私、ドアを開ける
「お待たせしました、お客さま。これより闘技場と闘技について説明させていただきます」
やはりデキル女だ。
私の失態など存在しなかったかのように、淡々と説明に移る。
これは簡単なようでいて、なかなか出来ないことである。
係長としては、彼女に「有能」の評価を下さざるを得ない。
「まずお客さまのようにインしたばかりの方が、闘技場を利用されるには登録が必要となります。これは利用者のレベル、スキルをチェックした上で、相応しい対戦相手を御紹介するためです」
「相応しい対戦相手?」
「はい、例えばお客さまは初心者。そこにベテラン闘技者を宛がっても、なにも得ることはありませんよね?」
たしかに。一方的に蹂躙されるような対戦相手を押し付けられたら、すぐにログアウトするだろう。
「ですから同じくらいの対戦相手が集まる戦場を、運営側で斡旋させていただく形になります」
「御手数おかけします」
「いえ、本当のことを申し上げますと、レベルが同じくらいの相手と闘うのなら、言い訳は効きません。すなわち不正防止の意味もあるんですよ」
ちょっと口調が砕けたな。
ネット上のゲームサービスでは、不正がかなり横行していると推察する。
というか、公平なルールの上で競い合うのが楽しみ所なのに、何故不正などに走るのだろうか?
「それはですね、晒し掲示板というものが世の中には存在していて、成績不良なプレイヤーの名前を晒したりするんですよ」
「成績不良など調子の良し悪し、相性の良し悪しが加味するのではないのですか?」
「自分が面白くなければ晒す。そこに正も邪もありません」
正も邪もなく自分の正義を叫ぶ者はいる。
なるほど、ネットゲームにもそのような輩が存在するのか。
「不正者というのは晒し掲示板に名前を挙げられたくないがために、面白くもなんともない『俺強ぇぇ』に走って他プレイヤーに不快を与える、憐れかつ無能な存在なのです。そういった幼稚な方々から健全なプレイヤーをお守りするために、この制度が設けられたのです」
「勝っても負けても、正々堂々が一番ですよね」
「で、お客さま………マミヤさまは、闘技場未経験者。デビュー戦はレベル・ワンしかいない現場を御約束します」
わかる。
これでは言い訳が効かない、と解る。
「そして職種や種族といった要素も考慮して、ランダムにお仲間を斡旋させていただきます」
闘技というのは、団体戦のようらしい。
六人制、十二人制、三〇人制があり、それぞれ試合時間、エリアの広さが異なるらしい。
私のような初心者は、ミスが目立たない三〇人制が良いのだろうが、あまりごちゃごちゃしていても何が何やら理解できないと思う。
ということで、六人制をチョイスしてみる。
「マミヤさま、登録がまだお済みではありませんよ?」
受付嬢はクスクスと笑った。
良い笑顔だ。他人に不快感を与えない、洗練された笑顔である。
彼女は私の基本データを開き、闘技登録をしてくれた。そのうえで、「出場は六人制ですね?」と、手続きまでしてくれる。
「次回出場からは受付は不用になりますので、そちらの入場口からお好みのドアを開いてください」
指された方角に、六人、十二人、三〇人と書かれたドアがある。その対面にも同じドアがあるのだが、そちらはギルド用。チームで出場する連中の専用だった。
「どの人数で戦っても、チームが勝利すれば勝ち星がつきます。二勝を上げると、御自分でギルドを立ち上げることもできますよ」
ギルドを立ち上げると、気の合った仲間たちと、勝った負けたを楽しめるという。
そしてチームが勝っても負けても、報酬の銀貨と経験値がもらえるそうだ。これらは試合の活躍ぶりで数字が決まり、銀貨は武器や装備を買い込むために、経験値はレベルを上げるために必要なのだそうだ。
「大体の説明は理解できたが、ひとつ重要なことを聞かなければならないな」
「なんでしょう、マミヤさま?」
「次回からは受付不要とのことだが、君にはもう会えないということかな?」
受付嬢はキョトンとしたが、すぐに微笑みをひとつ。
「私どもはノン・プレイヤー・キャラですが、街中を歩いていることも御座います。気軽にお声をおかけください」
普段の私ならば、このような軽口は叩かない。
しかしここはゲームの世界であり、私の容姿も美貌と呼ぶに相応しいのだ。
このくらいの戯れ言は許していただきたい。
「それではマミヤさま、御武運を」
「あぁ、楽しませてもらうよ」
私は六人制のドアを開いた。
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