第十六話 特別で、とても大切な
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
私は鈴木さんが好きだ。
自分の気持ちが、はっきりと分かった。
そして、何よりもまず、優真くんに、その事を伝えなきゃいけないと思った。
メッセージアプリで優真くんに、『週末に会えないかな?』と連絡を入れる。
『うん。大丈夫だよ。』
『家に迎えに行こうか?』
連絡してすぐに二通、返信が来た。
内容を読んで、私はこれから、この大切な繋がりを終わらせないといけないんだと思い、自分勝手なことだと思うけれど、胸がキュッと痛んだ。
『ううん、大丈夫。直接待ち合わせしよう。』
今回は彼に車を出してもらうのは違うと思い、断った。
返す時、緊張で指が少しだけ震えた。
けれど、彼のことが大切だからこそ、誠実に向き合って、気持ちをちゃんと伝えたいと、そう思った。
行きつけのカフェに集合する事を決めて、その日は早めにベッドに入った。
*
週末、待ち合わせのカフェに着くと、奥の窓際の席に、もう優真くんは座っていた。
マグカップを両手で包むように持って、ぼんやり外を見ている横顔を見て、ちょっと胸が痛くなった。
心を落ち着ける為に小さく息を吸って、吐いて。
私は、優真くんの座る席へ向かった。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「ううん。大丈夫。俺がちょっと早く着いちゃっただけだから」
そう言って微笑む優真くんは、いつも通り穏やかで、でもいつもよりどこか辛そうにも見えて、胸がまたキュッとした。
コーヒーを注文して、向かい合う。
いつもは気にならない沈黙が、今日はとても重たい。
意を決して口を開こうとした時、優真くんが、先に口を開いた。
「改まって呼び出されると、ちょっと緊張するね」
冗談めかした言い方。
だけど、目は笑っていなかった。それに、やっぱり少し寂しさを宿していた。
「……うん」
頷いたタイミングでコーヒーが届いた。
私はコーヒーを一口飲んで、カップを置く。
そして、一度視線を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
「優真くん、あのね。…… この前の告白のことなんだけど」
声が、少しだけ掠れた。
「告白してくれて、すごく驚いた。でも……嬉しかったよ」
優真くんが静かに頷く。
「私、優真くんとはずっと親友だって思ってたから。恋愛的な気持ちを向けてもらってるなんて、全然思ってなくて……」
一拍、置いて。
「本当にごめん」
胸の奥が、じわりと痛む。
「優真くんのこと、本当に大好き。本当に大切で、失いたくない。……だけど、この気持ちは、恋じゃない」
言葉にした瞬間、喉が詰まった。
「他に、好きな人がいるの。だから……付き合うことは、できない」
視界が、ぼやける。
「……でもね、」
堰を切ったように、本音が溢れる。
「本当に酷いこと言ってるって自分でも思うけど、……恋じゃないからって、優真くんとの関係が断ち切れるのは、辛すぎるよ……」
そう言いながら、頬を伝う温かいものに、ようやく気づいた。
「……ごめんっ」
拭おうとした、その時。
「彩乃」
優真くんの声が、いつもより低く、でも優しく響いた。
「俺が一番嫌いなもの、何か知ってる?」
「……ううん、分からない」
首を小さく振ると、優真くんは苦笑した。
「彩乃を泣かす奴」
「……」
「彩乃のことを傷つける奴」
そう言って、優真くんは、ゆっくりと私の頬に触れた。
親指が、頬を伝う涙を、そっと拭ってくれる。
それから、いつものように頭に手を伸ばしかけて、けれど途中で思いとどまったように、指をきゅっと握って、静かに手を戻した。
「だから、泣かないで」
「……ご、ごめん……」
声が震える。
「泣くつもりなんて、無かった……。私が泣く資格なんて、無いのに」
すると、優真くんはふっと笑った。
「ううん」
目を細めて、少し照れたような表情を浮かべる。
「泣くほど大事に思ってくれてるって分かって、嬉しいよ」
その言葉に、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……彩乃の話、ちゃんと聞けて良かった」
優真くんが、優しい、穏やかな声で続ける。
「車、出さなくていいって言われた時点でさ、……多分、いい返事じゃないんだろうなって、予想ついてたんだ」
一拍置いてから、
「それでも、……正直なこと言うと、ここに来るまでは、ぽっと出のやつなんかにお前のこと絶対渡さないって、かなり本気で思ってた」
そう言って、ふっと苦笑いを浮かべた。
「けど、今の彩乃の話聞いたら、……なんかもう、諦めついたよ」
「……うん」
「……だからさ、これからは、」
続く言葉を身構えて、身体が小さく、ビクッと跳ねる。
告白を断った以上、もう今までのようにそばにいられるはずがない。それくらいのことをしたのだと、分かっていた。
大切な親友を失うのはとても悲しい。けれど、私が選んだのだから仕方ない。
そう思って、また少し泣きそうになるのをグッと堪える。
すると優真くんは少し視線を逸らして、照れたように首の後ろに手をやると、もう一度こちらを見て言った。
「いや、これからも、……俺たちの関係は変わらず親友、……って思っていてもいい?」
「……え、」
驚いて顔を上げる。
「……だって、俺もやだよ。俺との関係が無くなるのが嫌だって泣いてくれた彩乃と、これからは友達ですら居られないなんて」
ちょっと照れながらそう言ってくれる優真くんに、また涙が出そうになった。
「……優真くん、ありがとう」
涙を堪えてなんとかそう言うと、優真くんが「うん」と頷きながら、いつもの優しい笑顔で微笑んでくれた。
「親友として、彩乃にこれだけは言っておきたいんだけど、」
とても優しい声で、彼が言う。
「今度こそ、絶対に幸せになりなよ」
ほんの少しだけ寂しさを乗せた微笑みを浮かべながらそう言ってくれた優真くんに、私は少し潤んだ瞳で、「うん」と頷いた。
窓の外では、午後の光がゆっくり傾いている。
優真くんは、やっぱり私にとって、特別な人だ。
はっきりとそう思う。
例えそれが恋じゃなくても。
特別で、とても大切な存在だと、改めてそう思った。
そんな、どこまでも優しい彼が、
最後に口には出さず胸の奥で呟いていた隠された本心を、私は知ることはなかった。
(そうじゃないと俺、一生お前のこと諦められないと思うから)
本作を見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
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次の投稿は、2月28日(土)7:00です。
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陽ノ下 咲




