7話:関門
「は、恥ずかしいですが……気になさないでください。アル様から伺っていますし、全ては魔物を斃すため、なのでしょう?」
健気さは、ルークの手に込められた力を緩めた。イザベラの緑の瞳をルークは見つめることしかできなかった。男女の視線の交錯に、さらに割り込む言葉があった。
「ルーク様、魔剣については私もそれは理解しております……政の重要性も」
エカテリニがざらついた声とともに、ルークの拳に手をかけた。
ルークは手を離していた。二人の手の重みが、彼の腕を下ろさせた。しがらみにも似たそれを振り払う、抵抗の芽は不思議と生まれなかった。
「――すまない」
アルの言葉が聞こえる頃、ルークの怒りは鎮められていた。唐突に彼女に対する申し訳なさが湧きたった。
「いや、こちらこそ聞くべきだった――すまない。アル」
ルークはぎこちなく笑ってみせた。微笑みが上手く働くか自信を持てずにいたが、アルの表情に安堵した。
アルの緩んだ表情をこわばらせたものがあった。
ルークの背後に歩み寄った、ゾラの声だった。淡々と彼女は言う。
「とはいえ、私たちに相談してくれなかったのは、残念ですが」
ルークは肩越しに振り返った。目に映るゾラは腕を組み、目は半眼であった。彼女はことさら大きくため息をつき、それから微笑んだ。
「でももう話してしまったのですから、仕方ありませんね、アル?」
「す、すまない――」
「あ、あのゾラ様。アル様を責めないであげてください」
上目遣いに、イザベラがゾラを見つめた。宮廷魔道士の返答は、みじかな笑いだった。
「そうですね。ちょっと意地悪でした」
ゾラはイザベラに笑いかけると、表情をすぐに切り替えた。
「イザベラ様、エカテリニ様、協力をお願いいたします――それに斃す方法を考えましょう」
その場にいた全員が頷いた。
イザベラもエカテリニも魔物について、道中ですでにアルから聞かされていた。
「私が最後に説明を受けるわけですね」
ゾラは苦笑した。全員がルークの部屋の卓を囲み、お互いの顔を見やる中でのことであった。アルとルークが先の戦闘について口を開くなか、ゾラはただ沈黙した。
始めてゾラが口を開いたのは、放浪の鷹たちが沈黙してからであった。
「厄介ですね……まさか足を自分で落とすなど。以前対峙した放浪の鷹からはそのような報告はなかったはずですが」
「とはいえ、そこまで魔物を追い詰めた――と言う事では無いでしょうか、ゾラさん」
エカテリニがゾラを取りなすように言った。アルが頷いた。眉間には皺が寄っていた。
「そのようにも見える。脚を切り落としても、ああも再生されるようでは本体にまで届かない」
「確かにそうだな――それでは、エカテリニ様とイザベラ様にご協力をいただいても、ご苦労をかけさせることになってしまう」
ルークは言い、唇の内側を噛んだ。脚を切る、自切する、再生した脚を再び切る。堂々巡りにも似た戦術では、持久力の面で明らかに人間が不利であった。クフィヤトの柄頭を撫で、ルークは魔剣を忌々しく思った。
――なぜ、これはここまでの苦難を与えながらなお、役に立たないのだ。
いま自身の身の回りにいる女性達を、魔剣の力のために使う。最大の苦難に対し、それでもなおルークは答えを持てずにいた。
我知らず腰のクフィヤトに目をやったルークに、エカテリニの言葉が響いた。
「――脚を切り落とし、本体を地に降ろす、と言う考え方でもよろしいのでしょうか?」
「どういうことだ――どういうことですか、エカテリニ、様」
ルークが顔を上げると、アルがエカテリニを見つめ、咳払いをしていた。
エカテリニは茶褐色の口元に手を当て、卓の木目を見つめていた。卓に近寄った結果、三十路の熟れた女が有する双丘は、卓の上に乗せられていた。軟らかな脂肪の塊は卓の上に広がりその形を水のように変えている。
エカテリニが続けた。
「つまり……全ての脚を切り落とさずとも、本体が剣の届く箇所にまであれば、それで十分なのでは、と。そう思ったのです」
「――どういうことですか、先生っ?」
「イザベラ様、私たちもあの魔物をみましたが、足はたくさんあります。それでも一本一本は本体に対して細いものでした」
ゾラが息を飲んだ。椅子に座り直すと、彼女の下半身の双臀により、椅子が音を立てた。
「――つまり、ある程度足を落とし、平衡を崩させる。そういうことだと?」
エカテリニの返答は微笑みだった。しかし、眉は下がっていた。
「戦術などには詳しくのない、行き遅れの思いつきなのですが」
「いえっ、エカテリニさん、良い考えに思えますっ」
ゾラは興奮のていで卓に手を乗せ、身を乗り出した。
「一定の足を落として、崩す……それができれば、斃す確率が上がります」
「で、でもゾラ様。それは――ルーク様の身体に負担がかかるのでは?」
イザベラは言葉は小さくあった。こちらへちらちらと視線を送る乙女に、ルークは努めて笑った。
「イザベラ様、気にしないでください。私は――正しいことの為になら、多少の苦労は厭いません」
期せずして魔剣の銘と同じ言葉を発したことにルークは顔をしかめた。イザベラの表情が僅かに曇る。
「あ、あの――? ルーク様、どうされましたか」
「あ、いえ。お気になさらないでください」
苦笑するルークの横で、アルが口を開いた。
「イザベラ様。心配はわかりますが、ルークも放浪の鷹だ……です。それに、私が彼を守ります」
絶対に、とアルは最後に付け加えた。
幾つかの戦術についてルーク達は話したのち、やがて誰とも無く口を閉ざし始めた。戦術についての主軸は固まり、話題が無くなったためであった。
しかし、関門は一つだけある。




