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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第六章 懐かしき故郷と過去の女と
40/62

父と娘

 シャルは当てもなく村の中を彷徨っていた。

 ぶらりと目についたひとや面白い物目掛けて歩く。

 不思議だったのは、村人はシャルと出会うたびに挨拶を交わしてくれたことだ。

 フストの時もそうだったが、宮殿内の人間はともかく街の中の人間はシャルの放つ独特な雰囲気に押されあまり声を掛けはしなかった。

 だが、ここでは違う。チャティスがあのように面白いひとに育ったのはこの村のおかげだと実感できる。

 まるで、シャル自身も懐かしい故郷に帰ったように錯覚した。

 幼い頃に死んでしまった両親がどこか物陰に隠れているではないか。そんな気になって、シャルは何気なく目を凝らす。

 と、突然ガサリ、と茂みが鳴った。


「なに……?」


 興味を惹かれて、茂みを覗く。

 すると、きゃっ! という悲鳴と共に、ひとりの少女が姿を現した。

 その人物が誰だかシャルは知っている。帰ってきてそうそうチャティスを引っぱたいた変なひとだ。


「あ、ああびっくりした。驚かさないでよ、もう」

「……こんなところで何してるの?」

「べ、別に何も。……泣いてなんかいないし」

「あなたも面白いひと」


 唐突な面白人間認定にキチュアは目を白黒させる。

 だが、クス、と笑うシャルの笑顔をみて落ち着きを取り戻した。


「あの子ほどではないわよ」

「チャティスのこと?」

「そう。チャティスは村一番の変人。何かあるたびに天才天才、って鬱陶しいんだから。バカの一つ覚えとはこのことよ」

「ふふ……」


 シャルは微笑を浮かべる。キチュアはチャティスのことを罵倒しながらも笑顔を絶やさなかった。

 生き生きとした様子で、幼馴染をバカにしている。この場にチャティスがいれば憤慨しただろうが、チャティスとてかなりキチュアの恥ずかしい秘密を暴露していた。度合は大して変わらないだろう。


「あなたはチャティスのこと、好きなの?」


 ふと気になってシャルが問う。と、はぁ!? とキチュアは声を荒げて叫び答えた。


「あんなバカ、好きな訳ないじゃない!! ……嫌いよ嫌い、大っ嫌い」

「嘘をついてる顔してるよ」

「……っ。ま、私のように頼りがいのあるお姉さんがいないとあの子は何もできずに死んじゃうからね。面倒見てあげるのも仕方なしよ」


 そっぽを向けながら言うキチュアが面白くて、またシャルは笑った。

 この村のひとたちは、チャティスが大事でしょうがないんだ、と思う。いや、チャティスだけが例外ではない。

 たぶん、誰もが村人たちを家族同然と大切に思っている。外の世界では考えられないほどの思いやりがここには溢れている。

 とても居心地がいい。正直、チャティスが冒険を止めると言えば、シャルもここに住みたいなと考えてしまうほどには。

 なのに、なぜチャティスはこの村を出たのだろう。恩返しだ、と言ってはいたが、恩を返すために成り上がるよりも、ここで薬師として働いた方が真なる意味で恩に報いることができるように感じた。

 もしや彼女なら何かわかるかもしれないと期待し、シャルは訊ねる。

 自分よりも、そっくり者のウィレムよりも、もしかするとクリスよりもチャティスを理解しているかもしれないキチュアに。


「あなたなら、チャティスがなぜ家出したのか、わかる――?」

「……難しい質問、と思いきや、簡単な質問ね。恩返しがしたかったからよ。寝ずに看病してくれた母親と、大陸中を旅して薬のレシピを創り上げた父親に」

「それはわかる、けど」


 期待とは違う回答に、シャルは言葉を濁らせる。だが、キチュアはちょいちょいとシャルの肩を指で叩いた。

 眼差しはこう告げている。まだ私の話は終わってないわ、と。


「基本は恩返し。そこは変わらない。でも、あの子はただ親と村人の言う通り、村で健やかに育つことを拒んだの。もっとすごい恩を返さなければならない。そんな思い込みに支配されていた。……みんな、そのことに気付いてなかったけどね。満足してたから。ただチャティスが生きてくれればそれでいいって。だから、チャティスは……偽装した。自分と自分を乖離させた。自分でもわからなくなるぐらいに自分をごちゃごちゃにしたの。天才天才と言い張るマヌケな少女だとみんなを誤解させて、自分自身すら騙し通して、みんなを油断させた。真なる目的を隠し通し、取って付けたような理由で家出した……。全て自業自得になるように。……やっぱりあの子はバカなのよ。何が村を出て成り上がっちゃえばいい、よ。素直に言えば良かったのに……あの時みたいに。私は恩返しがしたいから、村を出て行きますって」

「……すごい、ね。流石幼馴染」


 すらすらと紡がれたチャティスの内面に、シャルは拍手しながら感心する。

 が、う、となぜかキチュアはたじろいだ。目を泳がせて明後日の方向を見つめている。


「どうしたの?」

「い、いやあの、この解説は、さ……実は……」

「――付け加えるなら、チャティスの裏の部分とも言うべき本質と、表の部分と言うべき仮面は、どちらも彼女であることに変わりはないよ。そこは誤解しないで欲しいな」

「あ、テリー」


 声がした方へシャルが視線を動かすと、ひとりの少年がこちらに向かって歩いてくるところだった。

 チャティスの昔話でもよく出てきたひとだ。もうひとりの、幼馴染。


「ご、ごめんね。私はさも自分が理解していたようにあなたの考えをべらべらと……」

「いいさ、キチュア。君もあの子の友達であることに違いはないからね」

「……ん?」


 テリーとキチュアから漂う妙な感覚にシャルは眉を顰めた。

 テリーはともかく、キチュアの態度が先程とは一転したのだ。顔を朱色に染めて、陶酔したようにテリーを見上げている。

 似た雰囲気をシャルは以前感じたことがあった。チャティスに何やら不可思議な行為をしようとした銃器店の男や、キャスベルの裸を熱を注いでいたフォーリアスのものとそっくりだ。

 実際にはそれらは劣情であり、キチュアがテリーに抱いてるのは恋慕なのだが、恋というものがどういうものかわからないシャルには判断つかない。


「やっぱ奇妙なひと」


 と首を傾げたまま呟いたシャルの元へあーっ!! という大声が届いてくる。


「やっと見つけたーっ!! 勝手に出歩いちゃダメだよ!!」

「あ、チャティス」


 不満げに眉根を寄せたチャティスはシャルの傍へと歩み寄り、始めて自分の幼馴染が妹分と会話していたことに気付いた。


「いっ、ちゃ、チャティス……」「こんにちは、チャティス」


 平然と挨拶を交わすテリーと、なぜか委縮するキチュア。

 対してチャティスはむ! とわかりやすく憤慨した。恨むかのようにキチュアを睨んで。


「いいねいいね。白昼堂々いちゃつけて。私という突如現れた婚約者から想い人を奪還したんだものね!」

「なっ……だってあなた、あれほど嫌だって言ってたじゃない……っ」


 そう言い返すキチュアの声から、最初に平手打ちをした時ほどの威勢が感じられない。

 負い目があるかのようにか細く小さな声で受け答えをする。

 その声を聞き咎め――チャティスはかちんと大声で怒鳴り散らした。


「――だからだよ! あなたがさっさとテリーに告白してれば私は花嫁修業なる苦行を受けずに済んだのに!!」

「……っ!? 何それ!! 結局は自分本意なんじゃない!!」

「少なくともこの件に関しては当たり前だよ! 料理やら洗濯やら家事全般やら、乙女として当然の礼儀、だとか身に着ける必要は金輪際――い、いや料理に関してはあったかも?」


 チャティスはシャルを一瞥して思い直す。チャティスの言動が、段々と弱気になっていく。


「う、全部、冒険には役立った、かな……」


 最終的に導き出された結論をチャティスは弱弱しく口に出した。


「……ねえ私、怒られる必要あった?」

「うーん、特に必要性は感じなかったかな」

「う、テリーまで……」


 慣れ親しんだ幼馴染たちのヘンテコなやり取りをシャルは一歩離れて眺め見る。

 少し羨ましげに。いつか自分もあんな風なやり取りができるのだろうかと思いを馳せながら。


「……って、今はそれはいいの!! シャルを道案内してあげるの!!」

「あなたが勝手に言い出したんじゃない! 本当、自分勝手なんだから!!」

「まぁそうカリカリしないで。そう言えばチャティス、あの人はいいのかい?」

「……あの人、クリスのこと?」


 キチュアと言い合いをしていたチャティスはテリーに訊き返す。

 首肯したテリーにチャティスはんーと顎に手を当てて少し悩み、すぐに大丈夫だよと応えた。


「クリスは大丈夫。彼はとっても頭が良いし、何でもできちゃうんだから。それに父さんだって、バーサーカーに偏見はないしね。優しいし」


 じゃあ行こ! とチャティスはシャルの手を掴んだ。引っ張られるシャルに、小さく呟かれたテリーの独り言が耳に入る。


「だから、心配なんだけどね」


 なぜそう思ったのか訊いてみたかったが、案内する気満々のチャティスに引かれ訊ねられなかった。



 ※※※



「――なぜ私がこうするのかわかるな?」

「ああ。バーサーカーは危険。この一言に尽きる」


 それは他ならぬクリス自身が重々承知していたことだ。

 ゆえに、チャティスの父親ティロイに銃口を突きつけられた今も、全く動じていない。

 自然の成り行き、当然の帰結。チャティスを思いやる父親だからこそ、この事態は必然だった。

 鳥の鳴き声、草木の風揺れ、火縄から燻ぶる紫煙。

 森の中でティロイとクリス、チャティスを守護してきた者は対峙する。


「……お前自身に悪気はないことはわかっている。私にも問題はあった。むしろお前には感謝している。あの子を救ってくれたこと、守ってくれたこと」

「礼を言われる筋合いはない。自分勝手に行ったことだ」


 淡々と受け答えをするクリスだが、頭の中には疑問が渦巻いていた。

 そのマッチロックピストルだ。銃撃が無効化される狂戦士にわざわざ銃を向ける意味が理解できない。

 これがただの無知な兵士の類であれば納得できる。だが、ティロイは優秀かつ聡明な薬師だ。

 狂戦士がどういう存在かをよく知り、把握している。そんな彼がこのような愚行を選ぶとは思えなかった。


「バーサーカーに銃は効かない」

「知っている。人の身で抗うことが愚かだということも。だが、お前がチャティスの脅威になるのなら、私は喜んで愚か者となろう」

「愛がためか」

「愛ゆえだ。娘のことを想わない父親がどこにいる」


 そのセリフを聞き――クリスはほんの微小に笑みを浮かべる。

 あまりにも似すぎていた。そして、すれ違い過ぎた。これならばチャティスが家出したことも納得できる。


「お節介が過ぎるのではないのか。……あの子がそこまでの保護を望んでいるとは思えない」

「望む望まないに限らない。……他の事柄ならば、あの子の意見も尊重しよう。だが、この問題は生死に関わる。あの子が思い描いた、人とバーサーカーが争わない世界。私は父親として、その理想を誇りに思う。だが、それとこれとは別だ。あの子を危険に晒させはしない。それにだ」

「何だ?」


 クリスが問うと、ティロイはピストルを軽く振り、クリスの周りを歩き始めた。


「お前のバーサーカーを殲滅するという目的。なぜか理由は知らないし、訊くつもりもない。だがその目標は途方もないものだ。……叶えられるとは到底思えない」

「――何だと」


 無に有を表す。眉根が微かに動き、怪訝の表情をほんの僅かに浮かべたクリスをティロイは教え説く。


「一つ、逸話を話してやろう。自分が世界で一番正しいと過信した虚無の王の話だ。その男は自分の意見が何よりも崇高で、自分の存在が誰よりも上位だと信じていた。神よりも、だ。そのような男が自分勝手に振る舞って人々が怒らぬはずはない。当然のように戦争が起き、当たり前に王は民を虐殺した。……反乱分子を黙らせるに一番手っ取り早い方法だったからな」

「……何が、言いたい」


 声を漏らしたクリスだが、薄々その先は勘付いていた。

 この男が自分に何を言いたいのかも。大した反応は見せず、クリスはティロイの話を聞き届ける。


「すぐにわかる。……そうこうして、王は敵を皆殺しにした。後に残ったのは王に忠誠を誓う信者だけ。……しかし、王の予想に反して、また敵が噴出した。外部内部、両方から。なぜかはわかるな」

「……敵が増えた。ただそれだけのことだ」


 クリスの回答にティロイは気を良くした。


「そうだ。敵は殺せど殺せど増えた。おかしな話だ。味方だった人間がいつの間にか敵になっていた。王はなぜ敵が増殖するのかさっぱり理解できなかった。おかしい。敵は殺したはずなのになぜ出てくるんだ。そう嘆いて、また殺した。……王は一騎当千の力を持っていたからな。だが最終的に万の敵に囲まれて暗殺された」

「味方の考え方が変わっただけのことだ。それだけではない。新たな思想を持った人間が生まれた。……お前が言いたいのは、どれほどの力を持とうと敵の殲滅は不可能。……そういうことだな」

「ああ。難しい考えではない。……敵の殲滅はすなわち、この世界の崩壊を意味する。世界の終末ラグナロクが起きたのはそのためだ」


 世界は終わりから始まった。意見の違った神々同士の戦争は、世界という箱庭をいとも簡単に崩壊させたという。

 だが、創世神話などクリスに興味はない。重要なのはサーレの理想を遂げることであり、そのためには狂戦士の殲滅が不可欠だ。

 相手が卓越した頭脳を持った賢者だったとして、そのような相手に諭されたとしても、クリスは方針を変えるつもりはなかった。

 自分はそのためだけに生きている。その原点だけは自信を持って口に出すことが可能だ。


「――しかし、バーサーカーは殺さなければ」

「ならば、あの子から離れろ。……もし、お前がこの村で平穏に過ごすというのなら、私はお前を迎え入れよう。ティルミの村は、争いごとに嫌気がさした人間たちの集まりだ。他とは違いどんな人間だって受け入れるし、有事の際には手助けしてくれる」


 ある意味、一種の誘惑とも言える提案だった。

 ティロイの言ったことは真実だ。もしここでクリスが静かに暮らしたいと願えば、ティルミはクリスを迎え入れ平和な暮らしを享受することができるだろう。

 外界と隔絶された、田舎にある小さな村。なればこそ、静かで安らかな生活が約束される。

 しかし、クリスの口から放たれたのは、きっぱりとした否定の言葉だった。


「断る。俺は生きたいから生きているのではない。……安らかな暮らしなど最初から望んでいない」

「であれば、こうなる」


 閑静な森の中に、発砲音がこだまする。



 ※※※



「――ん」

「どうしたの?」


 急に目をぱちくりさせたチャティスにシャルが問う。

 何でもないよ、とチャティスは笑ったが何気なく村の外――森へ向けて目線をちらちらと移していた。


「やっぱり何か気になってるんじゃない。あなたは昔から嘘が下手なんだから」

「うっさいなぁキチュアは。……ただ二人がどんな話をしているのか気になっただけだよ」


 言われるがままにチャティスは村に残り、クリスは村の外へ出た。

 今思えば素直過ぎたかもしれないとチャティスは唸る。

 父親はいつもチャティスを危険から遠ざけてきた。そう、いつも。当然のように。

 チャティス自身もそれが普通なんだと受け入れてきた。だが、以前キチュアが指摘したように両親は自分に甘かったと今なら思える。

 ミュールとソダスの最悪な関係を見ても一目瞭然だ。ここまで過保護な親は珍しい。

 いや、父は外がどんな世界かをよく知っている。どれほど危険なのか。どれだけ、人が愚かなのかを。

 だからチャティスを大切に、村中へ閉じ込めた。閉じ込めるという字面だとあまりいい想像ができないかもしれないが、チャティス自身はとても感謝している。

 自分の人生すらないがしろにして、自分を守ってくれた両親に。その温かな親心に。

 だが――。


(――親に感謝して、じっと待ってるなんて無理だよ。……子心ってのは、たぶん、自分勝手なんだよね)


 みんな、自分を助けてくれた。自意識過剰かもしれない。

 ナルシシズムを発揮しているだけなのかもしれない。

 向こうには助ける気などさらさらなく、たまたま偶然が積み重なった結果として、自分が助かっただけなのかもしれない。

 でも、そんなことはどうでもいい。チャティスは胸中に想いを響かせる。

 私は自己中なのだ。だから、自分勝手なふるまいをする。

 私は独善的なのだ。ゆえに、相手がどう思おうと自分の行いをやり遂げる。

 私は独断的なのだ。そのため、他人が間違っていると指摘することも正しいと妄信する。

 一通り自分の行動指針をまとめると、チャティスは突然輪を外れて、


「……なんか心配になって来ちゃった。ちょっと様子を見に行って来ようかな」

「いいのかい、それで」


 テリーが意味深に訊ねてくる。チャティスは大丈夫、と軽く受け流し、父親の言いつけを破って二人の元へと足を運ばせた。



 ※※※


 

 キン、という金属音が響く。

 クリスは即座に抜剣し、銃弾を弾いた。

 正面の銃撃を回避するため背を伏せたティロイからではない。

 左方から狙撃してきた侵入者の弾丸を弾き飛ばしたのである。


「……クレストの者だ。前王は私たちのことなどすっかり忘れていたが、どうやら何名かは覚えていたらしい」

「国が荒れたため、食糧や金品を求め略奪しに来たのか」


 異常事態ということでもない。このような小さな争いは日常茶飯事だ。

 狂化戦争が続くにつれて、大陸全土を狂気が支配している。

 狂っているのは狂戦士なのか人なのか、どっちだと思う?

 クリスはサーレにそう訊ねられたことがある。……クリスは狂戦士だと即答したが。


「数が少ない。様子見だな」

「全体に知れ渡っていることはなさそうだ。まだティルミは安泰らしい」


 言いながらティロイはピストルを撃ち放つ。

 正確な射撃で略奪者の足を撃ち抜き、クリスはチャティスの面影をティロイに見出す。

 親子なのだ。この父親も無用な争いと人殺しを好まない。

 だが、クリスは違う。思想も戦法も、人種だって二人とは異なる。

 クリスは人間ならまず有り得ない身体能力を行使し、遠く離れたところでマスケットを構えていた敵へと僅か一跳びで肉薄した。

 クリスの眼前に立つ敵は、得物である銃を構えてぽかんと呆けている。


「……え?」


 一刀両断。略奪者の身体は真っ二つに切り裂かれた。

 その圧倒的な戦闘力を目視した残りの略奪者が戦意を喪失。武器を捨てて、悲鳴を上げながら逃げ出した。

 いつもなら見逃すクリスも、今回ばかりはそうもいかない。

 ここで見逃せば、彼らは他の者に噂を流布する可能性がある。ティルミの村には狂戦士がいる、と。

 クレストの民が狂戦士に恐怖を抱いてれば何も問題は起きない。だが、人は誤解する生物だ。

 まかり間違い妙な誤解が拡散し、万が一にもティルミに被害が及ぶような事態になってはならない。


「――眠れ!」


 風すら沸き立つ驚異的な速度で、クリスは略奪者を追い立てる。

 一人目は首と胴が真っ二つになった。

 二人目は左胸を剣で貫かれた。

 三人目はバラバラの肉塊に。

 四人目は恐怖に耐えかねなくなり拳銃自殺した。

 残るは一人。ティロイに足を撃ち抜かれ、のたうち回っている男だけである。


「……」

「ひっ!」


 無言で男に近づき、剣を振り上げるクリス。しかし、その手はティロイに制された。


「皆殺しにする必要はない。……先程の男たちも殺す必要はなかった」

「なぜそう言える?」

「そこで見ていなさい。……お前、家族はいるか?」


 ティロイは屈んで、恐怖に震える男に質問する。男は震え、目をあちこち泳がせながらも意志を感じさせる声音で答えた。


「な、何だ急に……い、いるものか!!」

「嘘だな。一人、二人……ああ、三人か。家族構成は妻と、息子……いや、娘が二人の四人家族」

「な……違う! お、俺は独り身……」

「心配するな。何もお前の家族に手を出そうというわけじゃない。……病気なのは姉妹のうち片方……姉だな」

「あ……ぅ……」

「図星か。なら、お前が武器を捨て、あらゆる争いごとを持ち込まず、私たちに危害を加えないと約束するのなら、ただで治療してやろう」

「な、嘘だ!!」


 自分の家族関係すら当てた奇妙な男に、略奪者は反発する。

 だが、ティロイはそれ以上何も言わず、男に思案する猶予を与えた。しばらくして、男が恐る恐る訊く。


「ほ、本当なのか……? 娘を助けてくれるのか……?」

「誓えるのなら。それにただとは言ったが、村の仕事は手伝ってもらう。……小さな村でね、常に人手不足は否めんのだよ」


 男はその回答を聞き、次にティロイが行った行動で覚悟を決めた。

 ティロイは、男に傷薬を用いたのだ。それも、すぐに傷が完治する高級品を躊躇いもなく使った。

 男から、この奇妙な薬師と村を襲撃する理由は喪失する。いつ味方が敵に化けるとも知れぬ王都での病弱な娘を抱えた生活と、危害を加えぬと約束すれば娘は治療してもらえ、のどかな暮らしが約束される村での生活。

 どちらが良いかなど比べるべくもない。足が治った男はティルミに危害を加えぬことを誓った。


「む、娘を連れてくる! 家族もいいんだろ?」

「もちろんだ。持ちつ持たれつの関係となる」

「あ、ああ! ありがとう、ありがとう……!!」


 男は顔を綻ばせ、嬉々として森の中を駆けて行く。

 その背姿を見つめたクリスは剣を仕舞い、改めてティロイに尋ね訊いた。


「これで良かったのか?」

「いいとも。お前の想いは見通せる。……あの者が仲間を呼び集め、再度村を襲撃する手筈を整えるのではないか。そう危険視しているのだろう? だが、それは杞憂だ。……元より略奪者になど身を堕とす人間は、それでしか生きていけないからと相場が決まっている。平時ならともかく、このような戦時下ではなおさらな。そんな輩はデメリットではなくメリットを提示すればあっさり味方となってくれる。……先程の話に戻ろう」

「……なに?」


 クリスの問いを受け流し、ティロイは一方的にクリスを説き伏せる。


「お前がもし、狂化戦争を根絶するために行動しているのなら、すべきは殲滅ではなくこのようなわかり合いだ。短期的に見れば、殲滅が手っ取り早い。だが、長期的に見れば愚策であるとしか言いようがない。敵は増えるぞ。外からも、内からも」

「お前もそう思うのか。……あの子と同じ意見だと」

「無論だ。子を信じぬ親もまたいない。……よく考えることだ。なぜ自分がその剣を取ったのか」


 さて、本来の目的に戻ろう――。ティロイはそう言って、スコップの持ち手を握り絞める。

 すると、そこに呼び掛ける声が。チャティスがおーい、と手を振りながら坂道を下っている。

 ティロイは驚きを隠せず、なぜ来たと動揺した。そんな父親の前で放たれる小さな悲鳴。

 チャティスが木の根に足を取られ、宙を浮いた。


「チャティス!!」

「――ッ!!」


 クリスは反射的に動く。地面を抉るほど足を踏みしめ、突発的に飛躍する。

 しかし、衝撃でチャティスを潰すことがないよう加減し彼女を抱きかかえると坂道へと着地した。


「ふ、ふぅ危なかった。……ありがとうクリス」

「……大事はないぞ」


 チャティスではなくティロイにクリスは告げる。ティロイは安堵の息を吐きながらも、眉間にしわを寄せていた。

 チャティスが帰郷して初めて彼女を叱る。


「来るなと言って聞かせただろう」

「ごめんなさい、父さん。でも気になって……。っていうか、お手伝いしたくて」

「……っ。来てしまったのだ、致し方ない。そこにある花を取りなさい」

「……っ!! うん!!」


 たじろいたティロイがそう言い、地に下ろされたチャティスが破顔した。待ち望んでいたのだ。父と協力する瞬間を。

 父と娘の共同作業が始まり、やることのなくなったクリスは親子を眺める。

 そして、左腰に差してある剣の鞘へと目を落とした。何でも切り裂ける刃すら保護する、“彼女”が遺した魔術の鞘を。


(どちらだ。どちらが正しい、サーレ)


 しかし、何度問いを投げても、クリスには彼女の理想しか見出せない。

 狂戦士同士の争いがこの世からなくなりますように。

 そう呟かれたサーレの遺言だけしか。


「ねえ、さっき何のお話してたの?」

「お前には関係のないお話だ」

「あー、男同士のお話とかそういう奴? でも俄然気になっちゃうな、教えて!」

「私からは言えない。……クリス、お前次第だ」


 ティロイは土を掘りながらクリスへ声を掛ける。期待を寄せたチャティスの眼差しに射抜かれる。

 クリスは淡々とその期待に応えた。彼女の希望通り、チャティスが期待していたものとは違う答えを口にする。


「大したことではない。……どうでもいい話だ」

「え? ……むーっ」


 チャティスは不満げに、リスの如く頬を膨らませた。

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