私、本日のゲームを終了する
カッと目を見開いて、たぬきは指を立てた。まさにビシィィッ! というポーズだ。
「………………………………」
「………………………………」
しかし、何も起こらない。
「………たぬき、どういう」
ことだ?
そう言いかけたその時だ。
「ううっ、苦しいっ!」
「なんだなんだっ、この臭いはっ!」
「た、たすけてくれっ! 死んでしまうっ!」
突然まわりの人々が苦しみだし、バタバタと倒れていった。
「さ、御主人様。逃げましょう!」
たぬきに手を引かれる。
「ちょっと待て! 一体なにが起きたんだ!」
ちょっと待てと言いながら、私の足も逃げ足だ。
「御主人様、これこそたぬきの地雷型魔法、置き土産の術です」
「………これが置き土産の術?」
「簡単に申し上げると、おならです」
おなら、あるいは放屁。
なるほど、どうりでみんな苦しみだしたはずだ。
「だがたぬき、おならの術はお前らしくて良いのだが」
「御主人様、乙女としてはそのお言葉、大変に傷ついてしまいますよ?」
たぬきの苦情は無視して続ける。
「何故私には効かないのだ?」
「術者が自爆なんてしませんよ、御主人様。戦場では御主人様だけでなく、味方にも誤爆はしません」
なるほど、それはなかなか使える技だ。
「で、たぬきよ」
「なんでしょう?」
相変わらず我々は逃げている。
「人混みであのような技を放って、大丈夫なのか?」
「いやですよ、御主人様。大丈夫じゃないから逃げてるんじゃないですか」
なにっ? それはどういうことかっ!
問い詰めようとしたが………。
ピリピリと警笛の音が響く。
「運営委員会だっ! 街中で毒ガススキル使った馬鹿はどこだっ!」
男たちが徒党を組んで走ってきた。
「御主人様! あの人たちに捕まったら、厳罰に処されますよ! 足を励ましてください!」
「言われずともやっとるわい!」
というか、こんなときにはあれしかない!
「部屋へ帰るぞ、たぬきっ! しっかりしがみつけ!」
「わかりましたっ! 御主人様っ!」
今こそ発動っ! カエルーンの魔法!
………………………………。
帰って来た。
裁かれることも、積を負わされることもなく。
私は古い海賊船の船長室のような部屋に備え付けられた、古びた安楽椅子に腰をおろすと、目を閉じて深くため息をついた。
今さらながら、じっとりと不快な汗で流れ出る。
とりあえず、生きて帰ることができた。
改めて、深いため息をついた。
今日は色々なことがあった。
いや、ありすぎた。
チユちゃんのチュートリアル。そこで木人と闘い、卒業と同時に放り込まれた戦場。
ホロホロたちとの出会い、初陣の初勝利。そして連敗。初キルの獲得。
さらにはアイテムくじで引き当てた、奇妙なたぬき。
テロのような毒ガス攻撃と、逃亡………。
「なぁ、たぬき?」
「なんでしょう?」
ベッドに断りもなく横たわったたぬきは、こちらに顔すら向けようとはしない。
「私はもう、ログアウトしてもいいだろうか?」
「御主人様が披露困憊でしたら、止めることはできません」
「よし、じゃあアウトするか………」
しかし、まだ椅子から立ち上がることは出来ない。
見るともなく、ジッと天井を眺めていた。
ピロリン♪
どこかで音がする。
ウィンドを開いてみると、「メールが届いています」とあった。
のったりとした動作で、メールを開いてみた。
「ギルド加盟希望者がいます。自動的に彼女は、ギルド『迷走戦隊マヨウンジャー』に登録されます」
ほう、誰のことかな?
加盟希望者のプロフィールに、目を通した。
おう、アキラか。これは願ってもいない、貴重な戦力だ。むしろこちらから願い出るくらいに、彼女のことを気にしていたものだ。
すると、またメールが届いたようだ。
開いてみる。
「よかったわね♪ ギルメンが増えたわよ by受付リンダ」
あの受付嬢からだった。そうか、名前はリンダというのか。
本来なら頭のそばに浮かんでいるプロフィールで気付くべきだったのだろうが、私にはそんな器用なマネはできやしなかった。
そして………。
「おや?」
ふと気付く。
ギルド加盟希望者のお知らせと、リンダからのメールはアドレスが違っている。
ということは?
これは彼女個人のアドレスということか。
早速返信する。
お知らせありがとう。
このアドレスは早速登録させていただくよ。
今日はログアウトさせていただく。
また闘技場で。 マミヤ
ふむ、このくらいの爽やかさでよかろう。
私はメールを送信。
「今日はこれでログアウトするからな」
たぬきに言い残し、現実世界へと帰った。
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