二人の誕生
その年、世界では二人の男が生まれた。
一人は、西の果てにある小さな国で。
もう一人は、東の島国、日本で。
二人の間に面識はない。
血縁もない。
生まれた場所も、家も、親も、何もかも違った。
ただ一つだけ。
二人は、同じ日に生まれた。
西
夜だった。
遠くで爆発音が響いた。
窓ガラスが震える。
「また始まった……」
父親は窓から外を見た。
街の向こうに、赤い光がいくつも浮かんでいる。
砲撃だった。
この国では、珍しいことではない。
政府軍と反政府勢力の戦闘。
それに乗じた外国勢力。
武装した民兵。
略奪を繰り返す犯罪組織。
誰が敵で、誰が味方なのか。
もはや誰にも分からなかった。
「あなた」
妻の声がした。
振り返る。
粗末な病院のベッド。
その上で、妻が汗だくになっている。
そして――
小さな赤ん坊が泣いていた。
「男の子です」
医師が言った。
父親は呆然とした。
外では銃声が鳴り続けている。
それでも、赤ん坊は元気に泣いていた。
父親は震える手で、その小さな手を握った。
「名前……」
妻が息を整えながら言う。
「決めてたでしょう?」
「ああ」
父親は赤ん坊を見た。
そして名前を告げた。
その名前は、後に世界中の人間が知ることになる。
――勇者と呼ばれる男の名前だった。
東
同じ頃。
日本。
こちらは静かな夜だった。
救急車が一台、病院の前に停まる。
「間に合ったな」
父親が息を吐いた。
会社帰りだった。
ネクタイは曲がり、シャツには汗がにじんでいる。
「今日、残業だったの?」
妻が聞く。
「うん。部長がさ……」
そこまで言って、父親は笑った。
「まあいいや。今はそれどころじゃない」
病室の中から、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
医師が出てくる。
「おめでとうございます。男の子です」
父親は目を細めた。
「ありがとうございます」
母親は疲れ切った顔で、それでも笑っていた。
「抱いてみる?」
「ああ」
父親は恐る恐る赤ん坊を抱き上げた。
軽い。
驚くほど軽かった。
「小さいな」
「当たり前でしょ」
妻が笑う。
父親も笑った。
窓の外には、東京の夜景が広がっていた。
街には明かりが灯り、道路には車が走っている。
コンビニには人が入り、電車は時間通りに走っている。
遠い西の国で戦争が起きていることなど、この病室には関係なかった。
「名前は?」
看護師が尋ねた。
父親は答えた。
ごく普通の日本人の名前だった。
後に世界中の新聞に載ることになる名前。
しかし、この時は誰も知らない。
この赤ん坊が、
「東の魔王」
と呼ばれることになるなど。
十五年後
西。
少年は銃を持っていた。
目の前には、焼け落ちた村。
その日、彼は初めて人を殺した。
震える手で銃を下ろす。
「怖いか?」
隣にいた男が聞いた。
少年は答えなかった。
ただ、焼け跡を見つめていた。
そして決めた。
二度と、自分の家族のような人間を奪わせない。
それが、彼の戦いの始まりだった。
東。
青年は満員電車に乗っていた。
二十二歳。
スーツ姿。
右手にはスマートフォン。
左手にはコンビニで買ったパン。
「眠い……」
電車が揺れる。
会社に着けば仕事が待っている。
上司。
書類。
会議。
残業。
どこにでもいる普通の若者だった。
その日の帰り道。
彼は駅前の書店に立ち寄った。
経済雑誌を手に取る。
株式市場の記事。
その中に、一つの小さな会社の記事があった。
誰も注目していない会社。
株価も安い。
青年は記事を読み終えると、少し考えた。
「……これ、面白いな」
その週末。
彼は初めて株を買った。
三十万円。
人生で初めての投資だった。
それが、
世界を変える三十万円になる。
そして西では。
少年が初めて銃を握った。
東では。
青年が初めて株を買った。
二人とも、
自分の選択が世界を変えることなど知らなかった。
この時、
世界人口は約八十億人。
二人は、その中のたった二人に過ぎなかった。
だが――
この二人の人生によって、
世界はやがて、
東と西に分かれることになる。




