ?」
重い口調で文那はそう口を開いた。
「これはその人一人の問題なんかじゃないでしょ。人と人との問題だよ。だから、一人で解決なんて出来るわけないよ」
「そんなこと言ったってアイツはーー」
「言い訳無用!その人は今苦しんでるんでしょ?家でずっと一人だったのに、急に色々な人の感情に触れて戸惑ってるんでしょ?ならなんでお兄ちゃんはこんなとこで無関係の妹にアホみたいな質問してんのさ!失敗は誰にでもあるって、お兄ちゃん毎回食器割る度に言ってるでしょ!」
文那はそう言って叫んだあと「ふぅ……」と小さく息をついた。
「だからーーお兄ちゃんが側に行って、一番わかりやすい気持ちから教えてあげなきゃ、ダメでしょ」
そう言って優しく微笑んだ。
「失敗は誰にでもあるーーか」
そうだーーバカだな、正しくバカ兄貴だ…そんな単純なことを忘れていたなんて…。
「ありがとう、文那」
「どういたしまして」
そう言いながら、文那はソファから立ち上がる。
「はい!やるべきことがわかったならさっさと行く‼︎ほら!立って出て行きやがれ‼︎」
背中から文那は俺に蹴りをいれる。
「いっーーいてて、わかった、わかったって!」
「もー!とろとろすんなバカ兄貴‼︎寝てる暇なんてないぞ‼︎」
すぐさま立ち上がると、俺はそのまま文那に蹴られながら玄関まで歩いた。
「じゃあーー」
玄関に立った文那は、
「文化祭、楽しみにしてるからね!」
そう言ってニッと笑うと、無邪気な笑顔を浮かべた。
文那のこんな笑顔を見るのはいつ以来だろうかーー
あの日ーーあの事件のせいで父さんと母さんが出て行って、おじさんの援助で今のこの家過ごし始めた中学3年の頃ーー俺は事件のこともあり、早く自立しようと高校への入学手続きは行わず、働こうとしていた。
だが、そんな半ば自暴自棄のようになってしまっていた俺を文那は泣きながら説得した。
“私は、お父さんとお母さんがいなくても、寂しくない!だけど……お兄ちゃんまでいなくなっちゃうのは、いやだよっ‼︎”
涙を流しながらそう訴える文那に、俺はどれだけ大切にされているのかを知り、おじさんに頭を下げ、高校に通う事にした。
その高校の入学式に行く俺を見送る時、そういえばこんな笑顔だったなーー
「いってらっしゃい‼︎」
「あぁ、任せとけ。最高のもんみせてやる‼︎」
靴を履き、俺は立ち上がると玄関のドアを開けた。
「行ってきます!」
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相変わらず神倉邸の雨戸は閉められていて、ポストから溢れる郵便物地面に転がる陰鬱加減は廃墟を思わせた。
「全く……一度とは言え外に出たんだから、一回片付けろよな」
ドアノブを捻るーーが、内側から鍵がかかってしまっているようで開かなかった。
「なるほど……俺が来ることを見越しての対策ってわけか……」
神倉とは最悪の別れ方をした。こんぐらいは想定内だ。
俺は来た道を戻り、神倉邸から距離を取ると、大きく息を吸った。
「神倉ァァァ‼︎よく聞けー!」
雨の中俺は喉が張り裂けるんじゃないかってぐらい叫んだ。
「俺は、あんな事があったけどお前の事を友達だと思ってる‼︎俺がお前の事を分かってなかった‼︎失敗は誰にだってある‼︎そんな単純なことに気づかなかって悪かった‼︎」
こんなに叫んだのは多分、人生で初めてだろう。
「もし、お前が学校で何か心配な事があるなら、俺が助けてやる‼︎俺はお前のブラザーだ‼︎お前の居場所は、俺が創ってやる‼︎」
激しい雨が、容赦なく俺の体に振り続けた。
「俺、明後日お前が来るの学校で待ってるから‼︎約束だぞ‼︎」
ひとしきり叫んだ後、俺は「はぁ……」と大きなため息をつき、肺に溜まった空気を吐き出した。
「これできっと、あいつにも届いたよな……」
そう呟き、目を閉じる。
これでいいんだ。“あいつに伝える”そのことが重要だったんだから。
「ん?」
帰ろうとした時、神倉邸の扉がギイィと勝手に開いた。
鍵は閉まっていた。風でドアが開くなんていう事は絶対にない。
だが、扉を開けた犯人は思いのほか簡単にわかった。開いたドアから見える廊下の奥の方で、白く細い腕が俺を手招きしているのが見えた。
「はぁ……またあの幽霊と話すのかよ……」
だが、開けたということは何かしらの理由があるはずだ。
「しょうがないよな……」
俺は恐怖を押し殺し、神倉邸へと足を踏み入れた。
「おじゃましま〜……」
そう俺が口を開いて神倉邸の玄関へ入った刹那、勢いよく扉が閉ざされ、目の前に突然真っ白なキャミソール姿の、長い黒髪の女性が現れた。
「こンにちハ…二階堂くン」
「うわーー」
悲鳴をあげそうになる俺の口を、冷んやりとした幽霊の手が塞いだ。
「今ハ、騒ガないデ……アの子、大切ナ作業中ダから……」
圧倒され、固まっている俺を血走った眼が睨みつけた。
「イ″ーイ″?」
こ……怖ぇよぉ……
目に涙を浮かべながら、俺は必死に首を縦に振って頷く。
「ハい、ドうゾ……」
そう言って、幽霊は俺の口から手を離した。
「はぁ、はぁ……」
た、助かった……。
俺は必死に酸素を肺にいれる。だが何故か、口に入る空気は真冬のように冷たかった。
「それで、何で俺をこの家に招いたんですか?」
まさか、こんな事をするためにわざわざ呼んだんじゃないだろうな……。
「それハ…アなタに、チゃんと伝エなくチゃ…ト、思っテ…」
「伝えるって…何をですか?」
「アの子、サっきも言ッタけド、大切ナ作業中なノ……ダかラ……」
「だから…?」
「アなたノ叫んでイた事……何モ、聞コえて無イと、思ウ……」
えっーー⁉︎
思わず驚愕の声をあげそうになったが、何をされるかわからないので心の中で叫んだ。
「アの子……作業中ハ、ずっとイヤホンをシてるの…ダから、何モ聞こえテいなかッタと、思ウ……」
幽霊のその言葉で、さっきまでの出来事が走馬灯のように俺の脳裏を駆け巡るーー
『俺、お前の事を友達だと思ってる‼︎』
『お前の居場所は、俺が創る‼︎』
『俺、明後日待ってるから‼︎』
……。
…………。
「嘘……だろ…?」
あれ…全部独り言だったのかよ‼︎
「あの…君、大丈夫?」
血走った目が、心配そうな目で見つめてくる。
幽霊にまで同情されるなんて…………。
「しっーー」
俯き、ドアに手をかけると、一気に駆け出した。
「失礼しましたあぁぁぁーーーー‼︎」
恥ずかしい‼︎恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかし恥ずかし恥ずかし恥ずかし恥ずかし恥ずかし‼︎
「うわあああぁぁーーーーー‼︎」
くっそーーーーー‼︎こんなのあんまりじゃねぇか‼︎
聞こえてないって……なんだよそれ!
普段はこんな青春っぽいことしないタチの俺が、必死こいて叫んだっていうのに、それが聞こえないとかーー
「あーもー‼︎あいつッッほんと何なんだよ‼︎」
そう空に向かって叫んだ後、
「くっ…くく…」
恥ずかしいはずなのに、誰にも気付かれずに消えてしまいたいぐらいなのにーー
「ふっ……くくっ…」
何故だか、胸の奥が熱くて、そこから押し出された熱が口の栓を開けて、溢れ出した。
「あは……あはははははは‼︎」
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
「ほんとあいつ、バカだな……俺と、一緒だ」
俺の拙い語彙力では、この気持ちを言葉で表現することは出来ない、けれどーー昔の人は、この気持ちを
“喜び”と名付けたのではないだろうか。
俺は走るのをやめると、神倉邸へと振り返る。
「神倉あぁぁーーー‼︎」
叫ぶ。さっきと変わらないぐらいの大声でーー
別に、あいつに聞こえなくたって構わない。
あいつに俺の言葉が届いてないなんて今に始まったわけじゃない。
出会った時から俺の話なんて聞かないで勝手にモブ扱いだったしーー
次は信じられなくて俺の心を読んでーー
終いには物理的に聞こえてないなんてなーー
「俺、絶対お前が来たくなるような文化祭にしてやるから‼︎だから、絶対来いよなあぁ‼︎」
静かな住宅街に、俺の声は良く響いた。
神倉家に取り憑いている幽霊
年齢:???
誕生日:???
好き:???
嫌い:???
神倉家ニ取り憑イてイる幽霊。




