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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第四章 狂戦士ハンターと腐った海と
18/62

必要な寄り道

 一台の馬車が、両脇に木々が生い茂る街道を進んでいる。

 御者席にはひとりの男。黒髪で、重厚感のある鎧を着こみ、背中にはマントを羽織っている。

 その後ろの荷台にはふたりの少女が座っていた。

 ひとりは茶髪。長旅用の丈夫な服を着て笑っている。もうひとりは青い髪の少女。不思議な雰囲気を漂わせている少女であり、瞳の色は赤色だ。身軽さ重視の軽装で子どものように無邪気な笑顔をみせている。

 黙々と御者席の男、クリスが馬車を進ませていると、後ろで談笑していた少女チャティスが呼びかけた。


「ねえ、この先は確か」

「テェンソーだ。小国で、狂化戦争を行っていない比較的安全な国だ」

「だって、シャル。初めてでしょ?」

「うん、チャティス」


 シャルが朗らかに笑う。

 ずっと森の中で過ごしてきたシャルにとって、森の外とは驚きの連続らしかった。

 ここに至るまでの道中も、シャルはずっと感嘆の息を吐いていた。何を視てもあれがすごいこれがすごいと喜んで声を出す。

 チャティスとしても喜ばしい限りである。シャルを放っておけないとして同行させたが、彼女がホームシックに駆られるのではないかと不安だったのだ。

 かくいうチャティス自身もホームシックにかかったことがある。あの時は、傷心のチャティスに付け込んだ人身売買の男に危うく強姦されかかったが。

 嫌なことを思いだしチャティスはぶるりと震える。


(やっぱり男は狼! 銃器店の店主が女の人だったらいいのに)


 ナルシシストめいた思索をするチャティスだが、これは彼女生来の気質だけの発想ではない。

 チャティスには魅了という呪いがかかっている。あらゆる災いを誘引してしまう悪夢の呪いが。

 そのせいか、チャティスはもう指では数えられなくなるぐらい死にかけている。

 そのたびに斬り抜けてきたのだが、やはり自分は優れているのだろう、と常に他人が助けてくれたことを棚に上げ、ひとり悦に浸った。

 無論、チャティスは恩人たちに感謝しているし、いつでも恩返しがしたいと考えているが。


「まずは銃を修理する必要があるんだったな」


 クリスの確認にチャティスがうんと元気いっぱいに答える。


「この世界最強のホイールロック式ピストルを修理しないとね!」

「世界最強……なの?」


 シャルがチャティスが取り出したピストルをまじまじと見つめる。シャルはまだ壊れて不発状態のピストルしか見ていないのだ。

 もっとも、火縄銃の射撃を間近に受けて銃自体に苦手意識を持っているようである。

 その苦手意識を植え付けたのは他ならぬチャティス自身だ。嗅ぐだけで理性的になる花でシャルが狂化しないか確かめるための銃撃だった。

 だがいくら確認しなければならない事柄だったとはいえ、シャルを気絶させてしまったことに気後れがある。

 ゆえに、チャティスはピストルをシャルに渡し、細かく説明――というよりも熱く語り始めた。


「そうだよ! このピストルは火縄式とは違う方式なの。剛輪式という名前の通り、ホイールを着火させて銃弾を撃つんだよ!」

「へ、へぇ……」


 あまり関心なさげに相槌をうつシャル。これはガンマニアの宿命というべきか、銃に興味がある人間は無駄に語るが、銃に興味がない人間にとっては至極どうでもいいことなのだ。

 だが、そういうマニアは一度火が点くといつまでたっても話し続ける。

 そのため、チャティスはずっと口を動かしていた。

 この方式のおかげで魔術師とも対等に戦えるだとか、火縄式のように種火のせいで居場所がばれない、だとか。

 シャルが聞き飽きて眠り出すまで、チャティスはずっと話していた。


「ふふふー! 絶対銃器店の人はびっくりするよ! この銃は激レアだからね! 今から楽しみだーっ!」


 この時のチャティスは知る由もない。武器屋ではなくチャティスが想像していたのとは全く別の意味で驚かされることになろうとは。



 小国テェンソーに入り、ライアット銃器店という名前の店に一行が着いたのは昼過ぎのことだった。

 馬車を道端に停車させ、チャティスは寝ぼけ眼のシャルと共に意気揚々と呼び鈴を鳴らす。

 だが、返事がない。店主がいないのかと落胆するチャティスだったが、後から来たクリスの一言で顔を上げた。


「人の気配がする」

「居留守ってこと? 何で?」

「ここで待っていろ」


 そういうや否や、クリスは店の裏側へと回り込む。がさごそと物音が立ったと思いきや、わかった、行く行く! という若い男の声が聞こえてきた。


「ったく、反応しないんだから察しろよ!」


 不満げな声を出しながら、若者がドアを開く。と、急に目を見開き、驚いたように息を呑む。

 なぜか、視線はチャティスに釘づけだった。魅せられたかのように見惚れた後、男は笑顔で入店を促してくる。


「お嬢さん! ようこそライアット銃器店へ! 新しい銃でも見に来たのかな?」


 急に応対が変わった店員を訝しみながらも、行こ、とシャルを連れて入店するチャティス。

 クリスはというと、店員を不審がる目で見つめた後、馬の元へ行くと言って引き返していった。

 店内の銃器棚には、所せましとマスケットやピストルが並べられている。


「銃がいっぱいだね」

「銃器店だから当然ですよ、お嬢さん」


 チャティスが素直な感想を漏らすと、店員がにこにこと笑いながら言ってくる。


「でも、火縄式ばかり。ふひひ」


 それもそうだろうと思いながら、チャティスは顔がにやけないよう必死にこらえ、カウンターへとピストルを置いた。

 最新鋭のピストル――ホイールロック式ピストルを。


「私の銃は特殊だからね!」


 どや、と腰に両手当て、胸を張る。変態騎士から勝ち取ったほまれ。己が武勇の証。

 自分が持つ自慢の一品を前にふんぞり返ったチャティスだが、銃器店の反応はチャティスが予想していたものとは異なった。


「……っ……くふ……」

「……う?」


 何やら笑いを堪えているように見える。

 困惑するチャティスの背後からシャルも顔を覗かせて、青い髪を不思議そうに揺らす。

 しばらく経って、店員が堪え切れずに噴き出した。


「くはっははは! まさかこんな激レア品をお目にかかろうとは!」

「ちょ、ちょっとどういうこと!?」


 てっきり褒められ讃えられるとばかり思っていたチャティスは、突然の嘲笑に意味がわからず声を張り上げる。

 店員はひとしきり笑った後、剛輪式のピストルについて――その欠点を説明し始めた。


「そいつははっきり言って……不良品だよ、お嬢さん」

「いきなり人の銃を不良品呼ばわりしないでよ!」


 突然の愛銃に対する侮辱に、チャティスが憤慨する。まぁまぁと宥めながら店員は、チャティスのピストルを手に取った。

 じっと眺めて、やっぱりなと納得して顔を頷かせる。


「動作不良をおこしてるだろう。ホイールロック式は火縄なんていう不安定な機構に左右されずに発射でき、遠距離射撃にも適している。これはきっと知的なお嬢さんなら理解できるよな?」

「ふん! 当然でしょ! 私は天才なの!」


 どうやら相当頭に来ているようで、チャティスは腕を組みそっぽを向いた。

 銃マニアにとって愛銃の侮辱というものは自分を罵倒されるよりも腹立たしいことである。

 もっとも、チャティスの場合は一般的なマニアの反応というよりも、自分の武勲の証に対して悪口を言われたという意味合いによる反応だが。


「でも、その分壊れやすいんだよ。火縄式より複雑な構造だからな。この銃だってそうだろ?」

「それは! ……そうだけど」


 全く以てその通り。だからチャティスは銃を治すため、銃器店に立ち寄ったのである。

 図星をさされ、チャティスは顔を真っ赤に染める。褒められるのは大好きだが、罵倒だったり、指摘だったりは大嫌いであるし恥ずかしいのだ。


「でもチャティスはその方式が世界最強だって」

「っ!? シャル!!」


 恥の上塗りをされそうになったチャティスは慌ててシャルの口を塞ぐ。だが、時すでに遅し。

 壊れやすい欠陥機構を世界最強だと言い放ったチャティスに向けて、大声で笑いだす。


「ふはっ! はははははっ! コイツは傑作だ!」

「っっっ!! あなた嫌い! 大っ嫌い!」


 チャティスはピストルをひったくると、憤慨しながら店を出ようとする。と、店員がこほんとわざとらしき咳き込んでチャティスを引き止めた。


「まぁお待ちを。お嬢さんのような天才少女に相応しい銃があるといったらどうする?」

「……ふん、このピストル以上に素晴らしいものがあるの?」


 店員の意味深な物言いに興味を引かれてチャティスは立ち止まる。

 天才少女に相応しい銃。そんなものがあると豪語するならば、一見する価値はある。

 天才は天才という言葉に弱いのだ。決してチャティスが迂闊な訳ではない。


「もちろん、お嬢さん……ほら」


 店員はカウンターの下からごそごそと箱を取り出して蓋を開いた。

 その中身に、チャティスははっと息を呑む。そう、まるで恋をしてしまった乙女の様に。

 木製パーツと金属パーツを組み合わせて作られた銃身が美しい。豪華な装飾が付与された銃杷は使い方次第では鈍器としても使えそうな重量感だ。

 着火装置と思われる部分には、鳥頭のような撃鉄と、用途不明の皿が備え付けられている。

 銃に熱心な視線を注いでいたチャティスは目をきらきらと輝かせ、先程の怒りはどこへやら、これは何!? と積極的に問いかける。


「世界最先端の方式、フリントロック機構を用いたフリントロック式ピストルだ!」

「フリントロック式……ピストル……」


 はぅ、と胸を射抜かれたようなとろける顔で、チャティスはまじまじとピストルを見つめる。

 その様子を全く理解できないシャルが、これのどこがいいのと背後で呟いたが、チャティスの耳には届かない。

 恋愛経験のないチャティスだが、今ははっきりと断言できる。

 ――今、私はこのピストルに恋をしている、と。


「これさえあれば――!」

「魔術師なんて敵じゃない! 少々反動が強いのが難点だが、それを補って余りあるメリットがこの銃にはあるぞ!」

「魔道を司らない人間が、表舞台に立つ時代が来る!!」


 きゃはー! と喜ぶチャティスと青年。その様子を遠目から眺めるシャル。

 チャティスの高揚は致し方のないものだ。チャティスは魔術師の中に傲慢な人間がいることを知っている。

 特に治癒魔術師は多い。アリソンで出会った魔術師はまだ良心的な方だ。

 チャティスは自分が幼い時に、魔術の使えない無能な人間だと父親をバカにした魔術師を未だに許していない。

 チャティスの父は全財産を投げ打って、頭まで下げて手伝ってくれと頼んだのだ。それをあのくそ魔術師は父を無能だと散々罵倒したあげく、無視してどこかへと行った。

 幸運なことにその後すぐ良心的な魔術師が見つかり、チャティスはその魔術師と父、村人たちのおかげでこうして生きている。


「魔術師なんざくそ喰らえ! あなたたちなんかピストルで一撃だよ!」

「そうだそうだ! 自分が魔術を使えるだけで調子に乗りやがって!」


 らんらんと飛び跳ねてその場をくるくると回り、喜びの舞いを踊ったチャティスは、じゃあさっそく、と金貨袋を取り出して会計を済ませようとした。


「おいくらかしら?」

「こいつは試作品だから金貨五十枚だ」


 そっかそっかー五十枚かーとチャティスはにこやかに笑い、


「そんな大金持ってないよ!?」


 と大声を出して驚愕する。

 金貨五十枚は下手をすれば小さな家が買えるのではというほどの大金だ。

 成り上がることを目標とするチャティスは、最終的にその程度の金額をポンと出せるぐらいは稼ぐ予定である。

 しかし、予定は予定。まだ成り上がってもないチャティスにとって、金貨一枚払うだけでも相当厳しい。

 困ったな、とがっかりした様子で呟くチャティス。

 そんな彼女に、青年は一つ提案を持ちかけた。至上の悦びを味わう手前と言った顔つきで。


「金を払わなくてもいい方法があるぞ、お嬢さん」


 きざったらしくウインクした店員にチャティスはホント? と目を輝かせる。

 店員はそれはな、と前置きし溜めに溜めて言い放つ。狼のような……ぎらついた瞳で。


「それはな……お嬢さんの身体で払うって方法だ!」

「う?」


 がっ! と店員はチャティスの両肩を乱暴で掴み、チャティスはハッとする。

 思い返せば、店に入った時から店員の態度はおかしかった。てっきり自分の容姿に見惚れてたのかと思ったのだが……まさにその通りだったらしい。

 銃器店の店員はチャティスに、正確には魅了に誘引され、彼女に性行為を迫る気満々だった。


「え、いやちょっと!」


 慌てて店員から逃れようとするチャティス。だが、店員はその細腕からどうやって、と驚いてしまうほどの怪力でチャティスを掴んで離さない。

 何が何でも逃すものか。瞳はそう語り、今この瞬間にもチャティスを犯し始めてしまっても違和感ないぐらいだった。

 ひ、と短い悲鳴を出すチャティスの目前にピストルが突きつけられる。


「お嬢さん……この銃が欲しいのだろう? この機会を逃せばいつ手に入るかわからない希少品だぞ? そう思えば身体の一つや二つ減るものでもあるまい?」

「い、いや……っ……へ、減るよ……」


 具体的に何が、とは言わないが乙女として大事なものが奪われることは必至。どれほど貴重なものだったとしても、チャティスの純潔とピストルでは見合わない。

 ごめんなさい無理です、と断ろうとしたチャティスを、カウンター越しに男が引っ張り上げる。


「きゃ!?」

「うるせえ! こうなったらもう押し売りだぁ! はい商談成立! 対価を支払え!」

「ひいいい無茶苦茶だよ!!」


 チャームのくそったれ! とチャティスは脳内で自分に付きまとう呪いを罵倒する。

 この男はチャティスが好きな訳でも何でもない。ただ魅了に頭をやられ、性的興奮を催してるだけに過ぎないのだ。

 生まれついての魔性の女チャティスの効力は凄まじく、店員はチャティスの外套を無理やりひったくる。

 すがるようにシャルへと目を向けるが、シャルは目の前で何が起こっているのか理解できておらず、変なことをしてるなぁと首を傾げるだけだった。

 孤立無援のチャティスは顔を赤面させながら、必死に店員を説得する。


「きゃあちょっと! 今ならまだ間に合うよ! 何もなかったことにしてあげるから!!」

「ふざけるな! もはや何だっていいんだ! そう例え今死んでも構わない! お前を犯せるのなら――!」

「や、やめ!! う、うわあああ!! クリス助けてえ!!」


 耐えられなくなりチャティスが叫ぶ。涙目になったチャティスの服を店員が一枚、また一枚と剥ぎ取りはじめ、あやうく全裸になりかけたその時。

 間一髪のところで壁をぶち壊しながらクリスが現れ、店員の腕を掴んだ。


「チャティスに触るな」

「うっいてえええええええ!!」


 情けない声を上げ、泣きわめく店員。

 瀬戸際で助けられたチャティスは腰が抜けたかのようにへたり込んだ。


「く、クリス~~!」

「何があった?」

「あ、う、それは」


 性行為を迫られた、とはなかなか言い難い。

 もっとも現場を見れば一発でわかりそうなものだったが、やはり乙女の口からは言いづらいものだ。

 と、語るにふさわしい言葉を選んでいるチャティスに追い打ちがかかる。

 とことこと近づいてきたシャルが、無邪気に、純粋に、とても不思議そうに、


「ねえチャティス」

「な、何?」

「身体で払う、ってどういうこと?」


 あまりにアレな質問にチャティスは口をぱくぱくさせた。

 頭の中で葛藤が繰り広げられる。素直に教えるべきか否か。

 もしここで教えなければ、シャルは良からぬことを企む下衆男の毒牙にかかってしまうかもしれない。

 いつ如何なる時も忘れることなかれ。男とは狼であり魔物である。

 だが、かといって下手に教えて、妙な興味を持たれても困る。

 むむぅと小さく唸ったチャティス。そんな彼女をクリスが呼んだ。

 なに? と顔を上げたチャティスは次に言われたクリスの言葉で顔を真っ赤に染め上げる。


「服を着たらどうだ?」

「え……? ッ!?」


 チャティスの服は乱れ、半裸状態になっていた。




「もうやだ……!!」

「チャティス、元気出して」


 しくしく泣くチャティスの背中をそっと優しくシャルが撫でる。

 聖母の如き笑みで自分を励ますシャルにチャティスは感極まって泣きつくのだが、


「ねえチャティス。さっきのあれって……」

「っ!? 今は何も聞かないで!!」


 できれば金輪際訊かないで欲しい。

 そう思いながら、チャティスは女々しくシャルの胸の中で泣いた。


「う、ん……」

「っ……いくらなんでも……! チャームってホント何なの? 私が可愛いってことならいいけどさ……違うんでしょ!?」


 チャティスの容姿はそこまで卑下しなければならないほど残念ではない。かつてクリスが言った時のように客観的に見れば可愛い部類に入るのだが、今のチャティスはお得意のナルシシズムを発揮することができず、まるで乱暴男に暴行を振るわれたかのように涙を流すばかりだった。

 近くに佇むクリスはと言えば、チャティスを励ますこともせず店員を監視している。

 店員も店員で俺は一体何をしていたんだろうとショックを受けた顔で凍りついていた。


「何だってんだ、一体……?」


 突然、困惑した声が“吹き抜け”から響く。

 急にかかった声にチャティスが顔を上げると、クリスが破壊した店の壁外に初老の男性が立っていた。

 職人のような出で立ちの親父が、壊れた壁を見てポカンとしている。

 呆けた表情のまま店内に入り、すぐさま泣き崩れているチャティスを一瞥すると、大声を張り上げる。


「おいロード! またお前だな!!」

「ひぃ!? おやっさん!!」


 ロードと呼ばれた店員が青ざめる。親父はクリスの脇を素通りしてロードの首根っこを掴むとカウンターへ放り投げた。


「このバカ野郎! またお客さんに色目でも使ったんだろ!!」

「ち、違う……違うって! ただそこのお嬢さんがあんまりにも魅力的だったから……」

「言い訳すんじゃねえ! どうすんだこれ!! 店がぶっ壊れちまったぞ!!」

「そ、それはぁ、そこの男がっ!?」

「言い訳するなって言ったろうがぁ!!」


 呆然とするチャティスたちの前で親父はロードをぼこぼこに殴り始める。ひあ、ふぐ、うお、などと素っ頓狂な悲鳴を上げたロードが轟沈し、カウンターの反対側へと盛大に落っこちた。

 親父はすぐにチャティスへと向き直ると、すまねえ! と大声で頭を下げる。


「うちの若いもんが失礼を! きちんと詫びをさせてくれ!!」

「わ、詫び?」


 戸惑いを隠さずにチャティスが尋ねる。

 親父はまずカウンターに置いてあったホイールロックピストルを見つめて、


「まずはこいつを無償で修理する。なかなか目にかかれない激レアもんだ。修理のしがいがあるってもんだ」

「で、でもその銃は欠陥品だって」


 チャティスが気絶しているロードを見やりながら言う。

 親父はそんなことはねえ、と頭を振って、


「確かに壊れやすいが、精度は抜群だ。狙撃用として一丁持っておくがいい」


 遠距離射撃には向くとは、無礼な店員ロードも言っていた。


「ありがとう、でもいいの?」


 おそるおそる上目遣いでチャティスが訊ねる。親父はもちろんと頷いて、


「むしろそれだけじゃお客さんに失礼だ。見たところ手は出してねえみたいだが、このくそ野郎にとんでもない目に遭わされただろう。だから、このピストルも持ってけ」


 カウンターに出されたままだったピストルを顎で示す店主。いいの!? 急に降ってきた幸運にチャティスは目を輝かし、ピストルの箱を手に取った。


「で、でも大丈夫……なんですか?」

「なあに、こいつの給料がなくなるだけだ」

「そんな……!! 後生だ、おやっさん!!」

「うるせえ! ところでそこの剣士は何か買わないのか?」


 親父はカウンターを叩いてロードを黙らせると、今度はクリスへと商談を持ちかける。


「……いや、火縄銃がある」

「言わなくてもわかってるだろうが、火縄式は天候に弱い。そして、魔術師相手にもあっさり使えなくさせられちまう。もう一丁買っておいた方がいい。何が起こるかはわからんからな」


 いいながら、店主は新しい箱を取り出した。ピストルの梱包に比べ箱が長いことから、マスケットタイプであることが推察できる。

 案の定、箱の中身はフリントロック式のマスケット銃だった。


「不発はあるが、やはりこいつが一番だ。他にも色々試作してるし、他国からもいい設計図が届いてるんだが、まだ開発途中でな。今提供できる最高の銃がこれだ」

「……」


 クリスは黙って受け取ると、全体を良く見回した。

 細部及び発射機構が違うものの、基本的には火縄式と大差はない。

 ただの人間ならばともかく、狂戦士であるクリスにとって必要不可欠な代物だとは到底思えなかった。


「いや、やはり必要ない」

「と言うと思ってな、これを付けて見ろ」


 店主は槍の刃先のようなものを取り出して、マスケットの先端に取り付ける。

 何も知らないシャルはハテナマークを浮かべていたが、チャティスはああ! と感服した声を出した。


「お? わかったか? これさえあれば銃の唯一の欠点をカバーできる」

「リロードタイムの自衛、だね!」


 近代の銃における最大の欠点は、その装填時間の長さにある。火縄式、剛輪式、そして新しい方式である火打ち式においても、装填から発射までかなりのラグがあるのだ。敵前の前でのリロードなど自殺行為であり、ふつう装填は物陰に隠れて行われる。が、その間銃兵は無防備になってしまうのだ。

 敵が外したところ狙う騎兵まで存在するくらいであり、銃兵の隣には必ずカバーする槍兵がセットだった。

 だが、この刀剣を差し込めば、話はだいぶ変わってくる。


「銃兵の傍の槍兵は、役に立たないことも多かった。護衛任務と言えば聞こえはいいが、敵が攻めて来なければ何もできないからな。だが、こいつが普及すれば、槍兵は必要なくなる。銃兵の護衛が銃兵でできるようになるからな」

「最初の銃剣はそれはひどい出来だったんだぜ? 銃口を塞いじまってただの槍もどきになっちまったからな! それをこの俺が改良して――」

「しゃべっていいなんて言ってねえぞ! ったく、まぁ、確かにこいつの言う通りではある。ソケット状にしてあるから、ちゃんと発射もできるんだ。後は慣れだな」


 試し撃ちをしてくるといい、と店主は壁穴の先を指さした。


「その間に俺たちはこいつを修理する。お嬢さんもピストルの試してくるといい。撃ち方は、まず撃鉄を起こして火皿を開けて、火薬を入れる。その後に銃口から火薬と弾丸を入れてバン、だ」


 店主の説明を聞いた後、チャティスは笑顔でありがとうおじさん! と言って、クリスと共に店を出た。

 その姿を見送った店主は嬉しそうに微笑んだ後、


「さて、仕事に取り掛かるぞ」

「え? タダ働きとかやってらんね、うわあああ!!」

「全部お前のせいだろうが、働け!」


 店主はロードを立たせると、工具で銃を分解し始める。

 と、ひとり残っていたシャルがちょこんとカウンター席に座り、興味深そうに顔を覗かせた。


「不思議だね。そうやって直すの?」

「も、もちろんさ、お嬢さん! 何ならこっちに来て……」

「バカ野郎! ま、暇なら見ていくがいいさ。どいつもこいつも魔術、魔術、でこういう職人業に興味を持つ奴は貴重だからな」

「おじさんは魔術師嫌いなの?」


 シャルの無垢な問いに、店主は微妙な表情となる。答えあぐねる店主に割り込む形でロードがもちろんさと回答した。


「あいつらは一般人をバカにしやがるからな! お前らはバカだ知恵遅れだなどとバカにしやがるくせにいざ頼るとバカみたいな金を請求してきやがる! あのくそ治療魔術師があんな値段を請求しなけりゃおやっさんの娘だって――」

「おいバカ。それ以上は言うんじゃねえ」


 店主が真顔でロードを諫めると、ロードはすみませんと委縮して頭を垂れた。


「……でも、みんながみんな悪い奴じゃねえんだ。良い奴もいるし、変な奴だっている。ほら、随分前にバーサーカーを治そうと奮闘してた魔術師がいたよな?」

「あぁ、俺がガキの頃来た人っすか? あの変態の」

「ああ。あの老人はいい人だった。……娘をタダで診てくれたよ。金は出すって言ってたのにいらないの一点張りだった……」


 シャルは一連のやり取りを聞き、へぇ、と感心深く相槌をうって、


「まるでチャティスみたいだね」


 と自分の初めての友達を思って、呟いた。

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