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幕間 フィンタン、半分くらいは自分の手柄にしてもよいらしい

 フィンタンは、ベンチに座っていた。


 日本の公園である。

 名前はまだ覚えていない。

 覚える必要を感じていない。

 重要なのは。

 静かであること。

 それだけだった。


 半年。

 怜のスマートフォンを預かり、

 電力供給装置を完成させ、

 通話記録を確認し、

 境界接続の仮説を補強してから――

 半年以上が経過していた。

 研究は進んだ。

 理論は整った。

 装置も改良された。

 だが。

 フィンタンの胸の奥には、

 まだ一つ、引っかかるものがあった。

「……第一人者」

 彼は、小さく呟いた。

 王都では、そう呼ばれている。

 時空間魔術の第一人者。


 だが。

 彼は、静かに首を振った。

「違う」

 はっきりと言った。

 怜がいなければ。

 バルドルがいなければ。

 境界は観測できなかった。

 接続は証明できなかった。

 仮説は成立しなかった。

 つまり。

 彼の研究は。

 外部要因が揃って初めて完成した。

 それが事実だった。

「……私は」

 彼は、ヒゲを撫でた。

「運が良かっただけではないか」

 真面目な顔。

 完全に独り言。

 周囲の鳩が一羽、少し距離を取った。


 彼は立ち上がった。

 散歩を始める。

 日本の街。

 電線。

 自動ドア。

 信号。

 電子看板。

 すべてが。

 滑らかに動いている。

 彼は、ある建物の前で足を止めた。


 透明な扉。

 人が近づくと。

 勝手に開いた。

 彼は、真顔で言った。

「……観察する」

 そして。

 五歩下がった。

 近づいた。

 開いた。

 下がった。

 閉じた。

 近づいた。

 開いた。

 下がった。

 閉じた。

 警備員が出てきた。

「お客様」

「研究だ」

 即答。

「いや、そういう問題では」

 フィンタンは、少しだけ早足でその場を離れた。

 完全に敗走である。



 彼は歩きながら、空を見上げた。

 電線が伸びている。

 その内部を流れているのは。

 電気。

 彼は知っている。

 電気は流れる。

 導体を通って。

 銅線を通って。

 だが。

 この世界は違う。


「……半導体」

 彼は呟いた。

 数日間の滞在で、理解した。

 この世界は。

 真空管を捨てた世界だ。

 いや。

 捨てたのではない。

 超えた。

 真空管。

 ガラス。

 金属。

 真空。

 大きい。

 熱い。

 壊れる。


 だが。

 半導体は違う。

 小さい。

 冷たい。

 壊れにくい。

 そして。

 大量に作れる。

「決定的なのは」


 彼は指を一本立てた。

「素材だ」

 真剣な顔。

 完全に独り言。

 半導体は理論ではない。

 物質だ。

 存在しなければ。

 作れない。

 彼の世界には。

 まだ見つかっていない。

 少なくとも。

 工業的に利用できる純度では。

「つまり」

 一拍。

「我々は遅れているのではない」

 彼は、静かに言った。

「持っていないだけだ」


 その瞬間。

 胸の奥にあった何かが、

 少しだけ軽くなった。


 彼は思い出す。

 あの夜を。


 半年以上前。

 研究室。

 机の上。

 動かないスマートフォン。

 怜は、震えていた。

 あのとき。

 彼は初めて理解した。

 この装置は。

 ただの通信機ではない。

 思い出の容器だった。

 だから彼女は、

 必死だった。


 フィンタンは、静かにスマートフォンを持ち上げた。

 重さ。

 手触り。

 温度。

 そして。

 内部。

 見えない回路。

「……開けるな」

 彼は自分に言った。

 約束したからだ。

 壊せば。

 取り返しがつかない。

 だから。

 彼は。

 観察した。

 光を当てた。

 角度を変えた。

 拡大鏡を使った。

 そして。

 見えた。

 極小の線。

 金属の模様。

 板の上に刻まれた。

 信じられない密度の回路。

 その瞬間。

 彼は理解した。

「……これは」

 息が止まる。

「真空管ではない」

 そして。

 静かに。

 人生で初めて。

 その言葉を口にした。

「――半導体」

 あの夜。

 彼は一睡もしなかった。

 机の前で。

 朝まで。

 観察し続けた。

 測定し続けた。

 考え続けた。

 そして。

 気づいた。

 この技術は。

 魔術ではない。

 奇跡でもない。

 未来でもない。

 材料と加工の勝利だ。


 彼女は、故郷に戻った。

 日本の街。

 人々。

 機械。

 電気。


 彼は、小さく笑った。

「……なるほど」

 彼は言った。

「私は」

 一拍。

「役に立っていたらしい」

 それは。

 小さな結論だった。

 彼の研究は。

 偶然だけではない。

 運だけでもない。

 怜が来た。

 バルドルが現れた。

 境界が揺らいだ。

 だが。

 それを。

 理解したのは自分だ。

 彼は、少しだけ背筋を伸ばした。



 その瞬間。

 自動販売機の前で立ち止まる。

 硬貨を入れる。

 ボタンを押す。

 ガタン。

 缶が落ちる。

 彼は缶を見つめた。

 真剣な顔。

「……熱交換」

 一拍。

「圧力制御」

 一拍。

「密封」

 一拍。

「冷却」

 彼は、ゆっくり頷いた。

「理解できる」

 そして。

 プルタブを引いた。

 プシュッ。

 炭酸が弾けた。

 泡が立った。

 彼は一口飲んだ。

 目を見開いた。

 そして。

 静かに言った。

「……これは」


 一拍。


「魔術だな。」

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