耽美とBL・1
「あの大物俳優がね、BL演りたいって言ってるんだよ」
「へ~」
「でね、ここはひとつBLドラマで立て続けにヒットを飛ばしてる駒茅根そわれ先生に是非台本をと」
「お断りします」
「駒茅根さ~ん」
すげなく断る駒茅根そわれに、一時代を築いたこともあるベテランプロデューサーは泣きついた。
駒茅根そわれは売れない脚本家であった。深夜枠のドラマの何話かや再現ドラマの仕事をちょこちょことこなすぐらいの誰も知らない脚本家であった。
それが1本のBLドラマの脚本を書いたことで注目を浴びることとなる。
もともとBLドラマを作りたくて脚本家を目指していた駒茅根そわれである。
初めて舞い込んだ全話オリジナルのドラマの仕事。しかもBL。昼も夜も心血を注ぎ書き上げた台本は自分で言うのもなんであるが、後世に残るであろう名作になったと自負していた。
実際ドラマはヒットした。ベテランの俳優陣が脇を固め、才能豊かな監督がメガホンを取った。のだろうと駒茅根そわれは納得しようとしている。
だが悲しいかな実写BLドラマの運命。主演は若いアイドル俳優であった。
いや。いいのだ。若い俳優でもアイドルでも元戦隊ヒーローでも別にいいのだ。演技さえ上手ければ。
駒茅根そわれが初めて任されたBLドラマを、完全オリジナルにしたにはわけがある。
これまでにも多数原作付きBLドラマは作られてきた。しかしどれもこれも、なんだろうこれは……?という疑問が浮かび上がるほどのぎこちなさがあった。
演技力がないのか、それともわざと大根に演じているのか。
変な間とか過剰な感情表現などは、マンガじゃないから違和感があるのか、マンガやライトノベルだから受け入れられるのか。いや、そもそも実写ドラマ化した時点で別の表現方法に変えればよかっただけの話ではないのか。
その先に透けて見えるのが「腐女子ってこういうのが好きなんでしょ?」「こういうことやってれば喜ぶんでしょ?」「原作通りにしないとイメージ壊したとか言って怒るんでしょ?」などというバカにしてニヤついた男たちの顔。いやそれ原作通りにしてるつもりだったら相当間違ってるし、それに気づいてない段階でドラマそのもの間違えてるし。
ファンを悲しませないためにも敢えてオリジナルの道を選び、多少イメージを壊されても大丈夫なように過度なラブシーンは入れず作り上げたBLドラマ。原作が無い分視聴者も入りやすかったのか好意的に受け止められ、一定の評判を得られた。
が。主演若手俳優のあの演技である。なんか少女漫画焼き直しただけのベタついた話書いたみたいになってんじゃん私が、と駒茅根そわれの鳥肌は引かない。だが、主演俳優たちのファンが喜んでいるのもまた然りなのである。同じ腐女子でも好みは千差万別。終わり良ければ総て良しとして、駒茅根そわれは剥けそうになった牙を収めたのである。
なので次に来た仕事で挽回を図ろうとした。
脇のベテラン俳優が助けになるのなら、主演をベテラン俳優に演じて貰えばいいのだ。
駒茅根そわれの読みは当たり、中堅サラリーマン物のBLドラマは大ヒットする。駒茅根そわれはたちまち知る人ぞ知る、BLドラマ界の寵児ともてはやされ出したのだ。
エンターテインメント業界の悪い癖でドラマがヒットすると第二弾もしくは映画を作ろうなどと盛り上がる。もれなく駒茅根そわれのところにもその話がやってきたが、駒茅根そわれはどうせなら続編ではなく新作で書きたいと言ったのだ。それを聞きつけたのが、件の有名俳優だった。
シンガーソングライターの顔も持つその俳優は2年に一度ドームツアーをこなし、某国営放送の朝ドラでも週末の歴史ドラマでも主演を張ったことがある超大物である。主演ドラマは数え切れず、彼でなければという固定のキャラクターもいくつか持っている。そんな彼が何故今さらBLドラマに。
「なんかファンに聞いたらしくて。『最近BLって流行ってるんですよ~』って」
「はあ」
恐ろしい時代だなと駒茅根そわれは思う。BLという言葉が市民権を得る時代になったとは言え、やすやすと何も知らないであろう自分の推しに『BL』という言葉を浴びせかけるとは。
「『ぜひBLドラマに出て欲しいです~』って」
駒茅根そわれは気を失いそうになった。今どきの子は『ナマモノ』というルールを知らんのか。そんな線引きも取っ払われた時代になったのか。多様性なのか。これが多様性の波というやつなのか。
「で、全然BLとか知らなかったその俳優、周りの人に教えてもらっていろいろ本とかドラマとか見て勉強したみたいで」
見るな見るな勉強とかすんな。駒茅根そわれは倒れそうになる身体を必死に支え、聞きたくもない話に耳を傾ける。誰だ本読ませた奴出て来い。どの本から読ませた。ちゃんと順番通りだろうな。BLには古い歴史があるぞ。BLがBLじゃなかった時代、耽美と呼ばれていた時代から学ばなければそれは勉強したとは言えないからな!
「是非自分でも演じてみたいと」
何故そうなる。駒茅根そわれはとうとう会議室の長テーブルに突っ伏した。
「で、いろんなBL本を読んでみた結果、やっぱりちょっと原作物はファンのイメージを壊したくないということで」
なるほど。少しはわかっているらしいな、と駒茅根そわれは感心し起き上がる。わかってない作り手が安易に手を出しがちな青春物でも一歩間違えると大事故になる。安牌を狙ったサラリーマン物でさえ踏み間違えれば炎上ではなく永久凍土と化す。年季の入ったファンほど騒ぐのではなく無言で抗議する。無視ほど怖い拒絶は無い。
「ここはひとつ完全オリジナルで話題となった駒茅根そわれ先生にご尽力いただきたいとご指名が」
「お断りします」
そして冒頭に戻るのだった。
地位も名声もある俳優である。なんで今さら元戦隊ヒーロー、あるいは新人アイドルの俳優への登竜門とも言われる深夜のBLドラマに出たがるのか。そう、深夜なのだ。深夜の30分ドラマ枠からBLドラマは未だに抜け出せずにいるのだ。
「あちらとしては駒茅根そわれ先生が書いてくださるなら月9枠でも金曜10枠でも開けると言ってくださってますが」
「バカなの?」
駒茅根そわれは唖然とする。なんで主演が大物俳優になるからっていきなりドラマのゴールデンタイムにBL放り込めるの。順番ってものがあるでしょう。腐女子だって腰抜かすわ。
「ご不満なら日曜劇」
「やめて、聞きたくない、バカなこと言わないでください」
かかってもないプレッシャーで吐きそうになって駒茅根そわれは真っ青になる。
「先方は駒茅根そわれ先生のドラマも随分熱心にご覧になったみたいで、先生のBLに掛ける愛情も充分ご理解いただけたみたいでして」
持ってる太鼓の打ち方が絶妙に癪に触って駒茅根そわれは鼻白む。男というのはこれである。「こう言えば喜ぶんでしょ?」ブスとバカは豚と同じ扱いだ。おだてればどんな高いに木にも上ると思っている。
「是非とも先生と一緒に、もっと大勢の人に楽しんでもらえるBLドラマを作りたいと」
「申し訳ありませんが、私では荷が重いのでお断りします」
駒茅根そわれは深々と頭を下げた。
「先方様ぐらいの実力のある俳優さんであればわざわざBLに出なくとも、きっと質の高いクイア映画からのお話が来ると思います。是非そちらでのご活躍を期待しておりますとお伝えください」
駒茅根そわれは断固拒絶の微笑みを顔に張り付けた。




