世界の動揺
第一号炉が完成してから、数年が過ぎた。
自由技術研究院では、研究が止まることはなかった。
ただし。
研究院にいる人間の多くは、海外から来た天才研究者ではない。
アランが作った学校。
そこで学んだ若者たちだった。
数学。
物理。
化学。
AI。
半導体。
材料工学。
航空宇宙。
エネルギー。
普通の学校では、まだ高校生や大学生として扱われる年齢の若者たちが、研究院では研究者として実験を行っていた。
もちろん、最初から世界最高の研究ができたわけではない。
失敗する。
計算を間違える。
実験に失敗する。
アランに怒られる。
「そこ、計算が違いますよ」
「え?」
「もう一回」
「はい……」
そんな日々の繰り返しだった。
しかし。
彼らには、一つの共通点があった。
自分で考えることをやめなかった。
「どうして?」
「本当にそうなの?」
「別の方法なら?」
アランの学校で学んだことを、そのまま研究でも続けていた。
数年。
さらに数年。
最初はアランの後ろについていた若者たちが、少しずつ自分たちで研究を始めた。
そして。
ある日。
一人の若い研究者がAIの研究室で声を上げた。
「これ、もっと速くできます」
「何を?」
隣の研究者が聞く。
「学習方法です」
「どうやって?」
「今までの方法だと、必要な情報を全部覚えさせています。でも、重要な情報だけを自分で判断させれば……」
画面が切り替わる。
「処理速度が上がります」
実験が始まった。
結果は。
予想を超えていた。
「……速い」
「前の三倍です」
「もう一度」
再実験。
同じ結果。
その報告を聞いたアランは、少し笑った。
「自分で見つけましたねぇ」
「はい」
「じゃあ、次はもっと速くしてみましょう」
「え?」
「できそうでしょう?」
若い研究者は少し考えた。
「……やってみます」
それが。
次の世代だった。
研究院の技術は、一人の天才だけで進んでいるわけではなかった。
アランが作った教育。
そこで育った若者。
その若者たちが、さらに次の研究者を育てる。
知識が。
世代を越えて積み重なっていく。
そして。
AIは異常な速度で進歩していった。
最初は研究補助だった。
論文を読む。
実験結果を整理する。
計算する。
しかし。
やがて。
世界中の公開情報を分析するようになった。
企業。
研究機関。
経済。
衛星画像。
交通。
通信。
ニュース。
それらを組み合わせる。
「この企業、三年以内に事業を縮小する可能性があります」
「なぜ?」
「設備投資、人材、資金調達の三つです」
「……当たってる」
そんなことが増えていった。
さらに研究が進む。
AIは、公開情報だけではなく、世界各国から流れてくる膨大な情報を分析するようになった。
断片的な情報。
周辺情報。
公開されている資料。
通信の変化。
企業活動。
それらを組み合わせることで、外部からは分からない情報まで推測できるようになっていった。
「これ……」
若い研究者が画面を見る。
「機密情報まで推測できるんじゃないですか?」
別の研究者が答える。
「かなりの確度で復元できると思います」
研究室が静かになる。
できることと。
やっていいことは違う。
研究院は、無制限に各国の情報を探ることを禁止した。
ただ。
その技術が存在するだけで。
世界の情報格差は変わり始めていた。
一方。
核融合炉の研究も進んでいた。
第一号炉は巨大だった。
しかし。
「もっと小さくできます」
若い研究者が言った。
アランが振り返る。
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、やってみましょう」
研究が始まった。
装置を小さくする。
材料を見直す。
制御を改善する。
失敗する。
また作る。
また失敗する。
それでも。
少しずつ。
小さくなっていった。
そして。
数年後。
一人の若い研究者が資料を持ってヴィクターのもとへ来た。
「完成しました」
「何が?」
「小型核融合炉です」
ヴィクターが資料を見る。
「どのくらい小さい?」
「大型船舶に搭載できます」
ヴィクターの手が止まった。
「船に?」
「はい」
「長期間、安定して動かせます」
ヴィクターは資料を読み込んだ。
船舶に搭載できるほど小型化された核融合炉。
それは、単なる発電技術ではない。
海運そのものを変える可能性がある。
大型貨物船。
資源輸送。
研究船。
長距離航行。
燃料補給の概念すら変わっていく。
「……また世界が変わるな」
ヴィクターが呟く。
若い研究者は少し笑った。
「アラン先生にも、そう言われました」
ヴィクターは研究者を見る。
「先生?」
「はい。僕たちは、みんなアラン先生の学校から来ていますから」
ヴィクターは少し黙った。
昔。
アラン一人がこの国へ来た。
そして。
今では。
そのアランから学んだ若者たちが、新しい技術を作っている。
それは。
ヴィクターが最初から望んでいたものだった。
外国の技術を買うだけではない。
自分たちで技術を作る。
そして。
次の世代へ渡す。
その一つの成果が。
今、目の前にあった。
そして。
航空宇宙部門でも研究が進んでいた。
「ステルス性能が、従来の技術を大きく上回っています」
若い研究者が説明する。
新素材。
機体構造。
電波反射の制御。
熱や音への対策。
複数の技術を組み合わせることで、既存の航空機では考えられなかったレベルの探知回避性能が実現していた。
「既存のレーダーでは?」
「探知が難しくなっています」
「どの程度?」
「従来型とは比較になりません」
ヴィクターは資料を見る。
「これは攻撃のためか?」
「違います」
若い研究者が答える。
「連邦の領空を守るためです」
ヴィクターは頷いた。
研究院が作っているのは、単なる武器ではない。
エネルギー。
情報。
素材。
半導体。
AI。
航空宇宙。
それぞれの研究が、別の研究を押し上げている。
そして。
その中心にいるのは。
世界中から集まった研究者ではない。
この国で育った若者たちだった。
ある日。
ヴィクターは研究院の幹部たちと会議をしていた。
「今。
連邦は。
どこまで来ている?」
若い研究者たちは、すぐには答えなかった。
やがて。
アランが口を開く。
「かなり先まで来ましたねぇ」
「世界の中で?」
「はい」
アランは少し考える。
「たぶん、誰も知らないくらい」
ヴィクターは黙った。
世界最高水準の技術を持っている。
しかし。
世界は、それを知らない。
アメリカも。
中国も。
他の国々も。
連邦がどこまで進んでいるのか知らない。
そして。
連邦自身も。
研究院の若者たちが、次に何を作るのか。
完全には分からない。
ヴィクターは窓の外を見る。
街には普通の生活がある。
工場。
学校。
病院。
道路。
人々の生活。
その地下で。
この国で育った若者たちが。
世界を変える技術を作っている。
「……まだ隠しておく」
ヴィクターが言った。
「はい」
アランが答える。
「その方が面白そうですし」
ヴィクターは少し笑った。
連邦は。
世界に対して。
何も宣言しなかった。
ただ。
技術を作り続けた。
そして。
気づかないうちに。
自分たちで世界最高水準の技術を生み出せる国へと変わっていた。
それは。
アラン一人の功績ではない。
アランから学んだ若者たち。
その若者たちから学ぶ、さらに若い世代。
知識が。
人から人へ。
世代から世代へ。
受け継がれていく。
その積み重ねが。
連邦を変えていた。




