変化
「これからは、会社を支配する」
黒崎が言った。
「……」
四人が黙った。
「え?」
思わず、一人が聞き返した。
黒崎は不思議そうに顔を上げる。
「聞こえなかったか?」
「いえ、聞こえました」
「ならいい」
黒崎は手元の資料に視線を戻した。
四人はまだ動かない。
これまでの黒崎は、企業へ投資してきた。株価を見る。業績を見る。技術を見る。土地を見る。人を見る。そして、価値があると思えば金を出す。
時には大きな株式を取得することもあった。だが、それでも基本的には投資家だった。経営そのものに深く入り込むことは少なかった。
「……どうしてですか?」
一人が尋ねた。
黒崎はすぐには答えなかった。資料を眺めながら、少し考える。
「どうして……か」
しばらくして、黒崎が口を開いた。
「今まで、会社を買っても、その会社がどう動くかは経営者に任せていた」
「はい」
「それで上手くいった会社もある」
「はい」
「でも、上手くいかなかった会社もある」
四人は黙って聞いている。
「金を出して、技術を手に入れて、人も手に入れて……それなのに、自分たちの思ったように動かないことがある」
黒崎はそこで一度言葉を止めた。
「当たり前なんだけどな」
小さく笑う。
「会社は、株を持ってるだけじゃ動かない」
その言葉は、独り言に近かった。
黒崎自身が、これまでの投資を振り返っているようだった。
「だったら」
黒崎が顔を上げた。
「自分で動かせるようにすればいい」
四人の表情が変わる。
「会社を支配する、ということですか?」
「ああ」
黒崎は頷いた。
「全部を一から作る必要はない。すでにある会社を買えばいい。必要な技術があるなら、その会社を押さえる。人材が必要なら、人材を持っている会社を押さえる。物流が必要なら、物流会社を押さえる」
黒崎は一つずつ言葉にしていく。
「そうすれば、投資した金が、ただの株券で終わらない。会社そのものが、俺たちの力になる」
四人は何も言わなかった。
黒崎は、そこでふと東方カンパニーの資料に目を向けた。
「東方カンパニーもだ」
「……東方カンパニー?」
「ああ」
「今は黒崎さんが筆頭株主ですが……」
「だから、そこから始める」
黒崎は資料を手に取った。
東方カンパニー。
黒崎が作った会社ではない。長い時間をかけて株式を買い集め、いつの間にか筆頭株主になった会社だ。
これまでは、それで十分だった。
会社が利益を出している。株価も上がっている。配当も入る。それなら無理に経営へ踏み込む必要はない。
そう考えていた。
だが、今は少し違う。
「東方カンパニーを、投資会社『黒崎』の直接支配下に置く」
黒崎は言った。
「そして、そこを中心にして、さらに会社を増やす」
「……」
「投資会社『黒崎』そのものを大きくする」
四人の一人が、思わず呟いた。
「本気なんですね」
黒崎は少し考えた。
そして、静かに答えた。
「……たぶん、前から考えていたんだと思う」
自分でも、少し意外そうだった。
「ただ、言葉にしてなかっただけだ」
その言葉を聞いて、美咲は黒崎を見る。
確かにそうかもしれない。
黒崎は昔から、何かを一度に大きく変える人間ではなかった。
一つ買う。もう一つ買う。必要になれば、また買う。
気がつけば、それが積み重なっている。
土地も。株も。会社も。技術も。人も。
いつの間にか、最初に考えていた規模をはるかに超えている。
それなのに本人は、それを特別なことだとは考えていなかった。
今回も同じなのかもしれない。
ただ一つ、これまでと違うのは、「所有する」だけではなく、「動かす」というところまで考え始めたことだった。
美咲は黒崎を見ながら、ふと思った。
最近、少し変わった。
でも、別人になったわけではない。
むしろ逆だ。
今まで黒崎の中にあったものが、少しずつ形になってきている。
そして今日、それが初めて、はっきりとした言葉になった。
「……こんな生きた言葉が出てくる人だったんだ」
美咲が小さく呟く。
「何か言った?」
「何でもない」
美咲は笑った。
黒崎は首を傾げた。
そして、また資料へ目を戻す。
「東方カンパニーの支配権を取るには、あとどれくらい必要だ?」
四人が顔を見合わせる。
「調べます」
「頼む」
黒崎はそう言った。
その声には、以前にはなかったものがあった。
強い意志。
それでも本人にとっては、特別な決意というほどのものではない。
ただ、今まで積み重ねてきたものを見て、
「なら、次はこうすればいい」
そう思っただけだった。
その小さな変化が、やがて投資会社『黒崎』の姿を大きく変えていく。




