四つ目の国
三か国による協定が結ばれてから、半年が過ぎた。
国境を越える人間は少しずつ増えていた。商品も以前より早く届くようになり、企業も三か国をまたいで活動するようになっている。道路や港の整備も進み、三か国の経済は確実につながり始めていた。
だが、ヴィクターには一つの問題が見えていた。
三か国それぞれと、個別に協定を結んでいる。
関税も、輸送も、入国手続きも、それぞれ違う。
「このままでは、国が増えるほど面倒になる」
盟友が地図を見る。
「四つ目か?」
「ああ」
ヴィクターが指を置いたのは、三か国のさらに西にある国だった。
人口は多い。資源もある。そして、地域最大級の港を持っている。
ただし、三か国との関係は良くなかった。過去の国境問題も残っている。
「ここは簡単じゃないぞ」
エリアスが言う。
「分かってる」
ヴィクターは答えた。
「だから、最初は政治の話をしない」
「何を話す?」
「商売だ」
数週間後、使節団がその国へ向かった。
最初から大きな協定を求めることはしなかった。
港を使わせてもらう。
三か国から商品を提供する。
輸送路を整備する。
企業が互いの国で活動できるようにする。
相手国も最初は警戒していた。
「我々に何を求めている?」
「港です」
「それだけか?」
「まずは、それだけです」
ヴィクターは資料を開いた。
「あなた方には港がある。我々には工業製品がある。三か国には農産物や資源があります」
「互いに持っているものを使えば、全員が利益を得られる」
相手の代表は資料を見る。
「我々の企業が不利になる可能性は?」
「あります」
ヴィクターは隠さなかった。
「だから、最初から全部を開放しない。分野を限定する。問題があれば見直す」
「利益が確認できれば、次へ進む」
相手の代表はしばらく考えた。
「……現実的ですね」
「理想だけでは国は動かない」
その言葉に、相手の代表が初めて笑った。
協議は進んだ。
そして。
数か月後。
四か国による貿易協定が結ばれた。
港が開く。
道路がつながる。
企業が進出する。
人の往来も増える。
四か国の経済は、一気に近づいた。
だが。
協定を実際に運用し始めると、別の問題が出てきた。
「国ごとに書類が違います」
「関税の計算方法も違う」
「電力の規格も統一されていない」
「技術者の資格も、国によって扱いが違います」
ヴィクターは報告書を読む。
国が増えれば。
協定だけでは追いつかない。
その日の会議で、一人の代表が口を開いた。
「一つずつ決めるより、共通のルールを作った方が早いのでは?」
ヴィクターが顔を上げる。
「共通のルール?」
「関税」
「通関」
「企業活動」
「技術者の資格」
「人の移動」
別の代表も続けた。
「道路や港の規格も、最初から合わせておけばいい」
会議室が静かになる。
ヴィクターは地図を見る。
四つの国。
国境は残っている。
政府も違う。
それでも。
必要としているものは、ほとんど同じだった。
「……それなら」
ヴィクターが言った。
「国ごとに別々に作る必要はない」
「共通の仕組みにしよう」
そこから。
新しい協議が始まった。
関税をさらに下げる。
通関手続きを簡素化する。
企業が国境を越えて活動できるようにする。
学生や研究者が移動しやすくする。
技術者や医師の資格を相互に認める。
道路、港、電力、通信についても共同計画を作る。
まだ。
「連邦」という言葉は使わなかった。
だが。
やっていることは、すでに一つの地域を作るためのものだった。
数か月後。
四か国による共同市場が発足した。
各国の首脳が並ぶ。
その前には、一枚の共同宣言が置かれていた。
「国境は残す」
「政府も残す」
「文化も残す」
「しかし、経済と人の流れは、できる限り一つにする」
ヴィクターは、その文章を読んだ。
盟友が聞く。
「これって、もう半分くらい連邦じゃないか?」
ヴィクターは少し笑った。
「まだだ」
「何が足りない?」
「国が増えた時に、同じ仕組みで受け入れられることだ」
エリアスが理解する。
「つまり、最初から大きくする?」
「ああ」
ヴィクターは地図を見る。
「四か国だけの仕組みにしたら、四か国で終わる」
「だから?」
「最初から、もっと多くの国が参加できる仕組みにする」
その直後。
別の国から連絡が入った。
「我々も参加を検討したい」
ヴィクターが顔を上げる。
「五つ目か」
盟友が笑う。
「早いな」
「いや」
ヴィクターは地図を見る。
「この地域には、まだ国がある」
地図には。
いくつもの国が並んでいる。
どの国も。
必要としているものは似ている。
エネルギー。
道路。
港。
市場。
人材。
資本。
そして。
安定した未来。
「なら」
ヴィクターは言った。
「最初から、みんなが入れる場所を作る」
この日。
四か国の共同市場は。
単なる貿易協定ではなくなった。
参加国が増えても対応できる。
共通の制度を作る。
共通の市場を広げる。
そして。
国境を残したまま。
一つの地域として動く。
まだ名前はない。
だが。
後に「連邦」と呼ばれる仕組みの土台は。
すでに作られ始めていた。
その頃。
日本では。
黒崎が庭で土を耕していた。
テレビでは。
四か国共同市場のニュースが流れている。
「また大きくなったね」
美咲が言う。
「ああ」
「投資先としては?」
黒崎は少しだけ考えた。
「面白い」
「政治には興味ないんじゃなかった?」
「政治には興味ない」
黒崎は土をならしながら答えた。
「でも、人と金が動けば企業は動く」
それだけ言って。
黒崎は再び庭に目を戻した。
世界のどこかで。
新しい地域が作られ始めている。
その中心にいるヴィクターは。
まだ知らない。
この仕組みが。
数年後には。
いくつもの国を結ぶ巨大な連邦へ成長することを。




