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prologue

暗闇の中で、風が吹いていた。


本来、風は流れるものだ。

どこかから生まれ、どこかへ抜けていく。

留まることはない。


だが、その風は――

止まっていた。


渦を巻き、押し合い、互いに噛み合い、

まるで見えない壁に閉じ込められているように。


空間が軋む。


音はない。

色もない。

上下も左右もない。


ただ、そこに「境」があった。


目に見えない線。

触れれば裂ける、薄い膜。


長い間、何も起きていなかった。

何も越えられなかった。

何も通さなかった。


守られていた。


――はずだった。


最初に現れたのは、ひびだった。


小さな、細い亀裂。

糸のように細い、傷。


それは、外側から押されていた。


内側ではない。

向こう側から。


何かが、触れている。


何かが、探っている。


何かが、押している。


ひびが広がる。


静かに。

確実に。


そして。


音もなく。


境が、歪んだ。


空気が漏れた。


冷たい風が、流れ込む。


それは、この世界の風ではなかった。


重い。

濁っている。

形を持とうとしている。


意思のように。


生き物のように。


異物のように。


それは、まだ完全には越えていない。


だが。


触れている。


境界のこちら側に。


わずかに。


ほんの少しだけ。


その瞬間。


遠く離れたどこかで。


風が、止まった。

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